丸く納まってちゃんちゃん。大団円エンド!
――なんて、どこかの青春物語みたいで吐き気がする。
炭酸飲料をがぶり、と飲み込んで、言い様のない気持ちを飲み込んだ。


「……まあ俺もそれを望んでたわけなんだけどさ。ルート違いのやつ」


あーあ、世の中早い者勝ちって世知辛いなあ、と呟いて、先程この場所であったやり取りをぼんやりと思い出した。





「ごめんなさい」

突きつけられる六文字が死ぬほど辛いなんて、神様も誰も教えてくれやしなかった。

現実逃避気味にぼんやりとそう思って、俺は今までの自分のやらかしてきた悪行を思い返す。
ごめん、元カノ……とそれに近しかった女達。原クンはほんの少しだけ反省しました。
(いや、まじで……死ぬほどしんどいんだけど)
率直に言ってしまえば、苗字から好意を向けられていた感覚はあった。だって原クンだし。苗字の大親友だし。
(……ああ、それ以上を望もうとは思ってなかったけど、望んでしまったのが敗因かもなあ)
はあ、とため息をついて、それからいつもの様に口角を上げて、ふざけた言葉を吐き出した。

「あーあ、やっぱり名前チャン、アタシに嘘ついてたのねッ!」
「…………うん、ごめん」

そうやってネタぶって返した言葉をスルーして、真摯に謝られるの、死ぬほど傷つくし腹立つなあ。
そういう変なところの愚鈍さが好ましくて好きになってしまっていたくせに、そうやって誤魔化さないと痛みでネガティブ原になりそうな俺は、やはり死ぬほどアホだと思った。

「それで?花宮とどーなったのよ」
「……花宮と?」
「そ。そのくらい苗字の大親友の原クンに教えてくれたっていーだろ」

ハッピーエンドの行方くらい聞かないと、そうじゃないと、……たぶん、諦めもつかないだろうし。
俺は別に花宮を敵に回したいわけでもなければ、ややこしいことにしたいわけでもないわけで。出来れば一生楽しいことだけをしていたい。
要するにことなかれ主義の快楽主義なのだ。最低のクズ男と言われた回数は伏せておく。
(それに……苗字と縁を切りたい訳でもないし)
大親友とか正直テキトーなこと名乗ってたけど、アレが完全な冗談って訳でもなかったから。

「花宮のことはさ……正直、愛じゃないし恋でもない。自分を重ねて、通して、……だから気持ち悪くて、……妬ましい」

羨ましいんだと、思う。死ぬほど認めたくないけど。
そう言うと、苗字はなんだか色んな感情の混ざったみたいな複雑な顔をして、少し間をあけてから――笑った。

「……ふうん、そっか」

一瞬期待させて上げて落とすみたいな、そんな感覚がする。
だってそんな顔をされたら、言われなくたって、その先も予想がつくというものだ。
分かっていて傷つきにいくなんて、俺は実は相当なドMだったのかもしれない。
ぼんやりと思いながら、俺は苗字をじっと見ていた。

「ずっと、そうだったんだと思う。そう思い込んでた」
「……うん」
「でも、違ったんだ。最初から間違えてたのは私の方で、――花宮の方だった」

出会った時から好きだった、なんて、少女漫画の体現のような事を言われてしまえば、途中から間に入ろうとしてきた俺はそれは当て馬にしかなれないよなあ、とまるで他人事のように思って、……そうやって痛みを誤魔化した。失恋って、しんどい。
(いや、ていうか……俺本当にこいつのこと好きだったんだ)
かも、なんてぼんやりとした気持ちのまま告げておきながら、フラれた事ではっきりと確信を持つなんてアホのすることだ。
仕方ねえなあ、と呟いて、俺は苗字に笑う。

「目の前でイチャつかれたら困る――――あ、うそ、ごめん、お前らに限ってそれはねーな。いやまじでごめんて。その目怖いからやめてください苗字サン」
「……次言ったら殺す」

いや知らないうちに物騒になってない?花宮にめっちゃ似てるわ。ウケる。
そう口にはせず内心でこっそりと思って、続けた。

「まあ、何てゆーか、苗字の大親友は原クンじゃん?ていうか未だに俺以外友達いないじゃん?」
「……バカにしてんの?」
「…………悲しいけど事実だからね?……まあそういうわけだから、俺の事より花宮を優先したりとか、そういうことしないでくれたらいーなって、そんだけよ」
「するわけない」

即答かよ。
ややドン引きつつも、いやそれはそれでどうなの?と思いながら疑問を苗字にぶつける。

「え?花宮と付き合ってんだよね?」
「…………うん」
「そんな嫌そうな顔して頷くようなことだっけ?……いやまあそれは置いといて、………え?まじで花宮優先しなくていーの?」
「……原は、私の大親友なんでしょ」

少し居心地が悪そうに呟かれたそれに、思わず口を噤む。
いじらしい、というのが正しいのだろうか。
花宮にはたぶん見せないだろう、その少し照れくさそうな表情を知るのが俺だけだという優越感が、なんだか嬉しくて。
だから、それだけでもういいや、と思ってしまった。

「……うん。そう、親友。ニコイチ」
「ニコイチはないけど」
「否定するの早くね?」
「いやそれは無いなって」
「……まあうん、無いな」

そんな四六時中連れ立つ程ではないし、そういうキャラでもない。
なんとなく常に二人で行動する自分たちを想像して、けれどその有り得なさに思わず吹き出してしまった。
苗字も同じような想像をしたのだろうか。その肩が僅かに震えていた。

「――ま、そーいうわけだから。なんかあったら原クンを頼りなさい。ていうか構え」
「……キャラ変でも目指してんの?」
「色んな層に刺さる原クンを目指そうかなって」
「無理でしょ」
「冷たくね?」

ケラケラといつもの様にそんな軽口を叩いて、昼休み終了のチャイムが鳴る頃にそのまま屋上で別れた。


「原クンの完敗でーす」

ごろり、とそのまま寝そべって、ぐしゃりと前髪をかきあげる。
憎いくらい青い空がそこにはあった。

「……めっちゃ視界明瞭なの久々かも」

こんなキレーなモン、前髪の隙間から見るような物じゃないっしょ。
呟いて、あーあ、と嘆くような声を上げた。

「放課後ザキで遊ぶかー」

花宮に死ぬほど怒られるだろうけど、今日は部活サボろう。
そう決めて、――少し、泣いた。







「……いや、アホやん」

目の前の妖怪サトリ――中学の時の先輩である今吉センパイは、呆れました、という顔をしてこちらを見ていた。

「え?なんでこの座りで真ん中にワシ挟むん?お前ら付き合ってるんやろ?」
「「一応です」」

あ、同じ事を言ってしまった。
被った台詞を耳にして、頭が痛いと言わんばかりの顔になった今吉センパイは、深い深いため息をついてから口を開く。

「蟠りは溶けたくせになんでや。……なんでワシはお前らのデートに付き合わされるん?」
「責任感じてるんですよね?」
「あんたが責任とるんだろ」
「……いやいや、そういう意味ちゃうで?!いや……ええ……ワシの後輩アホなん?」

ただでさえ青峰で手一杯やのに、なんで未だにコイツらに付き合わされてるんやろ。
そう呟いたセンパイに、私はこてり、と首を傾げた。

「青峰って誰」
「突っ込むんそこかいな。……今年入ってきた新入部員。手のかかるアホな後輩その三やで」
「ああ、アレにしたのか、あんたのとこ。……まああんたならまだ手綱握れんじゃねーの?知らねえけど」

花宮のそれはデレなのか?
今吉センパイの向こうにいる花宮に視線を向ければ、どうでもいいです、と言わんばかりの顔をしていた花宮がこちらをちらりと見た。
どうやら視線に気づいたらしい。

「見てんじゃねえよバァカ」

べ、と舌を出して嘲笑う花宮にムッとして、思わず口を開こうとしたところで、「そろそろ映画始まるで。二人とも大人しくしてや」と今吉センパイの声がかかる。
仕方ない、この喧嘩は映画が終わった頃に買ってやる。
段々とあたりが暗くなっていく中、ぼんやりとスクリーンを見ていれば、不意に視線を感じて、そちらを見る。
(…………自分だって見てるじゃん)
見てんじゃねえよ、と言った花宮が私を見ていた。
それに「バァカ」と口パクで返すと、暗くなってきた館内で、花宮は微かに笑ったように見える。
だから私もそれに笑い返して、それから視線をスクリーンに戻した。





――何にもなかった。何でもなかった。
接点も同じものも関係性も才能も価値も。
私と花宮は限りなく、何一つ被ることの無いものであり、一生関わることもない、ただの"同じ学校"で"同じように"日々時間を消化しているだけの赤の他人だったし、それから、ただ同じように酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す、有害な存在なだけであった。
今もそれは変わらない。
(でも、もう――気持ち悪さはない)
羨望と嫉妬を認めた時から。その隙間にあった物から目を逸らさなくなってから。
けれど、変わってしまったそれを、同族嫌悪以外のものになったそれを、嫌なものだとは感じないから、これでいいのだと思う。



「帰りはお前ら同じ方向なんやし、もうええやろ?いい加減先輩を解放してくれや」

どこかげっそりとした雰囲気の今吉センパイは、それでもどこか楽しげに笑ったあと、ひらりと手を振って、振り返ることも無く去っていく。
あの人はずっと変わらない。いつも振り返ることはなかった。だから、たぶん私も花宮も、ふとした瞬間に頼ってしまうのだ。

「……おい」

センパイの小さくなっていく後ろ姿が見えなくなった頃、隣にいた花宮が私の手を引く。
私はそれに頷いて、何の表情も浮かべていない男に笑った。

「かえろ」

いつか、自ら言うことのなかった言葉は、この半年程の間に随分と馴染んでしまったように思う。
花宮も似たようなことを思ったのだろうか。
ああ、と呟いて、そうして小さく笑った。




20190707
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