目を逸らそうとするから余計に逸らせなくなるのだ。





「……何か増えてる」

夏をほんの少しだけ引きずっている九月の屋上のその陽気さに、思わず眠っていたらしい。
原がめんどくさいと言われ会いに行ったら知らないうちに眠っていて、起きたら周りはすっかり夕暮れだったのは笑えない話であり、適当に膝にかけていた薄桃色のひざ掛けはいつの間にか枕になっていて、変わりにかけられていたのは黒のブレザーだったのは多分笑える話だ。

「……いやこれ誰の?」

(原が来る筈だったし、……多分原?)
起こしてくれれば良かったのに。
寝起きでぼんやりとする頭で、かけられていたブレザーの内側を見れば、原でも……ましてやそれ以外で唯一の(嫌だけど)知り合いとも言える花宮のものでもなく、全く覚えのない人間の名前が刺繍されていた。

「……山崎?」

誰だ、山崎。
知らない人すぎて誰に返せばいいのだろう。
考えつつもスマホで時間を確認しようと開けば、原からのL I N Eが入っていた。

「……、あー、……なるほど、ザキってそういうことね」

なんだか色々と回りくどく書き連ねられてはいたけれど(起こさなかった言い訳とか)、――苗字めっちゃ寝てたからそのまんま寝かしちゃった。微妙に寒そうだけど、俺はこの時期カーディガン派だし寒いの嫌いだからザキから剥いだやつかけた――という事だろう。要約すると。
いや山崎くんが可哀想じゃない?と思ったけれど、原のいうザキは確か原と同じく男バスに所属していた筈だし、しょっちゅう他の面子にも弄られているらしいし、きっといつもの事なのだろう。……多分。

まあ原に返せばいいか。と思ってスマホを仕舞おうとした時、また一つ誰かからL I N Eが入った。
それを見て、通知嫌いなんだよね、と誰に言うでもなく呟く。
……なんだか最近独り言が増えた気がする。気の所為だといいけど。


「――今吉センパイ」


ぱちり、と一度瞬きをして、指を画面の上に滑らす。
珍しくはない。割と暇つぶしと称してくだらない内容で連絡をとってくるからだ。
IHの会場で久々に会って以来、そこそこの頻度で構おうとしてくるような、そんな気がする。
――もう少しかまったげれば良かったんかな。
いつかほんの少しだけ寂しげに呟かれたそれは、もしかしたらあの人の本心だったのかもしれなかった。







「お、来た来た」
「……いや、あの」
「もー、むっちゃ待ったで。先輩待たせるなんてひどい後輩やなあ」
「いや後輩いきなり呼び出す先輩の方がひどいでしょ」

先輩の言うことは絶対やで、と笑いながら自分勝手な事を言う今吉センパイは、送られてきたメッセージの通りうちの校門付近で待っていた。
早よ降りてきぃや、と書かれたそれには言葉の通り"先輩の言うことは絶対"というあれが含まれていた。無視したら何か面倒な事になるのは中学の頃の花宮を見ていたらわかる。……横暴だ。

「ええと、それで?何の用なんですか?」
「可愛い後輩に会いに来たらあかんのん?」
「……質問を質問で返して煙に巻こうとしてますね、今吉センパイ」
「はは、バレたか」

けらけらと愉しそうに笑うセンパイは、確実に後輩で遊びに来ている。
テスト前なのに暇なのだろうか。

「テストは無問題やで。余裕や」
「……ナチュラルにサトリ発動するのやめてもらっていいですか?」
「今更やん」

いや、そうだけれども。
そうだけどそうじゃない、というのを上手く伝えられずに諦めてしまうからまた遊ばれるのだろうか。……私も、花宮も。

「あ、そうそう、来た理由だっけか」

少し前を歩くセンパイが不意にそう零して、ぼやりとしていた視線をそちらに向ける。
センパイの表情はよくわからない。光をバックにしていてよく見えなかったからだ。

「ただのセンパイのおせっかいやで。最初に苗字ちゃんと花宮引っ掻き回したのワシやし、これでも責任は感じとるんよ」
「……責任?」

何の話だ、と眉を顰めれば、センパイは小さく笑った。

「お前らで遊ぶ前に、苗字ちゃんの事知った時普通に繋げてあげればこーんな拗れて面倒な事にならなかったかなあ、って」
「……」
「いや、お前ら頭ええやん?だからまあ、放っておいてもそのうち気づくやろ、って思ってたら――まさかお互いが同族嫌悪以外のものに気づかんとは思わんやろ」
「……ただ嫌いなだけだと思ってたんですよ」

あの屋上で初めて会った時に感じた痺れるような感覚を、他に表す言葉を見つけられなかっただけだ。
道の途中で立ち止まったセンパイは、「せやなあ」とほんの少し困ったような声音で呟いた。

「どう考えても、他者から見たらそうじゃないのにあんまりにも気づかんから、こらあかんなあって思って、後半は荒療治のつもりで、よくお前らに互いの話聞いとったけど。……まあ今更過ぎたなって反省しとるわ」
「ああ、……暇つぶしじゃなかったんですか、あれ」
「……」

ほんのちょびっとだけな!と、少し間を開けた後に返された言葉には、思わずじとりとした目でセンパイを見てしまった。
よくわからないけど本当に責任とやらは感じているのだろうか。

「まあでも、この前言ったじゃないですか。……私は花宮が羨ましいんだって。だから、IHだって……見に行った」
「……せやな。……まあだから霧崎まで来たんやけど」
「……どういうことですか?」

ううん、とセンパイは唸って、僅かに躊躇う素振りを見せた後に続けた。

「八割くらいはそれで合っとるんやと思うで。羨望と自己嫌悪を拗らせてそうなったんやとワシは初めから思っとったし。だけど、嫌なモンを視界に入れて嫌だって言いながら、今でも気にしてるのはなんでなん?」
「……そんなの、嫌なものほど目に入るからでしょ」
「ちゃうで」

明確な否定だった。
あんまりにもそれが鋭かったから、私は思わず口を噤んでしまう。
羨望と自己嫌悪。
私の持たないものを持つ花宮が羨ましいし、だけど花宮を見ていると、根っこが腐った私によく似ていて嫌になるから近寄りたくない。だって、こんなのがこの世に二人も存在するなんて地獄だろう。
初めて花宮に会った時に感じたもの、気まぐれに見に行った試合で花宮に感じたもの。それらをちっぽけなプライドが邪魔をして拗れに拗れた。
見たくないものは、見たくない。だから嫌いなものは嫌い。――それ以外に何があるって言うんだろう。


「ほんまアホやな」

難儀にもほどがある。
センパイは眉を下げて困った顔をして、そうして私の頭を撫ぜた。
もしかして、センパイは困った時、とりあえず私を撫でれば良いと思っていやしないだろうか。
そんな風に疑っていれば、ふ、と息をこぼしたあとセンパイは続ける。多分、センパイは笑っていたのだと、思う。

「お前も花宮も、分かっとるくせに。単に目が離せないんだってこと。……なのに無理に逸らすから、そうやって余計、目に入ってくるんやろ」

嫌いなものを後生大事に胸にしまって、その度取り出しては顔を顰めるなんてドMやわ。


「なあ花宮」


お前もそう思うやろ?
そう言ったセンパイの目線は私に向けられる事はなく、私よりもその向こう――背後に向けられていた。

「……え、何、センパイ……花宮?」
「おん。……やっと部活終わったんか?テスト前なのにギリギリまでやるなんて随分熱心やん。……まあ日が暮れる前に終わる辺りちょっとは早めてるんやな」
「……うちは文武両道がモットーなんだよ。そのくらいで成績落とすならやめろって事じゃねえの?」

はあ、と聞き慣れてしまった声が後ろから聞こえて反射的に振り返る。
見慣れた黒い目をした男は、嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。

「さて、ちょうどええ所に花宮も来たし――花宮、苗字ちゃん送ってきぃや。……お前らは言葉が足らんねん。わからんくて良いって言いながら、それでも同じだからわかるって言ったり、でもそれは自分とは違うって言ったり、ほんまアホやん。ホンマに違うかどうか、ちゃんと話して確かめるくらいせえよ」

どうなったか根掘り葉掘り聞いたるからな、とセンパイは笑う。愉しそうな笑みは、いつかの夕暮れのそれとよく似ていた。

「わかってますよ」

そうして、いつかに聞いた覚えのある返事を花宮は呟いて、でもそれから。


「行くぞ――――苗字」


いつかとは違う花宮が、私の名前を呼んで手を引いた。


20190705
prev next
back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -