同じ言葉を昔、言われたことがある。



「花宮ってさ、なんでそんなに苗字に執着してんの」


ふと思い立ちました、と言わんばかりの顔をしたソレを一瞥して「さあな」と零せば、不満を隠しもせずに批難の声が返ってくる。
(……めんどくせえ)
認めたくなかったそれに、いい加減気付かないふりをするのが面倒になったからそうしたというのに、何故面倒な事になっているのか。
はあ、とため息をついて、ぎゃーぎゃーと五月蝿い声の主を見た。

「原には関係ねえだろ」
「原クンは苗字の親友だからめちゃくちゃ関係ありますぅー」
「……はあ。ったく、いつまでそのごっこ遊び続けるんだ、てめえは。そんなに告白の邪魔されたのが嫌だったのかよ」

本人爆睡してたから聞いてねえけど。もう放課後なのにいつまで引きずるんだよ。
そう続ければ、原はムッと拗ねたように唇を尖らせ、「花宮こそなんで苗字のこと避けてたくせに今更寄ってくんの」と言った。
お前はアイツのめんどくせえ彼女かなんかかよ。
なんでなんで、と詰め寄ってくるそれを適当にあしらっていると、部室の扉が開いて、見慣れた男が入ってきた。

「ザキー、花宮が俺の事いじめるんだけどー」
「は?……あー、ご愁傷さま。今までありがとな」
「いや助けろし。急に最後の別れみたいな顔して言うのウケるわ」

「いや無理。頑張って」と言って、練習着を脱ぎ捨て制服に着替え始めた山崎の対応は実に慣れている。
部活以外でもよくつるんでいるから当然だろうか。
(まあ最近の原はヤマといるより――アイツといる方が多いらしいが)
面倒くさい絡み(原曰くのだる絡み)の方向が山崎に向かったのを見て、ロッカーの中から鞄を手に取る。

「花宮帰んの」

不意に部室扉の方から聞こえた声は、珍しくきちんと起きている瀬戸のものだった。とはいえ、練習中はほとんど寝ては居たが。

「ああ、原がめんどくせえからな。真っ直ぐ帰る」
「いや元は花宮が悪いでしょ!俺の質問にも答えてくれないし」

完全に拗ねているらしい原の言葉に、着替えていた山崎が「質問?」と首を傾げていた。
まあ原に関しては良くも悪くも器用に切り抜けるタイプだから、無縁な言葉がその口から出て不思議に思ったのだろう。最終的に訝しげな視線が原に向けられていた。

「ああ、原の告白現場に居合わせたんだろう」
「え、原が告白?」

山崎が来る前から部室にいた(明らかに面倒事に関わるまいと黙り込んでいた)康次郎が、相も変わらず死んだ目で荷物を整理しながら呟けば、山崎は本気で驚いた、という顔で康次郎に目を向けた。
原は心外だと言わんばかりの不満顔をしている?

「なーんでみんなそっちに食いつくワケ?俺が告白したらワリーのかよ」
「いや悪「悪くはないけど気持ち悪いよね」
「被せてくんなよ瀬戸。でもわかる」

全力で同意だわーと棒読み同然に続ける山崎は多分確実に、部内で噂になりつつある「原の告白」は罰ゲームか何かだと思い込んでいるのだろう。
ここにいる山崎以外の面子はその真偽を何となく察してはいるんだろうが――誰もそれを口にする気はない。何より原が面倒くさいからだ。

「ごめんね、原くん。大事な告白の邪魔をしちゃったみたいで。……でも苗字さん寝てて聞いてなかったし、明日にでももう一回告白するといいんじゃないかな?」
「はは、出た、花宮の気持ち悪い猫かぶ……あ、なんでもないですごめんなさい」

全力で怯えてます、と言わんばかりに青ざめた山崎に舌打ちだけ返せば、拗ねた顔をしたままの原が小さくため息をついたのが見えた。どうやら少し堪えているらしい。

「んー、……花宮がどういうつもりかわかんねえけど……まーいっか。その代わり次は空気読んで。まじで」

けれど瞬間、その顔に陰りを見せた後、あーあ、やんなるわーと呟いた原はもういつも通りに戻っていた。
(俺からすれば……お前がどこまで本気なのかが一番、わかんねえんだよ)
お先、と呟けばバラバラの「おつー」やら「お疲れ様」やらが返ってくる。
俺は着替え途中の野郎共を後目に部室を後にした。
擦れ違う瞬間の原の目が珍しく好戦的なものだったのが、やけに面白くて思わず笑ってしまったのは仕方の無い事だろう。
……多分あの女も笑う。







「――花宮ってなんでそんなに苗字ちゃんに執着しとるん?」

同じ言葉を昔、一度だけ苗字を送ってから帰ったあの日の翌日、あの人に言われたことがある。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。将に一番近いんはお前やろ、花宮」

何を急に、と怪訝な表情を浮かべた俺を見て、ひどく愉しそうな顔をしたのを覚えている。最早悪夢レベルだ。
そもそも将を射ろうとした事は無いし、将ってアイツかよ、とげんなりしながら「はあ」と返せば、あの人は「自分の事も分かっとらんのか」とほんの少しだけ驚いたような顔をした。

「ちゅーことは、もしかして苗字ちゃんも?あかん、お前らアホやん」
「……は?」
「いやマジでアホやで。頭良いのにアホとかアホやん」

最早アホアホ言いすぎてゲシュタルト崩壊させそうなあんたには言われたくない。
意味が分からないことを言い出すのはいつもの事だけれども、今日は殊更意味がわからないなと思いながら視線だけを向ければ、今吉さんは珍しく真剣な顔をして口を開いた。

「この前言ったやん。同族嫌悪だけなんか?って」
「……ああ、あの意味わかんねえやつか」
「……マジで言っとるん、それ。もしそうならほんま救いようないアホやん。……はあ、そんな拗らせてるとはさすがに思ってなかったわ」

お前も苗字ちゃんも。
そう言われた言葉がなんだか癪に障って、思わずイラッとする。
(よく知らねえくせに)
何を、かはわからない。けれどぼんやりとそう思って思わず口にしてしまったのだ。

「俺と苗字の事解ってる訳でもないあんたが決めつけて言うのどうなんだよ。アホなんじゃねえの?」



(――あの時のあんたが言いたかったこと、癪で仕方ねえけど、……わかった)
めんどくせえから、と理由を付けて読み合いをやめた本当の理由を、多分あんたは俺たちよりも先に気づいている。


ちにみにこの前、「数年越しに苗字ちゃんがお前と同じ事言っとったで。ウケるわ」と今吉さんから笑いながら言われた時、とうの昔に忘れかけてた記憶すら呼び起こすあの人の容赦の無さに、余計な失言はもうしないと決めたのはまた別の話だ。







「俺、苗字のこと好きかも」

ぽつりと呟かれたそれが偶然にもタイミングよく聞こえてきたその時、何とも言い難い感覚が全身を襲ったのを覚えている。
苗字と初めて出会った時に感じたものとも、いつもの"屈折した光のようなもの"を覗いている感覚とも違う。
明確なのは、どうしようもない気持ちの悪さと、趣味が悪いと感じる思考と、手足の冷える感覚。それから――――焦り。

そう、焦りのようなものを感じていたのだと思う。
いつまでも、互いの思考を読み合うのも面倒くさいから。疲れるから。だからその向こうの自分を見ずに、ただ鏡の中を覗くだけに留めようと、ほんの少しだけ苗字との間に作っていたバリケードのようなものを緩めた。
その間に詰め寄ってきた何かを、上手く許容する事が出来なくて焦りを感じたのだろう、と分析している。
けれど実際のところ、あれがなんだったのかはよく分からない。何故、だとかそういうのを考えるだけの思考の余裕はなかったからだ。

ただ、覚えているのは、いつかのようにほんの刹那、思ってしまった事。

(――俺とソイツの事を解ってる訳でもないくせに)

見慣れた紫髪がアレに触れようとした時、ギッ、と立て付けの悪い扉の音を敢えて――鳴らした。


「……よォ、原」
「…………花宮」


幾度もクソみたいな告白を聞いた。幾度もクソみたいなその熱を目にしてきた。浴びせられてきた。
だからだろうか。
だから知りたくもないものに気づいてしまうのだろうか。

今にも泣きそうなひでえツラをしているそれは、確かに恋と呼ばれるものだった。



20190704
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