ただなんとなく、目線の先を追った。

あんまりにも透明すぎるから、濁した色を上から塗り重ねたみたいな目に映るその感情の色を、俺は何とはなしに知っていたのだと思う。
――いいや、多分ずっと前から知っていたのだ。

「……苗字」

名前を呼べばこちらを見るその女が、何処とは言いきれないけれど、やはり確かに似ているから、なんだか苛ついてその頬を軽く引っ張りあげた。

「……なに、はら」
「…………おお、すげー嫌そうな顔するじゃん」

はは、と笑えば、それは眉を寄せて怪訝そうな色を隠しもせずにこちらを見る。
……花宮に似ているけれど、少しだけ素直すぎるから、生きづらそうな女。
興味本位で近づいて、玩具を見つけたと笑って、暇つぶしだと擦り寄って、居心地が良いと顔を突き合わせて。それだけだと理由も付けないで、――ここまで来たバツなのかもなあ。
(どーしよ、俺、やっぱ花宮に敵わないのかもしんねーわ)

同族嫌悪、なんて四字熟語に詰まる感情が嫌悪だけだとは誰も言ってないもんな。

「花宮が好きなの?」

そう問いかければ、苗字はパチリと瞬きをした後、眉を寄せて困ったように笑った。







――――確かに仕掛けたのがこちらとはいえ、逃げることねーじゃん。
というのが現在の本音である。
恥ずかしさのようなものの向こうに見えた自己嫌悪と焦りに、「何の話?」と返されたのは数日前の昼休みの事だ。
例の元・男バスマネージャーとの騒動(というほどでもない。マネージャーが苗字に時折話しかけるようになってから、ある日の放課後、ザキ経由で突然、マネージャーからの退部届が回ってきて全てが終わっただけの話だ)の後、花宮と苗字の距離感がほんの少しだけ近づいたような気がする。
未だに目の前で二人のそれを見たことがない上での第三者から見た感覚。それを不思議に思ってしまったから――それだけの事だったのだ。

(なんとなーく、普段とはちょっとだけ違う色した目線の先にさあ、花宮が居るとは思うわけねーじゃん)

そもそも、花宮も苗字も、互いの思考が似てるが故になるべく読み合って距離を出来る限り空けていたと記憶している。
それがいつの間にかほんの少しだけでも詰められていたのだから、何かがあったのだろう、と邪推するのは仕方のない事だろう。
(つーか、苗字よりも花宮の方が……オカシイんだよなあ。しょーじき)
何かが吹っ切れたのか、互いの行動を読み合おうとすらしてないように感じる。
おかげで苗字といつものように昼飯を食べていると出くわす頻度がめちゃくちゃに上がった。とはいえ、軽く睨み合う程度のものしか見たことはないけれど。


「苗字は苗字で嫌そうな顔する割に、あんな目で花宮見てるしさー」

なあ、どう思う?ザキ。
と、中間テストが近いからか、隣で単語帳を必死に捲っている様を見ながら問いかければ「それ今じゃねーとダメなのか?」と、やや追い詰められたみたいな顔で返された。必死かよ。

「だって苗字に聞こうにも、もしかして?って思って聞いてからめちゃくちゃ逃げられてるし。……あ、ザキその手作り単語帳、スペル間違ってるよん」
「え?マジ!?どれ……あ、マジだわ。徹夜は良くねーな。…………まあ俺は苗字のことはよく知らねえけど、でも「それはない」って言ってたんだろ?ならねえんじゃね?」
「……ザキはノーテンキだねえ。そのまま受け取っちゃうんだ?」
「は?いや俺それ見てたわけでもねえし……ていうか俺的にはお前の方が気になるんだけど」

記入を間違えた単語を切り離し、正しいものを後ろのページに書き直したザキは、ペン回しをしながらぽつりと呟く。
ザキのくせに目も合わせないとか生意気でしょ。まあ目を合わせられるの嫌いだからいいんだけど。

「気になるって?何が?」

そう言うと、ザキは「あー」と唸った後、少し躊躇うように言葉を続けた。

「どっちかっていうと、原の方が苗字の事見てね?」

――なるほど。それは目から鱗だ。
パチリ、と見えないだろう目を瞬かせた後、口直しで噛んでいたガムをなんとなく膨らませて割る。

「あとそんなに女の事気にしてる原まじでレア」
「……あーね」
「俺さあ、お前が苗字に親友って言ってたアレ、ネタだと思ってたわ」
「あー、……そっちか」
「は?そっち?」

うん、そっち。
と返せば、ザキはよくわかんねえという顔をして、単語帳に再び目線を落とした。
てっきり俺が苗字の事ばっかり見てるから――「好きなの?」という言葉がブーメランなんじゃねえの?って遠回しに言ってきたのかと思った。
ザキに限ってそこまでの洞察力はねーわな。
なんて失礼な事を思っているとは露ほどにも思ってないのだろう。ザキは少し間を空けたあとに続けた。

「あと花宮は……まあちょっと分かんねえっていうか、もしかしたら、って思う所もあんだけどよ、……苗字は前にお前といる時に見た感じ?花宮に対するアレは多分なんだけど」
「うん?」

既に前半に気になる部分があったような気がするけど、とりあえず「うん」と頷けば、小さくため息をついてザキは言う。

「羨ましい?っつーのかな。なんかアレっぽい」
「……ザキ、英語より国語勉強した方が良くね?考察が雑かよ」
「うるせえ。大体何もしてないお前の方が出来るのめっちゃ腹立つんだよ!…………あと、苗字なんだけど」
「ザキと違って元の出来が違うんですうー、あ、花宮と瀬戸の話はすんなよ。…………で、苗字が何?」
「花宮と瀬戸は別だから。誰も話に上げてねえから。……あのさ、そこ」

寝てね?と指を指した先を見れば、確かに苗字がそこにいた、し、寝てる。
珍しい。裏庭じゃなくて屋上に居んのも、寝てるのも。

「……俺今日おは朝で一位だったりすんのかな」
「お前占い信じねえだろ」
「それな」

まあいいや、とフェンスに寄りかかっていた身体を持ち上げて立ち上がれば、「俺先に戻ってるわ」とザキも荷物をまとめて立ち上がる。足取りは真っ直ぐ、室内へ戻る扉の方だ。
空気読めるザキってすげーな、レアじゃん。
そんな風に思いながら、給水塔の裏側、少し影になっているそこに眠る苗字に近づく。起きる気配はない。

「苗字ー」

それでもなんとなくその名を呼んで、いつかのように頬を引っ張った。
けれど、ううん、と眉を寄せて唸るばかりで、やはり起きることはない。

「俺、お前のことそんなに見てたかなー。……いや多分、見てんだけど」

ていうか、花宮が好きなの?ってアレ、じょーだんだから。本気では――――6割くらいしか、思ってないし。
言い訳のようにそんな言葉を、聞いているはずのない苗字に向けてぽつりと呟く。


「……あのさあ」

――体のいい玩具。
それだけで良かったんだよなあ。
いつかに思ったみたいな事を、今度は違う心境でぼんやりと思う。
(いやほんと、目から鱗だわ、ザキ。――ちょっと、最低な気持ちだけど)


「俺、苗字のこと」


好きかも。
そう呟いた途端、屋上への扉が開く音がした。




20190702

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