※引き続きモブが出張る




「シライちゃん?あー、そういや花宮の本性知ってるかもねん。ラフプレーに引いてないし」


そう言いながらパンをもそもそと食べる原に思わず眉を顰めれば、「だって仲良いわけじゃねーし」と口を尖らせて言われた。じゃあなんで原の名前がシライさんから出てきたんだ。

「ザキは他の奴らとも結構満遍なく話すし仲良いから、そこら辺から俺と苗字の仲良いって聞いたんじゃねーの?知らんけど」
「あー、そういう?」
「そういう」

ていうか、原は最近私と昼休み一緒に過ごしすぎな気がする。
すっかり見慣れてしまった、左隣に座る紫色の男を見てぼんやりと思う。私の事友達居ないって言うけど、こいつも居ないんじゃないだろうか。

「あ、苗字、今めっちゃシツレーな事思ってただろ。原クンそういうの敏感なんだよね」
「あー、……原って友達居るの?」
「かといってストレートにくるの、それはそれでウケるわ。ふつーに居るよん。ま、男バス以外のが多いかもね?」
「…………八割型女の子?」
「お、よく分かったじゃん」

原っぽいわ。と思わず呟けば、意味わかんね、と返された。
人に塩対応がどうのと言う割には原も結構塩だと思う。

「いやなんか……爛れた感じ?のイメージ?」
「ええ……いや、確かに絶対ねーとは言わないけど流石に面倒だからあんまやんねーわ」

絶対ではないし、あんまりやらないだけで居ないわけでは無いんだ。
口にすれば面倒な反応をされる気がして、「へえ」とだけ返せば「うん」と原は言って、再びパンを口にした。こういうところがやっぱり猫っぽい。

「で?シライちゃんがどーしたの?何かあった?花宮の取り合いとか?」
「は?何それ気持ち悪いこと言わないで吐く」
「ごめんて」

本気で青い顔になった私を見て、原はやや引き気味にそう呟いた。
自分からネタにしておいてそれはどうかと思うんだけど。

「いや、一昨日の放課後にたまたま花宮と出くわして……不意打ちだったからお互い死にそうな顔になってたら」
「何それ死にそうな顔の花宮とかレアじゃん。呼んでよ」
「いや原そもそも部活中だったでしょ。……まあそれで、なんか急に?シライさんが来て、ちょっと話したらなんか花宮に似てるって言われた」
「ウケる。わかるけど」

分からないでほしい。
同族嫌悪してる時点で分かってはいるけれど、他人に思われるのとはまた別だ。
紙パックのアップルティーを飲んで気持ちを落ち着かせていれば、食べ終わったらしい原が「それ一口ちょーだい」と手を伸ばしてきた。自由か。

「別にいいけど……それ他の子にあんまやんない方が良いんじゃない?面倒な事になりそう」
「あーね、たまになるから全然やってねーわ。ていうかここ入ってからほぼほぼ男バスメンツだしやってもザキ相手だからへーき。…………ま、シライちゃんに関しては分かってるだろうけどあんなんだからさ、よく分かんないけど普通の子だとは思うよ」

俺らと同じだったら完全に猫被らないだろーし、たぶんね。
そう言いながらアップルティーを飲んだ原に、まあそうか、と頷いて、それでシライさんのことは他と同じように薄れていく――筈だった。



「苗字さんだ!おはよう」
「あ、今帰りなの?気をつけてね」
「苗字さん、原くんとお昼今日も食べる感じだよね?これ渡しておいて貰えるかな?」

頻繁ではなく、彼女を忘れかける頃のタイミングで、必ず彼女に出会うのは偶然なのだろうか。
おかげさまでぼやりとしていた彼女の顔は完全に覚えてしまった。

「にしても、……本当に謎」

シライさんはやっぱりどう見ても、花宮の本性に気づいているのだろうと思う。
久しぶりに互いに読み違えたのか、うっかりお昼に出くわした(直前の授業や委員会の問題でかお互い一人だった)時に、たまたま花宮に用事があったらしいシライさんが、私に対して嫌味ったらしい花宮を見ても特に驚いた様子が無かったからだ。
それどころか多分。

「……あれ花宮のこと好きなんだろうな」

あの表情、中学の時によく見たなあ、とぼんやり思う。

普通の子なのに、奇特な人。
シライさんのイメージがそんな風に固まりかけていた頃、ある日の放課後、また花宮とばったり出くわしてしまった。



「……うわ」

思わず出た二文字は、私の口だけでなく花宮の口からもぽろりと零れた。
最近こういう事が少し多くなった気がして、お互いに少しでも取り繕うという気持ちが薄れている気さえする。

「……、」
「…………」
「……おい、」

花宮が目も合わせずに口を開く。
珍しい。
あの時と同じくらいの時間帯だからだろうか。
いつかの帰り道が思わずふわりと脳裏に過ぎって、直ぐに消えた。

「……なに」
「…………お前、しら」
「――あ、花宮くんと苗字さん!今帰り……、」

あ。
声をかけられた事で目が合って、耐えるように睨み合っている所にシライさんが出くわしてしまった。
私と花宮の間に入るくらいの所で彼女は固まっている。
(……あーあ)
ここまではっきりと花宮と私が嫌悪を顕にしているのを見られるのは多分、初めてだろう。
あの原ですらここまでのそれは見たことが無かった筈だ。



「あの…………二人とも、その……やっぱり仲悪いの?」

ぽつり、と気まずげに呟かれたそれに、私は思わず口を噤んだ。
何かを言いかけていた花宮も、一瞬眉を寄せた後、口を真一文字に結んでしまう。目線も合わなくなった。

「……なんで?何かあったの?」

そうして、心配だなあと眉を下げて言う彼女には、悪意は微塵も見当たらない。
ただ多分、純粋な心配がそこには有って。けれども、私も花宮もそれを純粋な気持ちで受け取ることが出来ない。
だから、何かを口にする事はなく、そのまま首を横に振って答える。

「――、」

息を呑むような音がした。
――――――無言。無音。
誰も口を開かず、一歩も動かないまま、時間が過ぎていく。


そうしてほんの一秒が永遠にすら感じられる程に重たく感じ出した頃、黙ってしまった彼女がそっと口を開いた。



「花宮くんは悪くないじゃない」


ほんの少しだけ正義感に彩られたそれが声を張り上げ、空気を、私の鼓膜を震わせ、音となって届く。
その言葉に私は思わず不快感を顕にしてしまう。
……ぴくり、と眉が動いた。
それに気づいていないのか、彼女はううん、と続けた。

「………花宮くんは、悪くない、……それで、貴女も、悪くない。花宮くんは少しひねくれてるけど、それでも良い人で。苗字さんも、優しくて良い人なのに」

なのにどうして、と彼女は言った。
そんなもの、考える前に答えは決まってる。ううん、答える必要の無いような問いかけだった。
花宮はひねくれてるけど良い人?私は優しくて良い人?
そんな人間性、私と花宮には何一つ関係ない。
(……仕様の無い同属嫌悪以外にある訳もない)

彼女はただ悲しいと泣いた。
私は花宮くんが好きだけど、それでいて貴女も好きだから、仲が悪いのが悲しい。そう、泣く。
まるで、小さな子供みたいだ。他人事のように思った。

「……シライさん」

私も花宮も、正直好かれる様な人間だとは一ミリだって思わない。
外面だけならまだしも。……それでも。彼女は知っている筈だ。
ほんの一面だけだったとしても、花宮のクズの権化のような、それを。
(それなのに、言うに事欠いて、仲が悪いのが、悲しい?)
くだらない、と吐き捨てる私のどこが優しいって言うんだろう。

意味が分からなくて、頭がいたくて。
真っ直ぐすぎる好意と純粋さが気持ち悪くて。
ああ、きっと、原がこの場面を見ていたら爆笑するんだろうな、とぼんやり思った。







――ただの同族嫌悪なら離れればいい。

その言葉の通りにするのはひどく簡単な事だった。
ただ自分が"そう"だったらどう行動するか。
それを考えて避ければ良い。
趣味嗜好人間関係その他諸々が全く違っていたとしても、根っこのところが腐っているのはお互い同じだったからだ。
だから、一度避けようと思ってからはそう難しい事は無かった。無かった筈だった。――霧崎で見つけてしまうまでは。


……多分きっと、始めて屋上でそれに出逢ってしまった時のあの、電流の様な毒のようなものが体の中を勝手に這い回るような感覚は、アイツ以外の誰にも分かることはないのだろうと思う。


「花宮くんは悪くないじゃない」


ぼんやりと、好き勝手言う女を眺めていれば、いつの間にか目の前の女が泣いていた。
うるさくて、耳障り。
ただただに真っ直ぐな気持ちで此方を心配するような――至極気持ちの悪い善意に舌打ちをしたくなって、けれどやめた。
その奥にいる、自分とよく似た女も、多分似たような顔をして視線を床に落としている。

「……シライさん」

けれどほんの少しの沈黙を開けて、アイツは口を開いた。
(――似てないな)
そう思ったことが酷くバカバカしくて、思わず鼻で笑ってしまう。
少し間をあけて口を開いた女は、それに此方を一瞥した後、泣いている女に再び目を向けた。


『沈黙は肯定やで』

いつかあの妖怪が無責任にも宣った言葉がじくじくと刺さる感覚がする。
何で、なんて考えたことは無い。考えようとすら思わなかった。
けれど多分、目を逸らしたツケが回って来たのだろう。
真っ直ぐに、泣いてる女を見る――苗字の目は、今すぐに叩きのめして滅茶苦茶にしてやりたいくらい、――……綺麗だと、そう思ってしまったからだ。


「悪いけど、そういう、心配してあげてる自分への陶酔、死ぬほど気持ち悪くて迷惑だからやめてもらってもいいかな?」


ひどく不快そうで、とても、つまらなそうな目。
透けるようで、けれどその奥は翳りがあるような。爛々と輝いて居るようで、埋もれて消えてしまいそうな。
どこまでも歪んでいるその目は、いつもと変わらないようで居て、けれど。

(……俺が持ち得ないもの)
嫌だし死んでしまいたくなるけど、似ている、お前と俺の思考。同属嫌悪。
切っても切り離せないような。距離を開けても一歩で詰められるような。そういうもの。
(似てる、ってわりに、似ていない)

不快だと言いながら、何かへの期待を消しきれないドロドロとした目が、どうしてこんなに綺麗に見えてしまうんだろう。

(……ああ、気持ち悪い)

苗字の言葉に更に泣き出した女をぼんやりと見て、そう思う。
五月蝿いウザい煩わしい。
どこまでも不快なばかりの姿を見ていたくなくて、吐き捨てるように言葉を投げた苗字を見た。
腹の奥底のあたりがぐらぐらと煮えたぎるような、気味の悪い感覚。いつものそれを奥歯で噛み殺していれば、そのうちに、不透明なガラス玉みたいな目がこちらに向いた。
ヒビだらけになったみたいなそれに映った瞬間、かちりと何かが当てはまるような感覚がして、俺は思わず二回瞬きを繰り返した。


「……っ、花宮くんは、」


花宮くんもそうなの?
未だに泣きじゃくる女の声にハッとして、意識を戻す。
そうなのも何も――アイツがそう言うのだから、そんなものとうに明白だろう。
そう思って、……当然だと思った自分に吐き気がして、舌打ちを零した。
びくり。跳ねた肩を尻目に、俺は再び苗字を見る。
……ああ、そうか。
合致したそれに俺は無意識に口端を釣り上げた。
苗字はもう此方を見ていなかった。



「まさか、いつも俺たちに良くしてくれてるシライさんにそんな事思ったりする訳ないじゃないか。




――なんて言うワケねぇだろバァカ」


それきり此方を見ない苗字を見て、俺はあの日、今吉サンの言葉を否定出来なかった理由に――そうしてとうとう、気がついてしまったのだった。



20190701
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