※モブが出張る




偶然の積み重ねは最早必然的な不幸だ。


ほぼクラスメイトや他の学年の帰宅部連中も帰って、部活に入っている人間達はまだまだ帰らない程度の時間。
帰路へ着こうとした廊下で久々に顔を合わせる事になるなんて、誰が思っただろう。
(帰り道も気が抜けないとか最早しんどい、無理)
げんなりした重たい気持ちを携えたまま、目の前の男を見あげれば、似たような顔をした男が此方を見ていた。

「……」
「……」

そういえば此処に入学して、始めて屋上で遭遇した時も、似たような感じだった気がする。
少なくともあの時は避けようという気持ちはあったけれど。
ぼんやりと思いながら、偶発的な不幸に思考を停止していれば、少し遠くから人のかけて来る音がして、思わずハッとした。


「花宮くん!」


そうして少しの間を置いた後に現れたのは、どこにでもいる普通の女の子。
特筆すべきでもなさそうな彼女は、害のなさそうな顔(私と同じくモブ顔ともいう)をして、目の前の男――花宮に声をかけた。

「……シライさん」

なるほど、シライさんというらしい。
花宮は被りきれてない優等生面を浮かべて、シライさんに笑いかける。
その中途半端な猫の被り方はなんだろう。
あまりにも珍しく感じてしまって思わずジッと見ていれば、シライさんはこちらに気づいたのだろう、「あ、」と声を上げて私に笑いかけた。

「苗字さん、だよね?ごめんね、もしかして花宮くんとお話してた?」
「……いや、全然、たまたま会っただけだったから」

シライさんの気にすることでは無いよ、丁度別れるところだったから。と言えば、シライさんはほっとした顔をして続けた。

「あ、私の事知っててくれたの?私は原くんとかから聞いて一方的に苗字さんの事知ってたんだけど」
「……うん、シライさん男バスのマネージャーしてる、よね?前に見たことあったし、原くんから聞いた事あるよ」

嘘だけど。
名前も知らなかったし、今更のように、試合会場で見たような気がするのを思い出しただけだ。
ほんの少しだけ白々しかっただろうか。
シライさんが見ていないのを良いことに、花宮が死ぬほど嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。死ね。

「え、ほんと?嬉しい!苗字さんさえ良ければなんだけど……私とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「……こちらこそだよ」

正直真っ直ぐすぎて苦手なタイプな気がするから、出来れば仲良くしたくないけど。
そう思いながらもにこりと笑って言えば、シライさんは少し強引に握手をした後、私の顔を見て「あ」と言った。


「ほんとだ、花宮くんと似てるね」


顔じゃなくてなんか、雰囲気?笑い方が似てる!
思わずその言葉に、一瞬にして目が死んだのは仕方のない事だろう。
ちらりと見た先の花宮も、元から死んだ目のハイライトを完全に消し去っていた。

「……そんな事ないと思うよ?人気者の花宮くんと似てるなんて烏滸がまし過ぎるし、気の所為だと思うな」
「えー、似てると思うんだけどな」

うーん?とシライさんが首を傾げたところで、ずっと黙りだった花宮が「そろそろ行こうか、アイツらも待ってるだろうし」と白々しい笑みを浮かべて口を開いた。
もっと早くシライさん共々居なくなって欲しかった。
予定ではもう寮の部屋に戻っている筈だったのに。
そんな私の内心に気づいているのかいないのか、花宮はちらりと此方を見た後、初めて(と言っていい筈だ)にこりと優等生然とした笑みをこちらに向けて口を開いた。

「それじゃあ苗字サン、気をつけて」
「……ありがとう。花宮クンも気をつけて」

何に、とは言わないでにこりと笑い返せば、シライさんも「またね!苗字さん!」と言って手を振って去っていく。
その姿が完全に見えなくなった後、思わず口からため息が零れた。


「いや……男バスなんで私の話してんの?暇なの?……特に原」

ほんとだ、とシライさんは言っていたし、多分例の噂とやらも含めての話だろう。
まあそんな事よりも――ひとつ気になる事はあるのだけれど。

「……花宮のあの中途半端なアレなんなの」

隠しきれてない嫌悪感と怠そうな感じ。あれは多分、隠し切ろうとはしてなかったように思える。
だってあの花宮だ。
私は除くとして――中学時代、今吉センパイ以外にあの学校で本性を知る人間が一人もいないくらいには猫を被りきる男である。それが、いくら私が近くに居たといえ、あんな中途半端にやるわけがない。
だから、考えられるのは、多分。

「……花宮の本性を、知ってる?」

真っ直ぐ過ぎるシライさん。恐らく何一つ不自由した事もなく、健全に健康的に今まで生きてきたのだろうと思えるくらい、普通の子。
あの子があの花宮を許容できるとは全く思えないけれど――。



「…………かえろ」

関わることもそう無いだろうし、と思って立ち止まったままの歩を進める。
もう誰もいない放課後の廊下に、足音がよく響いた。



20190701

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