そうでなければ良いと願う自分に気づいた時、ひどく絶望してしまった。

「……わたし」

欲しいんだ。
そう呟いて、それから続こうとした言葉を身の内に飲み込んだ。
ああ、嫌な夢を見た。







「苗字ー」
「……何、原くん」
「俺の事まだそう呼んでんのお前くらいなんだけど、ウケる」

何がだよ。
ジト目で目の前の男を見れば、「そんなに熱い目で見るなよ」と言われた。
イラついたので思わずその脛を蹴った。原は至極痛そうに悶えていた。ざまあみろ。

「いや、苗字最近過激になってね?原クンの気の所為?」
「うん、気の所為じゃないかな?」
「待って、その顔まじで花宮そっく、いてえッ」

連続は流石に反則じゃね?
と呟いて、原は大きく深呼吸をした後に姿勢を戻した。やや猫背気味なのは多分癖だろう。

「悪かったって、苗字で遊んだのは謝るから無いものとして扱うのやめてくんない?ダチだろ?」
「……」
「え?ガン無視?まじで?」

この歳で独り言だらけとか寂しすぎるわ、と原は呟いた後にパックジュースのストローを噛み潰すように口に咥えた。
まるで子供みたいな仕草だというのに、どうしてこんなにもそれが似合うんだろう。図体はデカいくせに。

「そういや苗字、花宮とバチバチしてたっしょ、この前」
「……どれ?」
「……そんな頻繁にバチバチしてんの?お前ら」

この前珍しく試合会場来てたじゃん。
と言う原に、思わず首を傾げる。
珍しくって――原が気づいていないだけで、私は割合暇であれば見に行っては居るんだけど。

「してないよ。なるべく会わないようにしてる」

まあ、そんな事言わないけど。
(――アレが好きでもないバスケに、執着する理由を知りたくて観に行ってる、なんて)
いつかそれを知れたなら、もしかしたら私の今までが無駄じゃ無かったことになるんじゃないかって、淡い期待を抱いてる事。そんなのこの愉快犯そのもののような男に知られたくはない。

「……ふうん?まあいいや。あれだよあれ、会場ですれ違った時、バチってしてんなあって思ったんだよねん」
「……あー」

そういえば、ついうっかり、不可抗力ですれ違った気がする。
とはいえ、花宮個人で行動しているならまだしも、団体で行動されてしまったらいくらなんでも読み切れないのだから仕方ない事だと思う。……のに。
(あのクソ野郎が取り繕おうともせずに嫌な顔をしたから)
思わず睨んだんだった。
舌打ちしなかっただけ褒めて貰いたい。

「そういや花宮に似たのがいる〜って俺らの中で噂になった時にさ、誰も苗字と花宮が一緒に居たとこ見たこと無いって話になったから、なんか新鮮だったわ」

それ以前に噂になった、ってどういうことだ。
怪訝そうな顔をしてしまっていたのか、原は私の顔を一瞥(たぶん。目が見えないから謎だけど)した後、笑って言った。

「俺らん中で花宮に負けないくらいのガチの天才がいんだよね。そいつがだいぶ前に、花宮と似てる女見たーって言ってたから騒いでたら、花宮が死ぬほど嫌そうな顔してたから、まあ察したっていうか?」
「……ああ」

花宮が珍しく、原と一部の連中には取り繕ってないっぽい事だけは分かったわ。とぼんやり思って頷く。
(今吉センパイにはバレたから、っていうのがあったけど、原達には一体どういう経緯で――……いや、まあいいか)
花宮の交友関係とかどうでもいいし。逆に考えたくない。アレの事を考えるなんて死ぬほど嫌だ。

「それでまあ原クンはつい気になっちゃって、名前チャンに声をかけたわけなんだけど」
「永遠に声かけなくて良かったのに」
「あ、その嫌そうな顔めっちゃ似てるわ。さっきの話になった時の花宮に」
「……へー」

でもその対応は似てないな。苗字の方がめっちゃ塩。
と原は先程の脛蹴りなど全くダメージを負ってないみたいな顔をしてケラケラと笑っていた。
もしかして、こういうメンタルがヤバいのばっかりしかいないのかな、バスケ部。

「まあでも心開いてくれたってことでいっかなあ」
「……は?」
「だってもう全く取り繕う気ゼロっしょ苗字」
「……まあ」

原に何しようが言おうが、ダメージゼロなら取り繕うだけ無駄だし。
ぽつりと呟けば、原は「ひでえ!」と言って笑った。そういう所だよ。

「ていうか今さー、」
「何?」
「原、って言った?」
「……?原は原じゃん」
「あ、ほらまた言った!何だよ、きっしょいくん付け止めれんじゃん!頑なに付けるから最早癖なのかと思ったわ」
「……あ」

心の中では呼び捨てしてたの忘れてた。
……というかくん付けしてたのが癖なのは合ってはいるんだけど。
中学の時だって基本くん付けさん付けだったし。
ただ、美香は何度も何度も強請って面倒だったから呼び捨てにしたけど。

「……なんでそんな笑ってんの、原」
「は?嬉しいから笑ってんだけど?」
「……なんで?」

原は相変わらず、よくわからない。
私も相変わらず、原のことをよく知らない。
ただ普段はバスケ部の連中とつるんでいるくせに、不意に気まぐれにこちらへ寄ってきては遊ぶだけ遊んでするりと居なくなっている。気ままな猫。
その印象は最初から変わりない。

「そりゃー決まってんじゃん」

原は笑う。ケラケラと。
……ただの興味本位でわたしに寄ってきたくせに。


ふわふわとやわらかな風に揺れる紫の髪を見ていると、不意に今朝見た夢が脳裏をチラついた。
ひどく嫌な夢だった。
私がこうして、ただ取り留めもなく原と話して、ただ笑っているだけの、あまりにも平凡な夢。
(ああ、夢だ)
そう思いながらも夢の中の私は、原が口にする調子の良い譫言に夢中になっていた。
(原がいくらそんな事言ったってさ、所詮私は二の次だ)(だって)

私に構うのはただの、興味本位なんだから。

――だから、目が覚めて、"そう"でなければ良いと願う自分に気づいた時、ひどく絶望してしまった。
原の言動に、言葉に、興味本位の単語がちらつくばかりでも。
そうでないと良いと、思ってしまった。
それだけでなければ良いと、願ってしまった。


「原クンはお前の一番の親友だからな」


多分、わたしは欲しいんだ。
花宮の持つ、たくさんの持ち物から一つ。
揺るがないでそのままで居てくれる存在が欲しい。
それが多分、原だった。

『調子に乗るなよバァカ』

いつかの、至極真っ直ぐな悪意を携えた花宮の言葉を思い出す。
その通り、その通りだ、花宮。
私は出会ってしまってから初めて、花宮の言葉に賛同した。
原のこれはただの興味本位だ。私や花宮みたいなのに、理解者なんていないし、出来るわけがない。
それはずっとずっと前から、薄らと分かっていた事だ。
だけど、


「……苗字」
「……」
「……名前チャン?」
「…………うん、」

原がその口元にやわらかな笑みを携えて、私を呼ぶから。
だから。だけど。期待してしまう。

「顔真っ赤じゃん」
「……うるさいな」


親友だと言ったその軽薄な唇を、信じてしまいたくなるんだ。


20190629
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