世の中はどうでも良い人とどうでも良くない人の二種類に分かつ事ができる。


「苗字は優しいな」


……正確には、存在し得ないどうでも良くない人、とどうでも良い人達、の実質一種類なのだけれど。
最近の私には多分、少なからずとも、存在し得ない筈だった"良くない人"たちが居るようにすら思える時がある。
目の前のこれは、一体どちらなのだろう。






「苗字ちゃん、どこ行くん?」

げ。
思わず口にしかけたそれを飲み込んだ後、なんて事ない顔をして振り向けたのは賞賛に値すると思う。
先程の試合で一度だけ目の合った中学時代の先輩は、相変わらず食えない笑みを浮かべてこちらを見ていた。
(いや、その目で見えてるのかは知らないけど)

「……今吉センパイ」
「嫌々ながら呼ぶなや。もっとこう、呼ぶなら可愛らしく呼んでほしいなぁ」

ああ先輩はこんなにも後輩を可愛がってるっちゅーのに悲しいわぁ。

しくしくと泣きマネを始めたそれを酷く冷めた目でぼんやりと見ていれば、そのうちに飽きたのか「つまらん」とだけ言って拗ねたように先輩は私の鼻を摘んだ。

「…………」
「無言で圧力かけてくるとこ、変わらんなぁ」
「…………」
「ほんま花宮そっく、」
「離してもらえます?警察呼びますよ」
「……ガチギレすることないやん」

先輩は私と花宮の関係性で遊びすぎだし、私とあれのお互いに対する嫌悪を嘗めて見すぎだと思う。
思わず眉間に皺を寄せれば、先輩はパッ、と鼻を摘んでいた手を離した。

「そういやあいつ元気しとる?」
「…………さあ。そうなんじゃないですか」
「知らんふりしても無駄やで。お前ら同じとこ行ったんやろ。予想通りや」

予想通りって。
思わず苦い顔をすれば、先輩は「そういうとこは似とらんわ」と呟いた。
当たり前だ。全部が全部そっくりなんて最悪なのでこれでいい。

「……やっぱりセンパイ、あの時には気づいてたんですか」
「あの時?」
「……卒業式」
「ああ。せやな」
「せやな、じゃないんですが。もっと早く言えよ妖怪サトリ」

思わず口にしてしまった言葉に「あ」と漏らせば、目の前の男はひどく楽しそうに声を上げて笑いだした。
デジャヴだ。

「いやほんま反則やろ、っひ、」
「……」
「少し前に会った時花宮にも詰られたん思い出すわ」

会ったのかよ。
思いながら眉根を寄せる。アレと会っているのならわざわざ話題に出さなくったって良いだろうに。
私と花宮がどういう反応をするか分かっていて、それでいて口にするのだから、死ぬほどタチが悪い。
そのうち、後輩で遊ぶ為ならなんでもするとか言い出しそうだ。

「あー、笑った。……笑った分、ええこと教えたるで」
「結構です」
「あんな、妖怪サトリって単語な」
「いや聞けよ」

花宮もワシに使うで。
私の静止も何のその。全く聞こえていないとすら言い出しそうな男はそう言って笑った。
ええこと、ってアンタにとってのええことですか。そうですか。いや本当にやめてほしい。吐きそう。

「……顔色最っ悪やな」
「……吐く」
「あかん、お前らで遊ん……見とらん内に悪化しとらん?」

おい、遊んで、って言おうとしただろ。
忌々しいものを見るような目で睨みつければ、センパイは割と真面目に困った顔をした。

「とりあえず御手洗行くか?」
「……放っておいてくれれば良いです」
「そか。まあワシもそろそろ戻らんとキレられるしな。かまったげれるんはここ迄や」
「ソウデスカ」
「まあ寂しなったら連絡しや」
「シマセン」

よーしよし、と小さな子にするみたいに私の頭を撫ぜた後、センパイはいつもの笑みを浮かべて、なんて事の無いように呟いた。

「ワシが寂しいねん」

せやからたまにでええから連絡してきや。
そう言って、センパイは会場内へと戻っていく。
試合はまだ続くのだろう。
ほんの少し気分の悪くなった私は、その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、もう帰ろうか、と思案していた。







「――お、人のいる所まで出た」


呑気な声が上から降ってくる。

人のいる所ってどこに迷い込んだらいない所に行けるんだ。まあこの会場は広いしなあ、と思いながら立ち上がろうとして、視線に気づく。
視線の方を見やれば、デカくて体格の良い男がこちらをじっと見ていた。

「……」
「……」
「……うーん」

知り合いか?と一瞬思ったけれど、交友関係なんてあって無いに等しい私にバスケ部の知り合いなどセンパイ(と花宮)以外に居るわけも無かった。
誰だ、と思いながら見返せば、男はこてり、と首を傾げたあとごそごそとジャージのポケットを漁りだした。

「飴ちゃん食うか?」
「知らない人から貰っちゃいけないって言われてるんでいらないです」
「そっかー」

そうして取り出した飴玉の袋を開けて、男はぱくりと口に含む。
一体なんなんだ。
用事無さそうだし知り合いでも無いし、いいだろうか、と立ち上がれば、男は再びうーん、と首を捻る。

「オレ、キミと会ったことあるっけ?」
「……有りませんけど」
「だよなあ」

見たことがある気がする。
男はそう言うけれど、こんなデカい男と会っていれば流石に私でも記憶には残っているはずだと思う。
この男の気の所為だろう。
そう結論づけて、適当に取り繕った笑みを浮かべて「人違いですよ」と返した後立ち去ろうとして――



「……花宮」



思わず立ち止まってしまう。
落ち着いてきたはずの気持ちの悪さが、胃のあたりのぐらぐらと焼けるような不快な感覚が、再びせり上がってきそうになっては落ち着いて、の繰り返しを始める。

「ああ、そうだ。花宮に似てるな、キミ」
「……存じ上げませんし、どうでも良いんですが、ソレと一緒にしないで頂いても良いですか?」
「うん?ああ、すまん!独り言のつもりだった!」

悪い、と眉尻を下げて言うあたり、きっと悪い人間ではないのだろう、と思う。
無神経そうなところを除けば、爽やかで人当たりも良さそうだ。――私から見た第一印象は最悪だけれど。

「そうですか。それじゃあ。……試合がんばってくださいね」
「ああ、悪かったな!気をつけて帰れよ」

思ってもいない事だとすら疑わない男に内心舌打ちをして、そうして漸く帰路に着く。
……あれもまた、どうでも良い人、の筈だ。
なのに、じくじくと腹の底を煮えたぎる様な感覚が離れないのはどうして。
(無神経な天然男――っぽかったからかな)
多分きっとそうだ。

そう思って、薄ら薄らとその記憶が遠のき忘れかけた頃、ある男が霧切との試合で"運悪く"膝を痛めたと風の噂に聞いた。
花宮が出ると知った私が、途中で観るのを止めた試合の話だった。







良い人と良くない人、の分け方ではなんでだめなんだろう。

思わずぽつりと呟いたそれに、目の前の彼は少しだけ困ったように笑った。
笑って、それからほんの少しだけベッドの上で身じろぐ。

「……悪くないさ」

そう言って、なんとも言えないような、けれど穏やかな表情を浮かべる男に、私はそっとため息をついてから目を逸らす。
あんまりにも真っ直ぐな男だ。率直に言って、嫌いなタイプ。
(……だから、花宮に目をつけられるんだ)


気まぐれに見に行っているインターハイの終盤も終盤、どこで拾ったのか風邪をひいた。
引きはじめだろう、だるい体をのろのろと引きずって病院に行った帰り、どこかで見覚えのあるデカい男が少し離れた所にある杖を拾えず立ち上がれないのか、私の進路を邪魔していた。
だからそれを手に取り、渡して帰ろうとした。それだけの筈だったのだ。

「ああ、ありがとう。……あれ、キミ」
「…………」
「あの時の花宮に似てる子だ」
「その認識を改めろって言ったの忘れてんの?あんたポンコツ?」
「あ、悪い悪い!でもキミの名前知らないんだよな。教えてくれるか?オレは――」

木吉鉄平、というのだと言う。
一方的に進んでいく話にため息をつきながら、けれどいつまでもその呼び方で居られるのは気分が悪い。
だから私も名乗った。苗字名前だと。
そうしてあれよあれよとこの天然気味な男によって話が勝手に進み、帰る筈だった私は男の入院している部屋に連れて来られてしまった。

今頃寝てる筈だったんだけど。まあ微熱だし、これでこの男に移ったとしても話を聞かないこいつが悪いだろう。
そう思いながら男を見ていれば、へらり、と笑い返された。

……でもなんでこいつは、こうなっても笑ってられるんだろう。
死ぬほど嫌いな男が出た試合。
そこで潰れようとした男の話。
この部屋に招かれた時、不意にそれらが脳裏に過ぎって、逡巡の後、ぴたりと当てはまった。
(そうだ、噂に聞いた"膝を痛めた"男の名前も、キヨシテッペイだ)
花宮に潰されたはずの男は、けれどこうしてピンピンとしている。
ざまあみろ、と花宮に向けて舌を出し――けれども、同時に気味が悪いな、とぼんやり思った。
(なんで笑ってるんだろう。笑えるんだろう)
あの花宮が生ぬるい真似をするはずがない。
そうやって今まで、あの男は青春を鼻で笑ってぶち壊してきたのだから。


「……木吉はさ」
「うん?なんだ?」
「花宮の事、憎くないの?」
「……ああ、」

うーん、と悩んだ素振りを見せた後、木吉はなんとも言えない表情を浮かべて「ああ」とだけ返した。
それ以外、男は何も言わなかった。

「……ふうん、そう」
「ああ。…………そういえば」

何。
もういいか、と立ち上がろうとしたところでかけられた声に振り向けば、疑問符を浮かべた顔をした男が、遠慮なくこちらを言葉で貫いた。


「なんで花宮を嫌ってるんだ?」


花宮にそんな風にされたのに、よく言えるよね。
ぼんやりと思いながら、今にも吐きそうな私は「嫌いだから」とだけ返して病室を出た。
その後近くの御手洗で吐いた。熱も上がった気がするけど多分気の所為だろう。




木吉鉄平。どうでも良くはないのかもしれないけれど――どうでも良い、にいれたい、無神経で癪に障る男。
ある日気まぐれに連絡をしてきた今吉センパイにそう言えば、「花宮もおんなじ事言ってたわ」と言われた。吐いた。


20190628


つまり嫌いな男という事だ。
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