「土方さんっ」
「あ?」
「お茶、淹れますか!」
「……いい」

ここに来て2週間と少し経った。私は、土方さんの部屋でひたすら報告書と始末書を読み、整理等をして、土方さんの手伝いをする日々を送っている。早寝早起き。昼に仕事をして、夜には眠る。そんな規則正しい生活が、ただただ今は、嬉しかった。でも少しだけ、ちゃんと土方さんの役に立てているのか、不安もある。

「お前なあ、一時間おきに茶の話してくんじゃねえよ…」

机を挟んで向かいに座っている土方さんは、がりがりとボールペンで書類に何か書きなぐりながら呆れたように言った。

「あ!何か食べますか?」
「…はあ……お前ってなんつーか…」
「はい?」
「犬っぽい」
「い、犬ですか…」

私がショックを受けていると、土方さんはこちらを見て少しだけ笑った。土方さんは笑うと可愛いということを、最近知った。

「俺ァ、猫より犬派だ」
「それはどういう…」
「それよりお前、ここんとこ休みなしだろ?俺の手伝いは今日はもういいから、気分転換に買い物でも行って来いよ」
「えー、でも、」
「俺の命令が聞けねえってのか?」
「うう…」

上司の命令に逆らうわけにもいかず、渋々腰をあげる。まるで遠ざけられているみたいだなあと凹みながら障子に手をかけたところで土方さんは、総悟今日非番だから、と言った。

「よう」
「あ、沖田さん」

なんとタイミングのいいお人だ。土方さんの部屋を出て、数歩歩いた縁側に、沖田さんは寝転がっていた。

「なんだか久しぶりにお顔を拝見しやしたねェ。ここんとこずーっと土方さんの部屋に籠ってやしませんか、なまえさん。あんた一体土方とふたりでナニやってんだィ?」
「しっ、仕事ですよ!」

冗談とわかっているのに、顔が熱くなる。私の様子を見て、沖田さんは悪戯に笑った。

「そんじゃ、お買い物でえと、行きましょうか。お嬢さん」
「え、なんで知って、」
「まあまあ、ほら。行きやすぜ」

妙な段取りの良さに困惑しながら、ゆるりと立ち上がり歩き出した沖田さんの背中を追った。

「で?」
「はい?」
「何が欲しいんです?」
「あ、それ考えてなかったや」
「なんでィそりゃあ。女なんてみんな物欲の塊のはずだろィ」
「偏見ですよ、それ」

沖田さんは堂々と私服でパトカーを運転している。なんならたまにパトランプを点灯させたりサイレンを鳴らして、ちんたら走る車を追い抜いたりするから冷や汗がでる。

「お、沖田さん、非番の日にパトカー使っていいんですか」
「あー、始末書書きゃあ大体のことは許されますぜ」
「その始末書、始末してんの私ですが…」
「まあ、堅ェこと言いなさんな」

飄々と言ってのける沖田さん。ある種尊敬に値する。

「あ」
「あ?」
「沖田さん、煙草屋さん寄ってもらえますか?」
「あんた煙草なんか吸いましたっけ?」

不思議そうな顔をしながらも、ゆっくりブレーキをかける沖田さん。停車したのを確認して、シートベルトをはずす。ドアをあけると、沖田さんも同時に降りてきた。

「あ、これください。カートンで」

店員さんに銘柄を伝えて、レジでお金を支払おうとするが、肝心なことにようやく気がつく。私、お金持ってないじゃないか!だってまだお給料日じゃないし!あわてふためいている私の後ろからすっと腕が伸びてきて、店員さんに一万円札を手渡した。振り返って見上げると、そこには当然、沖田さんがいる。

「おっ、おき、」
「釣り、受けとれよ」

お金を渡した沖田さんはさっさと店内から出ていった。言われたとおり、釣り銭を受け取ってから慌てて後を追いかける。

「沖田さんっ」
「はい?」
「すいません!私、お金、」
「あー、金のことは気にしなさんな。まだ給料もらってねえんでしょ?おんなじ職場の人間だし、わかってまさァ」

沖田さんはにっこり笑って、さあ次は何がほしい?と言った。この人、とんでもない男前だよ…!

「あ、着物なんてどうです?」
「着物?」
「近藤さんがね、今あんた用の制服を仕立てさせてるって言ってたんでさァ。ただ、女用なんて特注だし、まだ時間がかかるってんで、その間着るもんに困るでしょう?なんせ、身一つで転がり込んで来たんだしねえ」
「でもそんな、高価なものは…」
「けってーい。ぶーん」

急発進したパトカー。ぐんと背もたれにへばりつく背中。楽しそうな沖田さんはもう誰にも止められない。数分で着物屋さんにはたどり着いたが、沖田さんの運転は刺激が強すぎた。

「あり?大丈夫ですかィ?」
「だ、大丈夫です…」

私がよろよろと車から降りると、沖田さんはずんずん店内に進んで行った。よろよろと後を追いかける。店内には色とりどりの綺麗な着物が並んでいて、わくわくした。値札を気にしてどれにするか決めかねている私を見て、沖田さんは私を試着室に放り込んだ。そして、片っ端から試着させていく。ほんと、この人自由だな!

「お、沖田さん…いい加減疲れました…」
「いやー、美人は何着ても似合いまさァ。あ、店員さーん。これとこれとー、あとこれも買いますぅ」
「ええええ!そんなにも!?」
「あ、あとこの簪もー」
「ええええ!これいくらするんですか!高ッ!!」
「まあまあ、気にしなさんな気にしなさんな」

あわてふためいている私をよそに、沖田さんは随分楽しそうだった。お会計を済ませて、店員から大きな紙袋を受け取った沖田さんはにっこり笑って、さあ次はどうします?と言った。

「すこし疲れたんで、どこかでお茶してから帰りませんか?」
「ああ、いいですねィ。あそこの甘味処にしやしょうか」

パトカーを路肩に停めて、ふたりで店内に入る。店員さんにお好きな席へどうぞと言われたので、窓際の席に座ることにした。沖田さんは私を奥側に座らせ、その向かいに腰をおろした。

「沖田さんは紳士ですね!」
「そうかィ?褒められると照れまさァ」

照れた様子なんて微塵もない沖田さんは慣れた手つきでメニューを取って開き、こちらに向けた。

「あ、このカップル限定巨大ラブラブ☆パフェなんてどうです?」
「カップル!?いや、いいですけど、え、値段高ッ!!」
「コーヒー?紅茶?」
「あ、コーヒーで」
「すいやせーん。このでけェパフェとコーヒーふたつお願いしやーす」

この人ほんと、自由だ。

「あ、おいしい」
「そうですねィ」

運ばれてきた巨大なパフェを沖田さんとつつく。二人でも食べきれるのか謎だ。

「沖田さん、今日はほんとありがとうございました」
「ああ、いいですよそんなこと。こんな美人連れて歩けるなんて俺ァ幸せもんだィ」
「どうして、お買い物付き合ってくれたんですか?」
「土方さんに頼まれやしてね」
「…え」

驚いて思わず手が止まる。目の前の沖田さんは頬杖をついて、生クリームがついた唇をぺろりと舐めていた。

「土方さんが?」
「ええ。俺の手伝いばっかで、休めっつっても側を離れねえから連れ出してやれって。土方が」

あの、妙な段取りの良さの謎はとけた。すこし嬉しいけど、すこし悲しい。だってそれじゃあ土方さんがまるで、私から離れたいみたいじゃない。

「土方さんは、私が邪魔なんでしょうか…」
「はい?」

私がうつむくと、沖田さんはすこしだけ笑って、首を横にふった。

「それは違いますぜ」
「だって、」
「あの人はああ見えて気遣い屋でねェ。そのくせ不器用だから、まだわかってねえんですよ、あんたの扱い方が。初めての事ですから。小姓なんてなァ」
「私、嫌われてないですか…?」
「あー、ないない。むしろ、」
「よかったあ…!ありがとうございます、沖田さん!なんだかすこし、元気出ました」

すこしだけ驚いた顔をした沖田さんは、そのあとにっこり笑って、また生クリームをひとすくいして、頬張った。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「いやあ、こちらこそ。また遊びに行きやしょう」
「はい!ぜひ」

屯所にパトカーを停めて、降りる。もうあたりは薄暗かった。随分長く話し込んでしまった。沖田さんの話はすごく面白かった。あそこの駄菓子屋のおばあさんはアイスの当たりの偽造に気づかないとか、ご飯はあそこの定食屋がおいしいとか、近藤さんはキャバ嬢のおっかけをしているとか、土方さんはマヨラーだとか、色んなことを教えてくれた。

「思ったより早かったな」

背後から低い、聞き慣れた声がして振り返ると、玄関に土方さんが立っていた。

「あ、土方さん、ただいま戻りました!」
「おかえり。総悟に任しゃあ帰りは日付が変わるかと思ったが」
「いやあ、そのつもりだったんですが、小姓さんが主のところに帰りたいってわんわん鳴くもんで」
「わんわん鳴いてません!」
「…なんだそりゃ」

沖田さんが後部座席から大きな紙袋を取り出すと、土方さんは少し笑った。

「気分転換できたか」
「あ、はい!とても!」
「なら良し」
「沖田さん、ほんと沢山お金、すいません」
「ああ、気にすんなィ。これ、全部土方の金だから」
「なっ…!へ、はいぃ!?」
「…お前今言うか、それ」
「いっけね」
「え、なっなんで…」

沖田さんの妙な羽振りのよさはそのせいだったのか…!なんということだ!私は直属の上司のお金で好き勝手していたのか!

「なんでって…お前は俺の小姓だろうが。お前の面倒見んのは俺の仕事だ」

きっぱりと言ってのける土方さん。やっぱり、かっこよすぎる。

「ほんとうにごめんなさい。あ、あの、土方さん…」
「あ?」
「これ」

土方さんに、最初に買った煙草を差し出す。土方さんは目を丸くしていた。

「なんで?俺に?」
「買い置きしてらっしゃるの、今日、最後のひとつだったなって、思って」
「あ、そういやさっき切れたな」
「今日ほんとうに、ありがとうございます。あ、銘柄、あってますよね?」

恐る恐る土方さんの顔色をうかがう。なんと彼は優しく笑っていた。おまけに頭まで撫でられた。

「あってるよ。上出来だ」
「…!」

胸が、どきどき、うるさい。ああ、私は、恋をしている。この人のことが、好きだ。好きなんだ。

「はいはいはいはい。イチャイチャしてねえでさっさと中入りやしょうぜ」
「イチャ…!?」
「総悟!ふざけんなてめっ」


3回まわってワンそれからキス



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