走れ。

「はあっ…はあっ」

走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。
すこしでも、一歩でも、遠くへ。

「はっ……」

膝がガクガク震えているのがわかる。息も上がって、もう汗だく。でも、走らなければ、殺される。このままじゃあ、奴らに。きっと私は、

「みーつけた」
「!」

あいつだ。背筋がゾクリと波立つ。嫌な汗が身体中から噴き出すのを感じていた。

「どうして逃げるの?俺と居れば、いつか海賊王のお嫁さんになれるかもしれないってのに」

振り返れば、そこには頼りない月明かりに照らされている神威。いつもの如くにこにこしている。怖い。

「あははは、コワイかお。どうしたの?」
「……冗談やめて」
「ここに未練があるの?じゃあ潰してあげるよ。星ごと、ぜんぶ。そしたら俺も海賊王に一歩近づけるし、一石二鳥。それで解決でしょ?」
「ふざけないでよ!」

ボロボロの布切れをぐるぐる巻いて隠していた、自分の刀に手を掛けたところで、もう一人の影に気がついた。

「団長、もうやめとけよ」
「……阿伏兔」

神威とは違ってゴツい男。阿伏兔という人物が、気づかない間に私の背後に立っていた。

「しつこい男は嫌われるってのは万国共通だぜ?」
「もう、いいところだったのになあ」

阿伏兔は真横まで近づいてきて、私が抜こうとした刀を捕まえた。びくともしない。なんて馬鹿力。だらだらと嫌な汗が額から落ちていく。

「おいおい、俺たち相手にやろうってのか?やめときなお嬢さん。命がいくつあっても足りねえぜ」
「ほら、阿伏兔が出てくるからややこしくなっちゃったじゃない」
「あんたがややこしくしてんだろ!このすっとこどっこい!」
「えー?だって俺、一目惚れだもん。お嫁さんにするって決めたから、しょうがないよ」
「それがややこしいってんだよ!だいたい、あそこから女勝手にさらって行くなんてあのジイさんが許すわけ、 」
「てめえらそこで何やってる!」

二人が揉めているのを呆然と見ていると、男の怒鳴り声がして我に返る。恐らく警察だ。助かった。

「お巡りさーーん!助けて!人拐いですぅぅぅぅ!!」
「あっ、馬鹿野郎!」

走り疲れて、喉はカラカラ。だけど、喉から血が出そうなほど叫んだ。こんな奴らについていったら、間違いなく殺される。

「おい!大丈夫か!」
「助けて助けて助けてお巡りさあああああん!」

無我夢中で叫ぶ。すると、神威がお巡りさんに向かって走り出す。やばい。殺す気だ。

「やめて!!やっぱ逃げてお巡りさんんんんん」
「んなわけにいくかあああ!」

迎え撃とうとするお巡りさんの影と神威の影の間に、割って入ったのはなんと阿伏兔だった。

「団長、いい加減にしとけ」
「阿伏兔こそいい加減にしてよ。こいつら殺して、なまえいただいて、それで万事解決でしょ。邪魔するつもり?」
「なんだとてめえ!やれるもんならやってみやが、」
「はいはい、落ち着いてくれお二人さん。団長、こんなところで勝手にお巡りさん殺しちゃあ、後々面倒なことになる。わかるだろ?ここはクールに、一旦引くこった」
「…………」

神威はちらっとこちらに目をやって、にこりと笑う。また背筋がゾクリ。こいつの笑顔はほんとうに怖い。無邪気な狂気。

「なまえ、やっぱりお前のことは諦めるよ。そんなに怯えてちゃ、俺のお嫁さんは務まらないしね」
「……」
「じゃーねー」

1回、2回、瞬きをするうちに、彼らは居なくなっていた。どうやら、私は解放されたらしい。

「た、たすかっ……た……」

疲れやら安堵やらがどっと押し寄せて、私はその場に倒れ込んだ。瞼が勝手におりてくる。眠い。そういえば丸1日、寝ていなかった。

「おいっ、大丈夫か!おい!」

遠くで、お巡りさんの声が聞こえた。

「もしもし、俺だ。車回せ、大至急だ。……おう。女が倒れてんだよ。あん?人聞き悪いこと言うんじゃねえよ総悟!チッ…てめえが死ね!近藤さんには俺から連絡しとく。すぐに車寄越せ、いいな!」


やむを得ず


back