「土方くん」

私が声をかけると、窓の外を見ていた土方くんは顔だけをこちらに向けた。暑さのせいか、腕捲りをしている。暑くてたまらないと言って、今朝坂田先生が全開にした窓からは、生暖かい風が時折入ってくる。廊下は、教室よりもすこしだけ、涼しい。

「何だよ」
「先生には敬語」
「……何ですか」
「よろしい」

私がにっこり笑うと、彼はやはり不機嫌そうな顔をした。

「何見てたの?」
「べつに……何でもねえよ」
「なによー」

土方くんのすぐ隣に移動して、窓の外を覗く。すると、遠くてよく見えないけど、沖田くんらしき人物が男子生徒複数に囲まれているのが確認できた。沖田くんは土方くんの2つ下。まだ入学して数ヶ月の高校一年生だ。

「え、囲まれてるけど」
「おー」
「おーって…」
「大丈夫だろ」
「……」

ちらりと横目で土方くんを見る。心配そうな顔してるくせに、なにが大丈夫だろ、なんだろう。沖田くんは、土方くんと同じく剣道部だった。主将は土方くんと同じ学年の近藤くん。この三人は幼馴染みらしく、沖田くんは近藤くんになついているのだと、風の噂で聞いた。

「…あいつ」
「え?」
「総悟はケンカばっかでよ。次、騒ぎ起こしたら試合出らんねえ」
「尚更、大丈夫じゃないじゃない」
「……」

心配になって、また沖田くんのほうに目をやる。すると、ひとりが沖田くんの胸ぐらを掴んだ。これは、いよいよ大丈夫じゃなくなってきた。焦った私はケンカをやめるよう注意するため、息を吸い込む。それと同時にすぐ隣で舌打ちが聞こえた。かと、思ったら、

「てめえらうちの総悟に何の用だあああああああ!!!!!!」

びっくりした。なんと、隣にいた土方くんが急に窓から身を乗り出して叫んだのだ。我にかえって、沖田くんのほうを見ると、全員逃げ出した後だった。沖田くんだけがポツンとその場に残っていたが、土方コノヤロー余計なお世話でさァとかなんとか言ってからすぐ居なくなった。

「……はあ、ったく世話がやける」
「ぷっ」
「あ?」

私がふきだすと、土方くんは更に不機嫌そうな目でこちらを見た。

「なんだよ」
「本当に、大丈夫だったなあって思って」

土方くんの「大丈夫」は「俺が何とかするから大丈夫」って意味だった。

「あはははははっ」
「なんだよ腹立つわ」
「いやごめん、だってさあ、土方くん」
「だから、なんだよ」
「かっこよすぎでしょう」

沖田くんのことが、ほんとうにかわいいんだろうなあ。無関心装っても、やっぱり弟分はほっとけないのか。なんか、男らしくって、ほんとうにかっこいい。

「なん、……は?」
「いい男だね、土方くん。先生がもし今高校生だったら、絶対土方くんに恋してる」

私より頭一つぶんくらい背の高い土方くんの頭を、ぽんぽんて撫でてみる。すると、みるみる顔は真っ赤になった。

「あははは、真っ赤。かわいい」
「が、ガキ扱いすんじゃねえよ!」

土方くんは私の手を払って、真っ赤な顔のまま背を向けてどこかへ行ってしまった。私はほんわかした気分のまま、理科準備室に向かって悠々と歩き出す。ほんと、いいもの見たわ。男の子って、若いって、いいなあ。


「あー……反則だろ、アレは」

back