「あ、なまえさ」
「奥村せんせ、さよーならっ」
「……… 」

ここ数日、私は雪男から逃げ回っている。だって、このままじゃ駄目だ。雪男といると、なんか、流されてしまいそうで、恐ろしかった。ただ、意識的に雪男を避けているはずなのに、いつもより余計に遭遇してしまっている気がするのは何故だろう。

「はー…危ない危な、」
「何がです?」
「…え、な、は!?ゆき、奥村せん、」

塾の廊下でバッタリ遭遇した雪男に食いぎみで挨拶をして、足早に走り去ったつもりが、気付けば追い付かれていた。おまけに肩まで捕まえられている。

「なんのつもりかな…?」
「こっ…こわいこわいこわい」

恐る恐る振り向くと、目の前の雪男は笑顔。ただ、これは明らかに、怒っている。こわい。

「ちょっと来て下さい」
「え、ええっ、ちょっ」

腕を掴まれて、そのまま雪男に引きずられるようにして、誰もいない教室に入る。雪男はドアを閉めて内側から鍵を掛けると、深く溜め息をついた。

「奥村先生、あの…」
「なんで僕を避けるんです?」
「…別に、避けてなんか」
「嘘だ」

雪男の腕が背中にまわってきて、すっぽり抱き込まれる。服の上からでも、雪男の心臓の音がわかって、やっぱり、こういうのは柄じゃないんだろうなあと思った。少しだけ安堵する。

「だって…」
「だって?」
「私、駄目なんだよ。雪男といると」
「なにが」
「い、いろいろだよっ」

私が口ごもると、雪男は恐い顔をして、生徒用の長机に私を押し倒した。驚いて反射的に逃げ出そうとしたけど、顔のすぐ横に手をつかれて、閉じ込められてしまった。

「言えよ」
「うっ…」
「ここ数日、一方的に避けられる僕の身にもなって下さい」

雪男は悲しい顔をして、私の肩の辺りにそっと額を乗せた。すごく胸が、苦しい。

「だって、駄目なんだよ。私まだ、燐のことを考えて、泣いていたいのに、雪男といると駄目なんだよ」
「どうして?」
「私、変だ。もうずっと、ずっと、雪男のことばっかり、考えてるの…」
「…なまえさん、ごめん、泣かないで」
「雪男、傷つけてごめん…」

慌てて顔をあげて、私の涙を拭う雪男を、愛しいと思った。やっぱり私、変だ。雪男といると、すべてがどうでもよくなって、他のことを考えられなくなってしまう。そんなの駄目だ。

「傷ついたっていい。僕は、なまえさんが好きです」
「雪男…」
「あなたが誰を好きでも、関係ない」
「で、でも、」
「なまえさん」
「え、あ、はい…」
「キスしたい」
「え、あ、ええっ!?」
「この数日間、あなたに触りたくて触りたくておかしくなりそうだった。キスくらい、いいでしょう?」
「そ、そんなこと、聞かないでよ…」
「ごめんなさい。します」

重なった唇はとても熱くて、全身がとろけそうだった。何もかも忘れて、今、目の前の彼にすべて委ねてしまいたい。そう思ってしまっている自分が恥ずかしくて、ぎゅっと雪男の服を掴んだ。



あなたがといた魔法





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