気がついた時には彼が好きだった。学校ではいつも姿を探し、彼の通う塾にも追いかけるように入った。暇を見つけては遊びに誘い、その時は出来るだけ次に会う約束を取り付けた。そう遠くない未来、彼の隣に居るのはきっと自分だと、ただなんとなくそう考えていた。だって、こんなに好かれようと頑張っているんだし、そのお陰でとっても仲が良いし、きっと彼はいつか、私のものになる。そう考えていた。私は彼がとても好きだった。ずっとずっと好きだった。だけど彼が好きになったのは、つい最近出会った、別の女の子だった。

「しえみを…!」
「しえみが何?」
「デートに誘おうと思う!!」
「……は?」
「え!?」

燐が目をギラギラさせて私に相談があると言ったので、放課後残ってあげると、彼は思いもよらない発言をした。どうやら私が大好きな彼は、ほんわか可愛い共通の友達、しえみのことが好きらしい。この瞬間、今までやってきた事が水泡に帰したような気がして、目の前が真っ白になった。

「ちょ、聞いてんのか?おいっ」
「…聞いてる」
「ど、どうやって誘えばいいと思う!」

私の大好きな彼は、未だに目をギラつかせ、私に問い掛けている。人の気も、知らないで。どれだけ鈍感なんだこの男。傷ついた。今まで生きてきて一番、傷ついた。無駄だった。今までやってきた事、全部。どうして、燐が私のものになるなんて、考えていたんだろう。でも、だって彼はいつも私に優しかった。いつだって助けてくれたし、美味しいご飯も作ってくれた。たくさん遊んでくれたし、楽しいことをたくさん共有した。でも、思い出も全部、無駄だった。彼は、

「…駅前にケーキ屋さんができたの。そこ、気になってるって言ってたよ、しえみ」
「…うお!マジで!サンキューなまえ!!ぜってえ今度お礼すっから!!」

彼は、私のものにはならない。

「私、先帰るね」
「え?一緒に帰んねえ?どうせ方向一緒だしよ」
「ちょっと、予定あるし、ごめんね。またあした」
「…?おー…また明日な!」

ニカッと笑って手をひらひらさせた燐に背を向けて、足早に教室を出た。限界突破した私の涙腺はついに崩壊が始まっている。誰にも出会わないように祈りながら廊下を走りだすが、空き教室のドアが突然ガラリと開き、そこから一本の腕が伸びてきて、私の腕を掴んだ。悲鳴を上げる間もなく、その教室の中に引っ張りこまれ、気がついたら誰かにすっぽり抱き締められていた。その誰かからは、いつもの優しい匂いがした。

「ゆ、雪男…!」
「すみません。立ち聞きするつもりは無かったんですけど…たまたま兄さんに用事があって教室に行ったんです」
「…なんだ……びびびっくりしたじゃんかああ…」
「静かに。兄さんだ」

雪男は人差し指を自分の顔の前で立てた。廊下から小さく足音が聞こえてくる。燐だろう。その音が通過して、聞こえなくなるまで雪男の腕の中で、静かにしていることにした。足音が遠のいたのを確認してから、口を開く。

「雪男?もう、大丈夫だから腕…」
「ダメです」
「え、なんで?」
「兄もそうですけど、あなたも大概鈍いな…」
「え?え?なん、」

開いた口は、なんと雪男の口で塞がれた。状況が理解出来ずに混乱していると、雪男はいつものように優しく笑った。そして、ぐっと腕に力を込めて、私をまた胸の中に閉じ込める。

「僕のほうがずっと、ずっと前から、あなたを好きでした」
「…え、は?」
「たぶん、あなたが兄さんを好きになる前から」

急すぎる展開に頭が追っ付かない。どうしていいかわからず、ただ固まっていると、雪男は調子に乗ったのか、もう一度キスしてきた。我に返って胸を押し返しても、びくともしない。それどころか空気を求めて開けた唇の隙間から、熱い舌がぬるりと侵入してきて、もう頭が沸騰してしまいそうだ。なんで?なんでこうなった?

「雪男っ、こら、ダメだって…!」
「どうして?」
「だって私、燐が」
「でも兄さんが好きなのはなまえさんじゃない」
「そ、そうだけど!それが何!」
「じゃあ……僕達は双子だし、兄さんだと思ってればいいんじゃないですか」

ずれた眼鏡をなおしながら言い放った雪男。最低だ。そんなの、最低。

「最低…」

気付いたら、雪男のほっぺたを引っ叩いていた。誰かを叩いたのは、生まれて初めてだった。思いの外、右手がじんじん、痛む。

「…最低ですか」
「どうしてそんな、ひどいこと言えるの…」
「僕だったら絶対、大事にします」
「ゆき、」
「兄さんの代わりでもいい…」

目の前の雪男の顔は、悲しげに歪んでいた。雪男でも、こんな顔するんだなあと思ったら、とてつもなく胸が痛んだ。雪男も私と、おんなじなんだ。好きな人の好きな人は、自分ではない。それは絶望だった。

「雪男…たたいてごめん」
「平気です」
「悲しい」
「……」
「ごめんね…」

私が泣くと、雪男は笑った。どうして笑うのか、わからなかった。だけど雪男の腕の中は温かくって、どうしようもないくらい、苦しかった。


あなたがかけた魔法





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