今思えば、すべてがぐずぐずだった。顔を見ればあがっちゃって、何も話せなかったし、恥ずかしくてわざとらしく避けちゃったりもした。告白のときだって、目を見れたのは数回で、あとはずっと地面を見つめてた。去り際は涙が出そうで、鼻をすすったし、物凄くカッコ悪かったと思う。どうしてうまくできないんだろう。彼の「ごめん」は、とても優しい声だった。お陰で今でも耳から離れてくれない。彼を好きだというこの気持ちは、いつになったら私を楽にしてくれるのだろうか。

「あ、すげえブスだよ今」
「うるさい!黒尾のバカッ」
「いやいや、マジだから」

失恋した女と、その幼なじみの男。誰もいない男バレの部室で、ふたり。今日バレーボール部は練習がないらしく、放課後なのにがらんとしている。黒尾は私をパイプ椅子に座らせ、自分はその前にしゃがんだ。行われているのは、私を慰める会のはずだ。目の前の男は相変わらずニヤニヤと嫌な笑顔で、トドメを差しにきている気がするけれど。

「なんなの…慰めてくれるんじゃないの…なんで追い討ちかけてくんの…」
「あ?だからフラれんぼのお前を迎えにいってやったじゃねえか」
「ふられんぼ…」
「ごめんって、泣くなよ」

この男の言うとおり、泣きながら告白の現場に立ち尽くしている私の手を引いて、ここに連れてきてくれたのは黒尾だ。その道中、黒尾は自分のブレザーを私の頭にバサッとかぶせてくれた。その配慮に、優しさに、更に涙が出たのは言わないけれど。

「はあ、しんどい」
「うん」
「黒尾」
「んー?」
「ありがとう…」

言うと、黒尾はすこしだけ笑って、指で私の涙をぬぐった。この男の手はいつもあたたかい。そして優しい。

「いーよー」
「ねえ、黒尾は、失恋したことあるの」
「……ない」
「だよね。ずっと一緒にいるのに、黒尾の浮いた話聞かないもん」
「あったとしても俺が言うわけねえだろ」
「えー?なんで」
「秘密主義ですもん、ボク」
「ふ、なにそれムカツク」

すこし口を尖らせて、ふざけたことを言う黒尾が面白くてすこし笑うと、やわやわと頭を撫でられた。

「よーし、もっと笑え」
「そんな無茶な」
「笑えよ」
「ふは、ほんと無茶苦茶だね」
「俺さ」
「うん?」
「お前が泣くと、ここがギュッてなる」

ここ、と自分の胸を人差し指でトンと軽く指し示す黒尾の顔は、いつもの怪しい笑みなど消え失せて、真剣だった。

「なんなの、急に…」
「昔っからそうだったよ」
「そ、か」
「だから笑えよ」
「も、ほんとなんなの今日…」
「笑ったほうが、かわいいよお前」
「ほんと…くろ、今日、変」
「言葉にすると陳腐だけども」

ゆっくりと伸びてきた大きな両手が、私の頬を挟み込む。黒尾の手はいつも優しい。まるで、愛しいものでも触るみたいに、大事そうに、私に触れる。2つの切れ長な目と、視線が交わる。何故か逸らすことができない。

「今は好きじゃなくていい。2番目でいい。卑怯なタイミングだってのも、わかってる。けど、大事にするから」

そっと、目を閉じて、そして額と額がくっつく。黒尾は静かに、囁くように、言った。遠くで、運動部の掛け声が聞こえる。

「俺のものになって」

恋にやぶれた私の逃げ込む場所はいつも黒尾で、泣く私を何度も慰めてきた黒尾の心を思うとどうしようもなく悲しくなって、止まりかけた涙はまた流れ出す。恋は悲しいものなのだ。目の前のツンツンした頭をそっと抱き締めたら、お互いの傷を舐め合うように、静かに唇が重なった。その瞬間、彼を好きな気持ちからすこしだけ解放されたような気がして、なんて安い女だろうと、自分が嫌になる。こんな女でも、黒尾は愛してくれるだろうか。



愛されたい明日





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