「あーらら…また絡まれてるぞ…」
「お?怒った?怒ったの、木兎」
「……」

不貞腐れる俺を見る、猿と木葉はどこか楽しそうで苛立ちは募る。この怒りをどう始末していいものかと思案するが、どうしたって俺がダセェだけだと、出た結論に溜め息がでた。

「はあぁぁあ……」
「木兎、嫌なら言えば?」

じとりと木葉を見ると、俺が何を言おうとしたか察した様子だ。苦笑いしている。なぜ俺が苛立っているかというと、まあ、俺のカノジョが最近、新入生にモテまくっているからだ。これは尾長から聞いた話だが、きっかけは部活見学に来た新入生が「男バレのマネが美人!」と1年生の間で触れ回ったことらしい。それ以来俺のカノジョの噂が広まり、何故か2年までざわついてる始末。急に何なんだよマジで。現に今、俺のカノジョは廊下で1年生に囲まれて萎縮している。助けに入りたいのはやまやまだったが、主将とマネが付き合ってるなんて他の部員に示しがつかないから引退まで黙っていようという、カノジョの意向を尊重するために今、俺は教室内からじとりとその様子を伺うに留めていた。まあ、バレー部3年にはこの事実を伝えてあるので、木葉と猿が、この状況を見て面白がっているというわけだ。俺はまったく面白くないが。

「先輩、彼氏いないんですか?」
「おれ立候補しちゃうー」
「こらこら。もうお昼休み終わっちゃうから戻りなよ」

開け放たれた窓とドアのせいで、廊下での和気藹々とした会話が耳に届く。聞いても腹立つだけだけど。俺の知らないことがあるのは、もっと腹が立つ。更に神経を尖らせて、その会話に耳をすませる。

「ねっ!先輩!いい加減、連絡先教えてくださいよー」
「え、えぇ…?」
「いーじゃないですか。減るもんじゃないし?」
「ほらほらっ、ケータイだして先輩」
「部活ないとき、遊びにいきましょ?」

ああ、くそ。くそ。くそ。

「…無理」
「あ…おい、木兎っ!」

勢いよく立ち上がったせいで、椅子は大きな音を立てて床に倒れた。目の前で弁当を食っていた木葉と猿はびっくりした顔で、俺を引き留めようとしたが、血がのぼったこの頭にはその言葉も届かない。捕まれた腕を払い、ずんずん進み、廊下へ。新入生とカノジョの間に割って入ると、俺より低い位置にある野郎共の顔が強張ったのがわかった。

「ダメ」
「へ、ぼ…木兎、」
「こいつ俺のだからダメ」

教室と廊下がしんと静まり返ったのを感じたが、気にせずカノジョのほそっこい手首を捕まえて、その場を離れた。やがて沈黙を割くように女子の悲鳴とか男子の冷やかしとかが聞こえたが気にしない。苛立ちに任せて早足で歩く。カノジョは途中、どうしたのとかどこいくのとか何とか言っていたが、取り敢えずスルーした。

「木兎!」

カノジョが、すぐ後ろで声を荒げたので思わず足を止めたのは、屋上へ続く階段の踊り場だった。屋上は一応立ち入り禁止なので、人がくることは少ない。ちょうどいいやと思い、後ろを振り返る。俺よりもかなり低い位置にあるその小さな顔は、不安そうにこちらを見上げていた。ちりりと胸が痛む。

「木兎、怒ったの?」
「ごめん」
「謝んないで…」
「約束、守れなくてごめんな」

階段に座り込んで項垂れる俺を、カノジョはしゃがんで、心配そうにのぞきこむ。

「そんなの、いいよ」
「俺さ」
「うん」
「すげえ、嫌だ。お前が、」
「うん」
「あんな、好意むき出しな奴らに絡まれてんの、すっげえ、嫌だ」
「…うん」
「なあ、俺のこと好き?」

俺の問い掛けに、カノジョはすこしだけ笑って、耳元で好きですよと答える。それから頬にキスまでしてくれた。そうしたら、不思議と苛立ちもどこかへ行ってしまって、目の前のカノジョが、ただ愛しくって、華奢な体を抱き寄せてみる。いつもなら、学校ではやめなさいとやんわり拒否するくせに、何がどうして、今日は素直だ。

「なあ、好き」
「あはは、耳元でやめてよ、くすぐったい…」
「好き」
「ありがとう、私も好き」
「すげえ好き」

抱き締めて、耳元で囁いてみる。言葉の合間に、耳朶とか首筋に唇をつけてやると、腕の中のカノジョはくすぐったそうに身をよじった。

「バレちゃったなあ」
「ですねー」
「…ごめんなさい」
「んーん。いいの。本当はずっと、木兎は私のものです!って、世界中のひとに自慢したかったからさ」
「おま、…マジで言ってんの」
「マジですよ」
「あぁぁ…そういうこと言うだろー…」
「嫌なの?」
「違ぇよ!死ぬほど嬉しいの!察して!」
「木兎、木兎」
「なに…」
「キスして」

言って、ぎゅうっと抱き締め返してくるカノジョ。そして、爆発しそうな俺。また、単純すぎだとかって笑われそうだけど、これが今の俺のすべて。こいつだけが、俺の心臓を握り潰せる。そして今日、この瞬間から、俺は絶好調になれる予感がしていた。


心臓に歯形





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