目の前の彼は、寒いと言って、椅子の上で小さく体育座りをする。いくら小さく丸まってみたところで、さすが男バレのエースである。全然可愛くないサイズ感に、私は失笑した。


「なんでオレ日直…今日に限って…」
「文句言わないで仕事しな、木兎」
「日誌って何書くんだっけ」
「………」


膝と膝の間から持ち上げた木兎の顔は、しょぼくれていた。右手に確かに握られていたはずのシャーペンは、今は机の上に転がっている。彼の話によると、今日は放課後、近隣の強豪校が練習試合に来るらしかった。相当楽しみにしていたらしい木兎が、やや鬱陶しい程にハイなテンションで登校してきたとき、今日は私と木兎が日直であるということを伝えると、うってかわってしょぼくれてしまった。そして今、このざまだ。


「木兎」
「へーい…」
「バレー楽しい?」
「おう!楽しい!最近楽しい!」
「好きなんだね」
「うん、好き!」


彼の顔は、くるくる変わって、見ていて飽きない。木兎と居ると楽しい。木兎がいる空間が好きだ。そう気づいたのは、いつだっただろう。そんな彼が夢中になっているバレーに、嫉妬すら抱いているのだから手に負えない。一度だけ、彼に内緒で試合を観に行った事があるけれど、彼はこの大きな体を自在に操って、相手コートにボールを何度も何度も、打ち込んでいた。彼のバレーは、きっと見る人を魅了する。けれど、胸は苦しかった。私は、木兎の頭の中に居たいのだ。


「あー、ほんとに寒いや…」
「もう冬だよなあ」


やっと書く気になったのか、木兎はシャーペンを握って、日誌に何か書き込んでいる。早く行かないと遅刻になるからだろう。私は、もう少し一緒に居たいんだけれど。彼の頭の中は、バレーばっかりだ。


「ほらよっ」
「…は?」


ぼーっと私達以外誰も残っていない教室を眺めていると、木兎が私に何か投げた。これ、ブレザー?


「着とけ」
「な、…はい?あんたさっき寒いって、」
「言ってねえよ、そんなこと」
「…なにイケメンなことしてんの」
「あ!惚れた?惚れちゃった?」
「ばか…」


豪快に笑った彼は、また日誌に目を落とした。そのすきにぶかぶかのブレザーに腕を通すと、彼のにおいがした。胸が苦しい。こいつ、無自覚天然イケメンか。


「うっし!書けたあ!」
「おつかれさま」
「悪かったな、付き合わして」
「いーえ」
「それ、寒ィし着て帰れな」
「え、あんたどーすんの」
「俺どうせジャージで帰って、朝練もジャージで来るし気にすんな」
「…ありがとう」
「一緒に居てくれた、お礼!」


木兎はそそくさと帰り支度を始める。私も帰ろうとゆっくり立ち上がると、目の前に日誌が差し出された。提出しといてくれということらしいので、とりあえず受け取る。


「じゃ、俺部活行ってくる!あと頼んだ!」
「了解。頑張ってね」
「見に来る?」
「行かない」
「ふーん。じゃあ、また明日な!あ!一応それ、なか確認してくれよ!」


言い残して、彼はバタバタと慌ただしく教室を出ていった。やっぱり、木兎の頭の中はバレーのことばっかりだ。むなしくなって、もう一度椅子に腰をおろし、日誌をぱらりと捲る。今日の日にち、私達の名前があるページで指をとめる。


「はあ!?」


驚きのあまり声がでた。まわりに誰も居ないことを再度確認する。よかった、誰も居ない。ただそれでも、自分の顔がみるみる熱くなるのがわかった。




11月×日(水) くもり

今日は練習試合があるから、日直がちょーイヤだった。けど、ここだけのハナシ、なまえのこと好きだから、やっぱイヤじゃなかったわ!カゼひくなよ☆☆ ぼくと



このまま提出するか否かで、小一時間悩んだ。このまま提出すると、木兎のいうここだけのハナシではなくなってしまう。どうやら、彼の頭の中には、バレーと、ほんのすこしの私が、居る様だ。


あの隙間に入りたい


(…木兎さんどうしました?)
(えっなに)
(顔、真っ赤です)





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