私には好きな人がいる。ただ、残念なことに私は超絶チキンな上、人見知りも激しく、その人と話したことはこの2年とすこしの間1度もない。他のマネージャーからは馬鹿じゃないの見てるこっちが歯痒いわと、ネチネチ小言を言われる日々。でも、それでもいい。たまに行われる練習試合や合宿で、あの怪しい笑みを遠くから眺められるなら、私はそれだけで満足。

「ヘイヘイヘーーーーーイ!!!!俺やっぱ最強!!!!!!」

物凄い音がして我に返ると、我らが主将、木兎がスパイクを華麗に決めたところだった。

「木兎さん、あんまりはしゃいでるとバテますよ」
「まあまあ赤葦。久しぶりに俺らのブロックぶち抜いたんだからノせてやれよー」
「黒尾おまっ、久しぶりとか言うなよ!!次もぶち抜くぜ!!」

そう言う木兎はネットを挟んで向かいに立っている、音駒高校バレー部主将の黒尾くんを指差した。ビシッと効果音が聞こえそう。それを見た彼は、怪しい笑みを返して小首を傾げた。その様は最高に、

「ああ、かっこいー!って?」
「ブッ…!な、なんっ!?」
「顔に書いてますけどー?」
「えっほんと!?」
「あんたってばかだね」
「ひどい…」

マネ仲間にからかわれながらも、意識を試合に戻す。そう。私が勝手に片思いしているのは、今、この練習試合の相手、音駒高校バレー部主将黒尾くんである。彼とうちの木兎はなかなか仲が良いらしく、プライベートでもお付き合いがあるそうで、色んな話を聞く。今のところわかっているのは、肉より魚派で、プリン頭の子が幼なじみで、あの髪型が寝癖で、彼女がいないということ。私が興味津々に彼の話を聞くもんだから、あの鈍感な木兎でも薄々私の気持ちを察したようで、黒尾くんと遊びに行くときは必ず声をかけてくれるようになった。しかし、チキンな私がそのお誘いに乗ったことは一度もない。

「ヘイヘイヘーーーイ!!!」
「あー木兎うるせえなあ」
「本日初勝利!!俺絶好調!!!」

華麗にストレートを決めた木兎が、両方の拳を高々とあげる。今の最後のスパイクで、梟谷は音駒に勝利した。今日の木兎はキレッキレだ。木兎の調子がいいと、なんだか私までワクワクしてしまうから不思議。彼はまわりを巻き込み惹き付ける才能があるのかもしれない。私はそんな木兎を尊敬していたし、人間的に好きだった。私がバレー部のマネージャーになったのは、木兎が居たからと言っても過言ではない。もともと中学から友達だった木兎が、ある日突然お前マネージャーやれよと言い出して、は?何言ってんだこいつと思ったのを今でも覚えている。彼に押されて渋々部活見学に行った時、大活躍したのち仲間から喝采を受けている木兎を見て、ああ、こいつについていこうと、私は心に決めたのだった。

「あざっしたー!」
「一旦休憩いれんぞ」

大袈裟なほど喜ぶ木兎を、赤葦が引っ張ってコートから連れ出している。休憩をはさんで、水分補給するためだろう。

「なまえ!見た?見た?俺の華麗なストレート!!」
「当たり前!今日キレッキレじゃん木兎!かっこよかったよー!」
「だろー!」

心底嬉しそうに笑う木兎は、タオルで顔を拭う。私もつられて笑う。こういうときの木兎は子供みたいでかわいい。なんとなく反対側にいる休憩中の音駒メンバーに目をやると、なんと、彼が、黒尾くんが、こちらに向かって歩いてきていた。慌てて木兎に視線を戻すと、木兎は不思議そうな顔をした。

「なあ」
「お?どーした黒尾」
「リエーフが爪割ったらしくてよー。テーピングしたいんだけど、切らしちまってさ。そっちある?」
「あるある!なまえ!テーピング!とってやって、そこの!」

木兎が私に言うと、マネ達がにやっと笑うのがわかって癪だった。ケガなんだから浮わついてる場合じゃないので、背後にあるボックスからそれを取って、黒尾くんに近付く。やっぱり近くで見るとますますイケメン。そして、身長高い。手渡すと、彼は悪いなと言った。

「お?あんたがなまえちゃん?」
「え、あ、そうですけど…」
「へえ?」

彼がなんで私の名前を知っているのか気になったが、おそらく木兎経由だろうなと判断した。目の前でにやっ笑う黒尾くんに、心臓が跳ねる。何だ?何なんだ一体?

「えっと、」
「なまえちゃん、俺のこと好きってほんとー?」
「……は?」
「連絡先教えてあげよっか?」

意地悪そうに笑う黒尾くん。ちょっと待って、頭、おっつかない。好き?待って待って、なんで知って………あ。

「ぼ、木兎ーーーー!!!!」
「えっ、だって、ほんとのことだろ!!」
「追い討ちかけんな!!!!待て木兎逃げるな!!!!」

私は、木兎を尊敬しているし、人間的に好きだ。でも、忘れてた。こいつデリカシーないんだった。おそらく真っ赤な顔をしているであろう私がぶん投げたシューズは、逃げる木兎の後頭部に見事命中して、みんな大爆笑。やばい、死にたい。おそるおそる振り返って、黒尾くんに近付き、連絡先教えてくださいと消えそうな声で伝えると、なかなか陽気な調子で彼は、いーよー!まずはオトモダチからで、と言って笑った。


ありえないふたりのために

(結果オーーーライ!!!)
(木兎黙って)
(…はい)





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