あれから3ヶ月と、すこし。春休みなんて一瞬で過ぎ去ってしまった。新しく受け持つことになった3年Z組はなんともおつむが小学生並のバカばっかりだ。あいつの頭の良さと、ものわかりの良さが心底恋しいとしみじみ思った。そして、

せんせ、愛してるって、言って

いつまでも目ん玉に張り付いて去ってくれない、涙ぐむあいつの顔に俺はひどく困惑している。

「銀八ィ!」
「あ?せんせーだろ、せんせー」
「もうチャイムなったアル」
「え、マジかよ?わりィな。お詫びに今日はHRなし。下校時刻になったらてきとーに帰れバカ共」

俺の前でギャーギャー騒いでいる女子を適当にいなして、時計を見る。ぼーっとしてたら6限が終わっている。生徒たちは机の上を片付けながら、喧しく談笑していた。教卓の上の文庫本やら漫画やらを、知らぬまに回収されていた小テストの束で隠して、俺は教室を出た。

「はあ……何だってんだ…」

同じ事をぐるぐると考えては、また同じところに着地する。初めはちょっとした火遊びのつもりだった。どうせすぐ他の、同世代の男に乗り換えたり、もうこんな曖昧な関係は嫌!とか言い出すと思ったのに、あいつときたら。俺の言うことハイハイ聞いて股開いて、面倒臭ぇのが嫌だと言ったら大人びた顔で全部悟ったみたいに物分かりがよくて。

「わっけぇのに俺みたいなしょーもねー男に捕まるんじゃねえよ…」

期限付きのほうがよかった。絶対によかった。あいつはまだ若ぇし、進学すりゃあ視野も広がって、俺みたいなオッサン邪魔になるだけだ。それに、俺も年甲斐もなくねちねち妬いたりみっともねぇことはしたくなかった。お互い、割りきれたんだ。これでよかった。

「…ほんとうに、よかったのか?」

そして、またぐるぐると同じ事を考える。正しい答えなんて、何処にもない。たぶんどうしたって、俺は後悔する、気がする。

「…あーもー……」

いつも、あいつと入り浸ってた国語科準備室。ドアを開けると、別段どこも変わっちゃいない。あいつが、居ないだけで。さっさと帰れと言わんばかりにチャイムが鳴っている。古くさいソファーの向こう側には、でかい窓がふたつ。その向こうの桜の木の枝には、既に新しい緑が芽吹こうとしている。

「辛気臭ぇのは御免だっつーの」

白衣のポケットに入っているケータイを取り出す。履歴からあいつの名前を探し出そうとしてみたが、久しぶり過ぎて見つからなかった。電話帳を開いて、検索をする。見つけたその名前が、ひどく愛おしい。強張った右手で、電話をかける。第一声はどうしようとか、柄にもなく考えてたら、意外と早く繋がって焦る。

「…もしもし?」

耳元で聞こえる声が、俺の中の答えを導きだす。

「1回しか言わねえから聞け」
「…え、」

どうすればいいか、それじゃあ俺には難しすぎた。どうしたいか、なら答えは簡単。

「俺はお前のことが好きらしい」

しばらくの沈黙のあと、電話の向こうの涙声が、遅いよバカと呟いて、危うくこっちも泣きそうだったが何とか耐える。そして、適当に会う約束を取り付けて、電話を切った。あいつにあったら、まずどうしてやろう。まず謝って、抱き締めて、うんと甘い台詞を囁いてやって、長いキスをしよう。それで、俺達ふたりだけの、未来の約束でもしようか。


所詮誰もがあいされたがりの



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