宛名に銀八せんせーへ☆と、女子高生らしい丸く可愛い字で書かれた封筒を、目の前の「銀八せんせー」は静かに、それはそれは冷めた目で見下ろしていた。差出人がこの顔を見たら、とてつもなく傷つくのではないだろうかと考えたら、ちょっとだけ気分が高揚した。私って最低?

「先生、ラブレターもらったの?」
「いつものことー」
「あれれ、むかつく。自慢?」

大袈裟に笑って、埃っぽいソファーに身を沈めると、先生は溜め息をついた。そして、乱雑に書類が置かれている大層年期の入った机の上に、先程のラブレターを投げた。あの散らかった机の上じゃあ、明日にはもう、行方不明になっていることだろう。可哀想に。みんな、先生のこういうところ、知らないんだね。先生は酷い人だ。

「みんな浮かれちゃって、なあ?」
「私も浮かれてる?」
「お前はイカれてる」
「先生には言われたくないね」

ネクタイを緩めながら近付いてくる先生。私を見下ろしている、その冷たい眼差しにどきりとする。するりと手が伸びてきて、私の頭を撫でる。その眼差しとは裏腹に、手つきは優しい。

「合格おめでとう」
「第一志望、いえーい」
「お前は、よく頑張った」
「もっと褒めて」
「えらい。かしこいなあ、お前は」

少々棒読みなのが気になるが、先生はぐしゃぐしゃと私の頭をかき混ぜた。そして、乱れに乱れまくった私の髪を見て、先生は笑った。

「そんで、卒業おめでとう」

私の隣にどすんと腰をおろした先生。ソファーは大袈裟にぎしりと音を立てた。このソファーは、セックスをするには不向きだったなあと、ぼんやり考える。いつも、最中に先生が腰を揺らす度、ソファーは壊れそうな悲鳴を上げていた。

「ありがとう。お世話になりました、マジで」
「おー。お世話しました。3年間、あっちの世話してくれて、ありがとう」
「…バカ」

それも今日で終わりだ。これは先生が決めたことだった。私はずっと、先生のことが好きだった。1年の夏、自分の気持ちを伝えたら、面倒臭えのは御免だから、卒業までの期限付きなら相手してやるよと言って笑ったのだ。普通逆じゃないの?と思ったが追及しなかった。先生の意図はわからないまま、3年生になり、そして今日、卒業した。何の関係なのか、今でもさっぱりわからないが、何度も何度も、学校で、先生の家で、セックスをした。私達はそんな、あやふやな関係。

「泣くなよ」
「べつに泣いてないけど」
「かわいくねーな、泣けよ」
「どっちだよ」

先生はまた笑う。先生は酷い人だ。だってこれで終わりでしょう?なのにどうして、そんな平気な顔、してられるの。

「泣かないって決めてた」
「なんで?」
「面倒臭いのは、嫌なんでしょ」
「……」

先生はすこしだけ、驚いた顔をした。そのあと、私の顎に手をかけて、顔を近付ける。

「キスしていい?」
「そんなの聞かないでよ」
「くそ。いちいち可愛いな、お前は」

先生の薄い唇が、意外と柔らかくて気持ちいいこと。先生の舌が、長くて器用で、別の生き物みたいなこと。先生の目が、最中には熱く燃えてるみたいに光ること。先生の髪が、首筋をくすぐると心地いいこと。先生の手が、骨張った男らしい手が、私に触れるときは優しいこと。私の名前を呼ぶ、切ない声。全部、愛しい。私だけのものならいいのにと、毎夜泣きながら、心のなかで叫んだ。愛してると、心のなかで叫んでいたのに。

「わり、も、…いく」
「せんせ、せんせ、…っ」
「ん」
「っ…ん、愛してるって、言って」

耳元で掠れた低い声は、確かに愛してると、そう聞こえたけれど、胸が余計に苦しくなっただけだった。揺れる銀髪の向こう側に、大きな窓。そしてその向こうには、満開の桜。鬱陶しいくらいの晴天の日。さようなら。どこかおかしくてそれでも愛おしい、私の、私達だけの日々。


所詮誰もがあいされたがりの




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