「始末しろ」
「っ…しかし、」
「この組にゃあ鉄の掟があんだ。忘れたとは言わせねえぞ」
「!」
「なんなら、てめえも腹切るか?」

土方さんが睨みを効かせると、目の前の隊士はぐっと言葉を飲み込んだ。さすが鬼の副長。その隊士はすぐに頭を下げて、失礼しますと一言残し、部屋を出て行った。

「ひえー。おっかないなあ」
「…お前いつまでそこに居るつもりだコラ」
「こんなんじゃいつまでたっても人手不足ですよ。巷で噂になってますもんねえ。真選組にゃあそれはそれは恐ろしい鬼がいるって。とんだブラック企業だよなあ。あーあーやってらんねえよう」
「…人の話を聞けよ」

副長は深く溜め息をついて、ガシガシ頭を掻いた。今日は、朝からずっと雨が降っていて、どうにもじめじめして体がだるい。それに加えてこの副長室。電気もつけずにいるもんだから、昼間にも関わらず薄暗い。この部屋は今、どんよりと重たい空気が漂っている。天気のせいか。それとも。

「自分で言っといて自分でダメージ喰らってりゃ世話ないですよ」
「チッ…やけに突っかかってくんな今日」
「あれあれ?当たってるでしょ?」

私をシカトしてまた書類にペンを滑らせる土方さんに、ねえねえどうなんですか土方さーんと後ろから寄っかかると、またまた盛大な舌打ちが聞こえてきた。

「なんなんだよ。鬱陶しいわ」
「いつもの事でしょう」
「それをお前が言うな」
「ねえ、土方さん」
「あァ?」

土方さんの首に腕をまわして、耳元で低く囁く。彼はそれにぴくりと反応した。

「おい、仕事中だぞ」
「私がしくじっても、始末できますか」
「!」
「ちゃんと見捨てられるんですか」

土方さんは、しばらく沈黙した後、喉元でくつくつと笑った。そして、畳の上に私を押し倒して、この首に手をかけた。土方さんの掌は、いつもひんやりとして心地良い。

「俺を誰だと思ってる」

薄暗闇で、土方さんの鋭い目だけが、ギラギラと光っていた。そう。この人は、真選組の鬼、土方十四郎。鉄の掟の、その番人。掟を破ることは、この私ですらも、許されない。その筈だった。そうでなければ、いけなかった。だが、この有り様は何だ。それがなんとも可笑しくって、くすりと笑うと、土方さんはゆっくりと私にキスをした。その薄い唇をやんわり噛むと、それはすぐに私の唇から離れていった。

「ふっ、あははっ!」
「んだよ」
「…いやあ、可笑しくて」
「お前がくだらねえことを言うからだろうが」
「くだらないのはそっちですよ」
「あ?」
「やっぱりとんだブラック企業ですねえ、真選組は。こんな身勝手な鬼が上に居座ってるんじゃあ、隊士共はついてきやしませんよ」
「……何が言いたい」

覆いかぶさっている土方さんの胸を押し返して体を起こす。土方さんは眉間に皺を寄せ、大層機嫌が悪そうだ。

「土方さん、貴方嘘をつくのが下手ですね」

私の言葉に、彼は目を見開いた。

「…つまんない男」

自分でも驚くほど、低く、冷たい声だった。何も言わない土方さんを置いて、副長室を後にする。後ろ手に襖を閉め、廊下を歩き出すと、背後から大きな物音がした。何かが割れるような、何かがぶつかるような、そんな音がした。
物に当たるもんじゃないよ、鬼の副長さん。



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