好きだ。好きだよどうしても。

「あれ?神楽はどうした」
「定春の散歩じゃないですか?」
「雨だってのに、ガキは元気だなオイ」
「…銀さん」
「あー?」
「最近、なまえさん顔出しませんね…何かあったんですか?」
「………ねーよ」

数週間前、あたしは銀時にふられた。想っていたのは長い時間だったのに、断ち切られるのは一瞬なんだなあと、ぼんやり考えた。自然と零れた溜め息が、屋根を叩く雨音によって掻き消されていく。ただでさえ気が滅入ってるのに、容赦なく降り注ぐ雨。確かもう三日もお天道様を拝んでいない。と言っても夜仕事に行く以外は外に出ないから、関係ないのだけれど。身体を起こすとふらつく頭に、いい加減何か食べないと身体がもたないと考え、のそのそとベッドから抜け出して台所の冷蔵庫を開ける。数週間前、銀時から貰ったケーキが見るも無惨な姿になっていた。

「あ、銀さん」
「あー?」
「今日、依頼入ってましたっけ」
「おー。珍しく一件」
「しまった…」
「なに、お前用事?」
「ちょっと姉上に頼まれた事があったの忘れてて…」
「そうかィ」
「一人で大丈夫ですか?」
「あん?ガキじゃねえんだから大丈夫だっつーの」

忘れられていたケーキを処理していると鼻の奥がツンと痛んだ。泣きそうになるのを、なんとか耐える。でも、再び冷蔵庫を覗き込んで調味料以外には何もないことに気付いて、更に泣きそうになった。何やってんだあたしは。いい大人のくせに情けない。これくらい何なんだっての。男にふられたくらいで、こんなになるなんて女々しい奴だ。でも、仕方がないじゃないか。自分の家の冷蔵庫に食べる物を入れておく必要なんて、すこし前まではなかったんだ。あたしの帰る場所は、あそこだったんだから。

「じゃあ行ってきますね」
「おー。傘持ってけよ」
「はい。今日荒れるみたいですよ。雷、気をつけてくださいね」
「………雷?」
「はい」
「………」
「あれ?銀さんもう行くんですか?」
「いや、あの、アレだよ…ジャンプ買いに」
「え?今日、」
「うるさいよお前はァァ!」

後ろ向きな心をなんとか前向きにしようと立ち上がる。そうだ。何か買いに出よう。まだ昼だし、コンビニで軽く食べれる物を買って食べてから、すこし眠ってお風呂に入って化粧をして仕事に行こう。人様に見られても差し支えないくらいに化粧をして、適当に服を着替えて財布を掴む。そしてなんとなく窓に目をやると、カーテンの隙間から覗く空は相変わらずどんよりと黒いままだった。一瞬その黒い空に、青白い光が走った気がして目を見開く。嫌な予感がする。最悪なことに、低い唸りのような音まで響いてきた。直後、鼓膜を震わす轟音。あたしの手から滑り落ちた財布は、乾いた音をたてて床に転がった。嫌だ、こわい。耳を押さえて冷たい床にへたりこむ。なんで、どうしてこんなときに限って。いつもなら銀時が側に居てくれた。でももう、銀時の側には行けない。ぎゅっと目をとじれば涙がボロボロこぼれて落ちた。ガキみたいだ何だと馬鹿にしながら、音が遠くなるようにとあたしの体に逞しい腕をまわしてくれるあんたが、ほんとうに、ほんとうに、好きだったんだ。好きだ銀時。どうしたって、あんたが好きだよ。

なまえ

出来る限り体を小さくして耐えていると、轟音の中に混じって聞き慣れた声がしたような気がして思わず目を開ける。もちろん誰もいない。当たり前だ。面倒臭がりのあいつが、好きでもない女のために雨の中わざわざ来てくれるわけがない。

「なまえ!」
「…え…?」

今度は確かに聞こえた声。それと同時に荒々しく玄関の扉が開いた。そして、なんとそこにはずぶ濡れの銀時が立っていた。ありえない。どうして?まさかあたしのために、濡れて、走って、来てくれたの?訳も分からず床にへたりこんだまま銀時を見ていると、銀時は靴を脱いで部屋に上がり、あたしの前に膝をついた。そして、逞しい腕を伸ばしてあたしをすっぽり抱き込む。濡れた銀時からはいつものように男臭い匂いと、甘い匂いがして、涙が溢れた。

「銀時、なんで…?」
「うるせえ、ジャンプ買うついでだコノヤロー」

あたしの記憶が正しければ、今日は確か水曜日。


教えて欲しい


ひどく優しく残酷なこの男を差し置いて、誰を愛せると言うの。他の誰かを愛する方法があるならば、どうかあたしに教えて欲しい。



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