「土方さーん」
「……」
「土方さんてばあ」
「チッ…何だよ」
「あー。舌打ちダメですよそれ、不快です」
「俺も不快だよ。離れろっつーの馬鹿が」

開け放たれた襖からは秋の柔らかな日射し。この時間土方さんの部屋は、陽当たりがいいのだ。それを知っている私は、暇を見つけては入り浸っている。机に向かって黙々と仕事をする土方さんの背中に背中をくっつけて寄っかかり、邪魔をするのがマイブームなのだ。

「馬鹿じゃないでーす」
「馬鹿だろ。邪魔」
「まあ邪魔してますからねえ」

後ろから深い溜め息が聞こえてきて、ちょっとだけ笑った。邪魔だと言いながらも無理矢理どかしたりはしない。土方さんは、優しい。

「そういやお前、」
「あ。近藤さんが今日は休んでていいって」
「そうかよ…」
「だから、暇なんですよねえ」
「俺は忙しいがな」
「ですよねー」

土方さんはペンを置き、煙草に火をつけた様子だった。煙草のにおいがしたと思ったら、ふわふわと煙が天井へのぼり、消えてゆく。それを見ながら、ゆっくり目を閉じる。土方さんの背中は、あったかくて気持ちいい。

「おい」
「……んー…」

どうやらうたた寝してしまったらしい。目を開けると、土方さんの顔が目の前にあった。畳の上にごろ寝していたせいで、背中が痛い。

「こんなとこで寝んな」
「…うー……すいませんね」

体を起こすと上半身にかかっていた何かが太ももの上に滑り落ちてきた。これは、土方さんの制服。

「土方さんは」
「あ?」
「土方さんは優しいですね」

なんだか堪らなくて、太ももの上の制服をぎゅっと握る。私の言葉に土方さんは目を丸くした。

「急に何だよ」
「私が何もせずに側に居ること、どうして許すんです」

途端に、眉間に皺を寄せた土方さん。鼻の奥がつんとなると、みるみる視界が歪んでいく。土方さん耐えきれずに視線を畳に落とした。

「…きっともう、近藤さんから、聞いたでしょう?」
「…………」
「私もう、だめなんですよ土方さん」
「だめとか、言うんじゃねえよ」

土方さんは私を見ない。声は震えている。胡座をかいて俯く、目の前の土方さんがやけに小さく見えて、酷く悲しかった。違う。私が追い掛けて来たのは、ずっとずっと、憧れていたのはこんな、こんなひとじゃあ、なかった。そうでしょう、土方さん。

「だめなんですよ、もう」
「…なまえ」
「あのときの私の怪我、見たでしょう?神経がだめになってるってお医者さんが……もう剣は握れないって、ねえ、土方さん」
「…………」
「私もう、だめなんですよ……」
「…………」
「私を側に、置かないでください。要らないって言ってください。どうして、」
「言うな」
「どうして、お前なんかもう要らないって、言ってくれないんですか」

言葉にしてしまったら、求めてしまったらもう、涙は止まらなかった。両手で顔を覆うと、もう死んでしまった手が、ガタガタと震えているのを頬で感じた。この手が、堪らないほど憎い。この手で全てを掴んだくせに、この手のせいで全てを失うのだ。最初から望まなければよかった。自分の居場所など、求めなければこんな苦しみなんて、知らずに済んだ。済んだのに。

「私には、これしか、剣しかありません。他に此処に居る、意味がありません」
「なまえ」
「皆が戦っているのに、何も出来ないなんて、見ているだけなんて、いっそのこと」
「好きだ」

すぐ近くで、煙草のにおいがした。上半身に圧迫感を感じる。これはきっと、抱き締められている。驚いて、顔を覆っていた手をどかすと、土方さんの肩越しに、沈みつつある太陽が見えた。

「俺はお前が好きだ。だから要らないなんて言ってやれねぇ。もう、真選組はもう辞めちまえ。だが違う形で、俺の側に居て欲しい。それじゃだめか」

涙が止まらなかった。ああ、此処にはもう、私の追い掛けて来た、憧れていた、あの人はもう居ないのだ。目の前の男は、ただの男でしか無く、私は私が望む形で、この人に求められる事は、もう永遠に無いのだ。

お死まい



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