「近藤さん」
「はあ、あのさ、なまえちゃん…?」

午前1時0分、自室にて。四つん這いでじりじり迫ってくるなまえに、ほとほと困り果てる俺がいる。ホント誰だ、こいつに酒飲ませたのは…。絶対総悟だな。

「落ち着いて、ねえ」
「失礼ですよ。私は落ち着いてます」
「無駄に呂律はしっかり回るのね!」

しっかりとした口調で喋れる癖に、顔は赤く、目はとろんとしている。唇もいつもより血色が良くてなんともいやらし……いかんいかん。

「今いやらしいこと考えてたでしょう」
「かっ考えてねえよ!」
「どうだか」
「近い近い近い!」

俺の太ももあたりに手を置いて、下から舐めるようにじっとり見つめてくるなまえ。ほどけたスカーフから、首筋が。釦のいくつか外れたシャツからは頼り無い谷間が。慌てて視線をずらす。

「ちょっと…本当勘弁してよ…」
「なんでですか?嫌ですか?私のこと」
「違うって!嫌じゃねえけど、むしろイイけど!でも、こんなのダメだって!」
「こんなの…?」
「こういう、酔った勢いとか!絶対ダメ!おとーさん許しません!」

おとーさん?と首を傾げるなまえがちょっと可愛い。なまえはしばらく思案したあと、俺の肩に手をかけて、そのまま体重を乗せた。胡座をかいていただけの俺は、いとも簡単に畳の上に倒れる。無論、上にはなまえが乗っかっている。

「ちょっとォォォォ!はしたないよこの子!!」
「あなたは私のおとーさんじゃありません」
「それはわかってるっつーの!言葉のあや!」

ちょうど下腹部あたりに、なまえが跨がっている。故に、そう、あのアレ。アレを彷彿させる。だって男だもの。いや、いかんいかんいかんよ!なまえはちっこい頃から俺が妹のように可愛がってきたんだから!変な虫がつかないよう、人一倍目を光らせてきたってのに、こんなのって!こんなのってええええええ!!むしろ、アリ!いや、やっぱナシ!

「近藤さん」
「な、なに……」
「私じゃ、ダメですか」
「え」
「近藤さんの膝に乗っかって、へらへらやってるときからずっと……私」
「ちょ、なまえ」
「近藤さんしか、見てないのに…」

突然の切ない声色に胸が軋む。明後日のほうを見ていた視線を慌てて戻すと、俺を見下げるなまえは、その大きな目に涙を溜めていた。

「……なあ」
「はい…」
「なんで、俺なの?」
「そんな…今更です」
「だって俺ゴリラだし、ケツ毛ボーボーだし、お前よりすげえオッサンだよ?」
「こんないい男、他に居るってんですか…」
「もー…嘘つけよ…」
「すきです」

繰り返し繰り返し、俺のことをすきだとなまえが言う。そのたんびにボロボロ涙が落ちてきて、そのたんびに胸が締め付けられる。可愛くって、愛しくって、すこし悲しい。

「苦しいんです、もう無理です」
「……」
「助けて近藤さん……」

とうとう嗚咽を漏らして、泣きじゃくるなまえ。こいつの気持ちは昔っから知っていた。トシもそうだと思う。でも、俺なんかが触れてしまったらダメな気がして、わざと距離を作っては、なまえを遠ざけていた。それがこいつを、傷付けてしまっていたのだろうか。目の前の顔は真っ赤でぐしゃぐしゃだ。でもなまえはもう、大人の女のツラをしていた。どくどくと脈打つ心臓の音が、うるさい。ほんとうは、わかっていた。なまえは俺にとって、妹なんかじゃないって。ほんとうは、知っていたよ。

「なまえ」

上体を起こして座り直すと、自然となまえは俺の太ももの上におりてくる。背中に手をまわして、ぽんぽんと叩いてやると、なまえは真っ赤な目で俺を見つめた。

「泣くなよ」
「ごめんなさい…」
「謝んなくていい」
「ごめんなさい…」
「んもー!……お前さ、いくつになったんだっけ」
「にじゅういち、です」
「そうかそうか。もう、そんなになるかあ…」
「大人です」
「はは、でもまあ、そうだよなあ」

俺が笑うと、なまえは目に涙を溜めたまま少しだけ笑った。その顔を見て、俺はひとつ決意を固めた。隊士達には、ほぼ身内じゃねえか!とかドン引きされそうだけれども。

「よし」
「なんですか?」
「お前、俺と籍入れるか」

なまえは、突然の申し出に心底驚いた様子だった。こいつを、妹みたいだと思っていた。でも心の奥底では、他の誰かに奪われるくらいなら、いっそのこと俺が、なんて思ってしまっていた。誰にも、言えなかったけれど。こんなことを考えている俺が、ひどく汚らわしい人間のような気がして、見て見ぬふりをしていた。なまえの綺麗なところを、俺が汚してしまうのが嫌だった。ただ、それをこいつが望むなら。こいつがそれを、幸せと言うなら。

「近藤さん、それ本気ですか?」
「当たり前だろ」
「……近藤さん」
「ん?」
「近藤さん近藤さん近藤さん近藤さん近藤さ、」
「ちょっと!なんなのこの子!コワイ!」

なまえの腕が体に絡み付く。震える腕で、ぎゅうぎゅうと抱き締められて、俺も笑って抱き返す。一頻りそれが続いたが、なまえは両手で俺の顔を包み、その額を俺の額に当てた。

「近藤さん」
「んー?」
「すきです…」
「うん。知ってるよ」
「キスして」

また泣き出しそうななまえをぐっと抱き寄せて口付けてやると、なんと舌まで入れてきやがった。そんなの誰に教わったの?とか思ったら、なんかちょっと妬けた。俺も負けじと舌を突っ込んでやると、なまえは鼻から抜けるような声を微かに漏らす。それに反応して、身体中の熱が一点に集中していくのを感じた。いや、いかんよ!俺は婚前交渉はいたしません!

「近藤さん」
「…はい」
「もっと」

……あ。やっぱコレもう、ダメかもしれない。


いたしかたない



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