警備だか護衛だか知らねえが、テロが起きなけりゃあ平和そのものだったのに、山崎とイカ焼きを食いながら適当にサボっていた時、その知らせを聞いた。祭囃子が喧しい中でも、その言葉だけは鋭く鮮明で、俺の脳みそを激しく揺さぶった気がする。

「沖田隊長!なまえさんが……」

俺の手から滑り落ちたでっかいイカは、無様にも地面に転がった。

「ちょ、沖田さん!待って下さい!」

山崎の制止も聞かず、走り出す。人混みのなか、誰ともわからないが色々な人間とぶつかった。それに目もくれず、走る。が、後ろから何者かに腕を引っ掴まれてやむを得ず足を止める。振り返れば其処には、やはり土方さんが居た。俯き加減で、その表情はよく見えない。

「総悟」
「なんでィ、放しやが」
「持ち場離れんな」
「!あんた、」

頭に血がのぼって、声が大きくなる。しかし、顔を上げた土方さんは見たこともないくらい悲愴な顔をしていて、俺は思わず口をつぐんだ。

「いいから、戻れ」
「……土方さん、俺はあんたと違って嫌なんでさァ。死に目に会えねえなんて」
「あいつが簡単にくたばるタマか」
「じゃあ、なんでィあんたのそのツラは」
「……お前はお前の仕事をしろ」
「こんなときにですか」
「テロでも起きてみろ。お前が居ないせいで、此処で誰かが死んでもいいってのか」
「……あんたはいつもそうですねィ」
「何かあれば連絡寄越すように言ってある。いいから戻れ」
「だから嫌いなんです」
「……」

だせえ捨て台詞を吐いて、その場を後にする。あの糞野郎の指定した位置に戻ると、山崎は泣きそうな顔でこっちをチラチラ見ていたが不快なのでシカトしてやった。あのイカ焼きはまだ、砂まみれで其処にごろんと横たわっている。

「チッ……あのツラでよく言えたもんだぜ、あの野郎」

祭が終わって、人も疎らになった頃、俺達も将軍様を城まで送り届ける為に引き上げる事になった。隊士達の間では、やはり近藤さんとなまえの話が飛び交っており、それが耳障りだった。うるせえぞと一喝すると、途端に静かになるが、それも余計に腹が立つ。

「総悟」
「……何ですかィ」

将軍を無事送り届け、城門の前に車を停めて待機していると、土方さんが外から声をかけてきた。返答したものの、何故か俺の声は低く掠れていた。

「なまえ、助かったってよ」

聞いた瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。さっきまでの苛立ちも、もうどこかに消え失せた。おまけに目頭が熱くなる。よくよく見ると、土方さんの顔も先程より幾分マシになっている。

「近藤さんまで、輸血でぶっ倒れたらしい。いくか?」
「……どこへです」
「あいつんとこ」
「……まだ仕事残ってんでしょう。俺も、あんたも」
「膨れてんじゃねえよ」
「膨れてなんかいませんよ。仕事は仕事、だろィ。あんたが言った事ですよ副長。さっさと屯所、戻りましょう」

言うだけ言って、土方さんから視線をはずす。土方さんはもう何も言わなかった。糞野郎が助手席に乗り込んだのを確認してから、車を発進させた。無論、屯所に向けて。

「沖田さん!お疲れ様です!」
「おー。お疲れさん」

あれから屯所に戻って、報告書の作成やら見廻りやら引き継ぎやら、近藤さんが不在なこともあり、全て終わった頃には朝日が昇っていた。さすがに疲れたので縁側で休んでいると、山崎に声をかけられた。あれから、土方さんとは顔を合わせていない。

「もう休んだほうがいいんじゃ、」
「今休んでんだろィ」
「もう、そういうこと言ってるんじゃないですよ」
「うるせえなあ」

もう朝だ。どうせ通常業務が始まる。それが終わったら、皆であいつに会いに行こう。できるだけ、普通に。野郎の前では、いつも通りを演じて。

「おかえりなせェ」

結局、なまえが屯所に戻ってきたのは、約2ヶ月経ってからだった。俺は真っ先に玄関で待ち伏せ、出迎える。その体に何発も銃弾を受けたのが嘘のように、目の前のなまえはピンピンしていた。

「ただいま戻りました。隊長、ごめんなさい。手間かけさせて」
「あァ、別にそのへんは心配いらねえ。俺ァいつも通り仕事なんざしてねえよ」
「あはは、仕事はして下さいよ」

なまえから荷物を奪って、行くぞと言うと、素直に下駄を脱いで後をとことこ ついてくる。なまえの部屋までの廊下を歩いていると、すれ違う隊士達は激烈に歓喜した様子で、口々に大丈夫ですか、おかえりなさい等と言っていたが、なまえはそれらに一つ一つ笑顔で対応していた。

「2週間は安静に、だろィ?」
「そうらしいですね。土方さんの雑務でも手伝うことにしますよ」

なまえの部屋の襖を開けると、中はきちんと掃除されており、布団が綺麗に敷かれ、机には茶の用意がされていた。布団の横に荷物を置くと、なまえは小さく礼を言った。

「あの野郎の手伝いなんざいいから、休みな」
「もう十分休みましたよ。体、かなりなまっちゃって。コレちゃんと刀扱えますかねえ」

からから笑って、布団の上に座るなまえ。俺もすぐ側に腰を下ろす。こいつ、しばらく見ないうちに、すっかり痩せてしまっている。夕飯は死ぬほど沢山食わせよう。

「……近藤さんに怒られちゃいましたよ」
「なんで」
「お前のかわりもいるわけねえだろって」
「……」
「そうだと、いいんだけど」

言って、なまえはごろりと布団に横たわった。俺も真似をして、寝転ぶ。さすがに同じ布団にはまずいと思ったので、畳の上に、だ。

「ね、隊長」
「ん」
「心配かけてごめんなさい」

目の前のなまえの顔がじわじわと歪む。そして、目から流れ出る生暖かい液体。こいつが死ぬかもしれないと思ったとき、俺はただ恐怖したのだ。近藤さんの言う通り、こいつのかわりなんて居るわけがない。けれど、この組織はお国の為に組織していなければならない。例えその為に、誰かが死んでも。その鉛のように重く冷たい、無機質な規律に俺はひどく嫌悪していた。

「馬鹿野郎」
「はい」
「お前が、生きててよかった」
「…はい」
「あんな怖ェ思いすんなァ、もう御免でィ」
「はい」
「俺の知らねえ間にケガするんじゃねえや。助けてやれねえだろうが」
「はい、ごめんなさい」

細くて白い手が、俺の頬に触れる。そして髪に触れる。心地よくて、目を閉じる。なまえの手は相変わらず温かくて優しかった。

「……すぐに行ってやれなくて悪かった」
「いいえ、あなたは正しい。…でもね隊長」
「ん」
「早く仲直りして下さいね、土方さんと」
「……筒抜けかィ」
「お見通しですよ、あなたのことくらい」

また、からから笑う。俺もつられて笑う。なまえの手を握って、また目を閉じる。途端に心地好い眠気。そういえばここ最近、まともに眠れていなかった気がする。微睡んでいると、体にすこし重みを感じた。恐らく、布団を掛けてくれたのだろう。柔い体温を尊く感じて、俺はまたすこしだけ、泣いた。



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