「せ、先生!あいつは大丈夫なんですか!?」
「まだなんとも…。しかし、出血が多すぎる。誰か同じ血液型の方はいますか?」
「俺です!俺の血を使って下さい!」
「え…ちょっと、局長!」

制止する男共の声を無視して、目の前の医師に懇願すると、彼は険しい顔で頷いた。直ぐ集中治療室に入るように指示され、ベッドの上で沢山の管に繋がれて目を閉じる女の、その隣のベッドに横たわる。彼女のまわりには、忙しなく動き回る医師や看護士達がいて、直ぐに俺の体から血液を抜く機材が運ばれてくる。そして、俺は祈るように目を閉じた。

「なまえ、死ぬな」

作戦はこうだった。将軍が参加される大規模な祭があり、その護衛ならびに警備を仰せつかった俺達は、一番隊から七番隊までを祭の会場に配置。かといって屯所での通常業務や市中見廻りも疎かに出来ない為、残りの隊にそれらを任せた。その為、俺の周りは警備が手薄になっていたのは確かだった。

「近藤さん、あんたその日会議で外出だろ?何人かつけたほうがいいんじゃねえか?なんなら俺が」
「あー、いいっていいって!トシは祭のほう指揮頼むわ!こっちは一人で平気だよ。俺も祭行きたかったけどね」
「いや、あんた立場わかってねえな。局長ともあろうものが一人でうろちょろすんなってんだよ。危ねぇだろ。…仕方ねえから原田でもつけっか」
「だーって、みんな忙しいのに悪ィなあと思ってよう」
「あんたに死なれちゃ、そのみんなが困るんだよ。馬鹿か」
「私が行きますよ、土方さん」
「あ?なまえ、一番隊は祭の警備だろうが。総悟はどーした」
「隊長には当日近藤さんについてくって伝えましたんで、あの人はひとりで大丈夫です」
「悪ィなあ、なまえ。一番隊なんて一番忙しいってのに」
「気にしないで下さい、近藤さん。いつも沖田隊長の尻拭いで忙しいだけですよ。それでいいですか?土方さん」
「まあ、お前ならいいか。じゃあ近藤さんのこと頼むな」
「了解。近藤さん、会議終わったら一緒に祭行きましょうよ」
「いいよ!行こう行こう!」
「お前ら…はしゃいでんじゃねえよ…」

これが間違いだったのかもしれない。俺は、局長失格だ。なんと過激派の浪士が約20人、将軍でなく俺の首を狙ってきやがった。会議が終わった後の、屯所までの帰り道。そいつらにぐるりと囲まれてしまった。なまえと共に応戦し、なんとか捩じ伏せたが、物陰から覗く銃口に俺は気付かなかった。咄嗟に俺を庇ったなまえはその身体に数発弾丸を受けてしまった。しかし、なまえは微動だにせず、銃口を向けるその男に斬り掛かる。数発の銃声の後、野郎の悲鳴が聞こえて、気が付けば男となまえは折り重なる様に、地面に転がっていた。俺はこの時、トシのあの「お前なら」という言葉の真意を理解し、胸が千切れそうなほど痛んだ。

「なまえ!なまえ!」

慌てて俺が駆け寄ると、なまえはどこもかしこも血塗れだった。抱き起こすと、俺の腕の中で、ひゅうひゅうと頼りなく、呼吸音が聞こえる。

「すまねえ!なまえ、すぐ救急車を、」
「こ、んど、さ」
「どうした…何だ、なまえ?」
「け、けが、は」
「ない…ないよ、ないよ俺は…なまえ」
「そ、ですか…よか、た」
「俺の心配してる場合かよ!馬鹿…っ」
「…あな、たの…か、わりは…いな、い…から、」
「お前のかわりも、いるわけねえだろ!!」

俺が一喝すると、なまえは力なく笑って、その後目を閉じて動かなくなった。情けない話だが、涙が止まらなかった。局長失格だと思った。俺の為に仲間が死んでいくなんてのは、やっぱり堪えられない。上に立つ事に向いていないと、心の底から思う。仲間ひとりひとりが、家族の様で、本当に愛しいのだ。なまえを抱き締めて呆然としていると、程なくしてパトカーやら救急車が到着し、俺達は病院に担ぎ込まれたのだが、ただただ俺は、この手の中で急速に失われていくその体温に恐怖していただけだった。

「なまえ」

医師によると、どうやら峠は越えたらしい。容態は落ち着いた。相変わらず色々な管で機械に繋がれてはいるが、医師や看護士の姿は無かった。あれから1日ほど経過している、と思う。後で看護士に聞いたが、俺も血を抜きすぎて途中で意識を失ってしまったらしい。時間の経過がひどく曖昧だ。

「こ、んど、さ」

隣のベッドから聞こえた、微かな声に飛び起きる。裸足のままベッドから飛び降りてなまえに駆け寄ると、うっすらとその目は開かれており、その瞳はこちらを見つめていた。

「なまえ、よ、よかった…!俺だよ!わかるか?」
「こんどうさ、」
「なんだ、なまえ、どうした?」
「泣かない、で…」

なまえの言葉に我に返った。頬を伝う生暖かい感触。管に繋がれた細い腕が伸びてきて、それが俺の頬に触れると、もう涙が止まらなかった。

「なまえ、俺なァ、すげえ怖かったんだ。お前の目がもう、二度と開くことはないんじゃないのかって思ったらさ、あの時、恐ろしかった。恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった…」
「こ、…どう、さ…」
「なァ。でもさ、上に立つって、多分こういう事なんだよなァ。ははっ、本当向いてねえよ、俺ァ」

すると、俺の頬を撫でていたなまえの手が、きゅっと俺の頬をつまんだ。力が入らないのだろう。痛くはなかった。

「なまえ、どうし」
「しんせんぐみの、たましい」
「!」
「わたし、たちは、それをまもる、けん」
「………」
「あなた、を、まもる」
「………」
「たとえ、しんでも、それをふみこえて…、」
「……なまえ」
「こんどうさん」
「ん」
「なきむし」
「はは、うるせ」

俺が床に膝をついて、なまえのベッドに顔を埋めると、ゆるゆると頭を撫でられた。顔を上げると、彼女は力なく笑う。

「こんどうさん…」
「ん?」
「ありがとう」
「なに?なにが?」
「こんどうさんの、腕のなか、あったかかった」
「…うん」
「また、やってください」
「…うん。いいよ」

直後、部屋の中に隊士達が半べそでなだれ込んできて、俺となまえは顔を見合わせて笑った。

「うおおおおお!なまえ大丈夫かあああああ!!」
「おぅい、なまえ。お前がちんたらやってっから祭終わっちまったぜィ」
「なまえちゃん大丈夫なの?」
「てめえら弁えろ。病院だぞここ」
「…トシ、世話かけたな」
「本当にな。あんたまでぶっ倒れんじゃねえよ」

ベッドにわらわら集まる隊士達。そして、トシと総悟。トシは俺がぶっ倒れている間、全ての指揮をとっていてくれたようだ。その顔にはやや疲れが滲んでいた。

「た、いちょ…ごめんなさ」
「ばーか。怪我すんなよっつったろうが。お前がいねえ間、俺の尻拭い誰がすると思ってんでィ。まあ、土方だけど」
「ざっけんなよ総悟!!!」
「なんでィ。さっきまで悲愴な顔してたくせに」
「てめっ、人のこと言えねえだろ!!」
「トシ、ここ病院…」
「ひじかたさん、」
「…おう、なまえ、よくやった。すまなかったな。よく生きててくれた」

そう言ってトシはなまえの頭を撫でる。なまえが笑う。俺が笑う。みんなが笑う。ああ、本当に俺、コイツらが好きだ。そうだ、俺、此処に居たいんだ。コイツらがいる此処は、この場所だけは、誰にも何にも、汚させねえ。だからさ、死んでもいいとか、そんな寂しいこと言うなよ。俺だって守られてるだけじゃあ、嫌なんだよ。守りてえよ俺も。なあ、だって俺、コイツらの大将だろ?

抱き締めて候



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