静かな部屋の空気を震わせる、渇いた電子音で目が覚める。この音で眠りから引き摺り出されると、寝覚めが最悪なのは何故だろう。枕元に落ちていたケータイに手を伸ばしてそれを止める。薄目を開けて液晶を見ると、時間は4時半。頭がずんと重い。非番の日の、あの朝日によって自然に目覚めるときの幸福感とかけ離れた現在に、私は思わず顔をしかめた。

「……るせえ」
「起きたの?珍しい」

隣で眠っていた相棒を起こしてしまったらしい。いつもはこんな音では起きないのに、珍しいこともあるもんだ。布団を捲るとそいつは素っ裸で、私の腹に手をまわしてしがみついていた。いつもアレの後は、すぐ意識を飛ばしてしまう。その後こいつがどうしてるのかは知らないが、朝目覚めると大概、この状態に落ち着いている。

「戻んのか」
「…戻るよ。お仕事だもん」
「…………風呂入ってけよ」
「言われなくても」

まだ眠いようで、重い瞼をなんとか持ち上げている様は子供みたいだ。黒い髪を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた相棒は、再び眠りに落ちてゆく。ああ、羨ましい。

「おやすみ」

既にすやすや寝息を立てている相棒の額に口付けて、絡み付いた腕をほどく。そっと布団を抜け出すと、やはり肌寒い世界は、まだしんと静かだった。






「はよーっす」
「おはようございやす」

朝、男だらけの職場に足を踏み入れると、明らかに重苦しい雰囲気が肌で感じられた。廊下をバタバタ行き交う男たち。会議室として使われている広い部屋に集まり難しい顔をしている上司たち。明らかにいつもとは違う。そこで、廊下で腕を組んで柱に寄っ掛かっていた直属の上司に、どうしましたと白々しく問い掛ける。

「あの、高杉の件でィ」
「……ああ、この前の会議の」
「どうやら、しくじったらしいぜ」
「はい?監察はどうし、」
「死んだよ」
「…え」

前に会議で、高杉一派に監察方を一名スパイとして送り込むという話が出ていた。近々、将軍様が出席される祭があり、奴等の動きを明確に把握する必要があった為、成された作戦だった。

「うちの誰かが、敵さんに通じてんじゃねえかって、あのマヨネーズくそ野郎が」
「そんな、馬鹿な…」
「…まあ、まだ憶測でしかねぇけどな」

私は、さも今初めて知ったかのように、狼狽え、視線を足元に落とした。すると、目の前の彼は私の顎を掴み、自分の方に顔を向けさせた。予想外の行動に肩が強ばる。大きな目には、怯えた顔をした私が映っていた。直属の上司は相変わらずポーカーフェイスで、ひとつ、鼻をすんと鳴らす。

「風呂」
「え?」
「風呂、入ったんですかィ?朝」
「な、んで」
「いいにおいがすらァ」
「あ、寝汗かいたから…」
「あれ?おっかしいなあ。うちの石鹸、こんな甘いにおいでしたかねィ」

どくんどくんと、心臓が忙しなく動くのがわかった。この人まさか、気付いているんだろうか。大きな目はまだ私を見つめたままである。視線は外せない。私は、今どんな顔をしているだろう。

「なーんてなァ」

いきなり彼はパッと手を離し、いつもの調子で言った。

「…あのね、隊長。一応私も女です。最近、自分用の石鹸やらシャンプーやら持ち込んだんですよ」
「俺達野郎は、てきとうに固形石鹸だもんなァ」

ほっとして、思わず笑う。彼はすっかりいつもの調子だが、ほんとうにこの人は、何を考えているのか判らないから困る。

「あ、そうだ」
「はい?」
「お前、俺の部屋に来な」
「何か御用なら今聞きますが?」
「馬鹿。いいから来いって言ってんだろィ」

空気の読めねぇ女だぜィと、隊長は私にデコピンをかまし、すたすた自分の部屋に戻っていった。額を擦りながら、彼の後を追う。気付けば、まわりは幾分いつもの静けさを取り戻しつつあった。

「失礼します」
「おー」

襖を開けて、部屋に入り、後ろ手に閉める。隊長は、自分の首もとからスカーフをするりとほどいているところだった。こちらにちらりと視線をくれると、何か思い付いたような顔をした後、こちらに近づいてきた。

「隊長?」
「おら、バンザイしな」
「は、はい?」
「バンザイだよバンザーイ」

君を好きでよかったーとあの歌詞があとに続きそうな、ご機嫌な声色に驚く。言われるがままに両手をあげると、隊長はするするとスカーフを私の両腕に巻き付け、最後にぎゅっと結んだ。

「は、はあ?隊長?これなに、」

戸惑っている私をよそに、隊長は愉快そうに口角を吊り上げてから私に腕をまわして抱き上げ、万年床に落とした。声にならない悲鳴を上げた私を楽しげに見下ろす隊長は、自分の上着を脱ぎ捨ててから上に乗っかってきた。

「…隊長、まだ朝ですけど…………」
「なんか無性に、ムラムラきちまってねィ」
「もう……」

隊長が直ぐ様私の口を塞ぐ。器用に私の口内を泳ぐ舌は熱くて、ぞくりと体が震えた。隊長の指は器用に私の服を脱がしていく。腕は縛られたまま頭上で押さえつけられていた。

「は、…たいちょ…」

ようやく離れたら隊長の唇は、いやらしく濡れていた。なんだか堪らなくなって縛られた腕と腕の間に隊長の頭をとおし、引き寄せてぺろりとその唇を舐める。すると、隊長は優しく笑って、もう一度深い口付けをくれた。

「あー……堪んねえや……」
「…こっちの台詞です」

隊長はすこし笑って、私の首もとに顔を埋めた。そのぬるりとした感覚に声が漏れる。場所が場所なので、慌てて歯を食い縛って耐える。隊長はそれに気がついたのか、次は胸元に顔を埋めた。ねっとりと熱い刺激に思わず声をあげると、隊長は直ぐに背中に手をまわし、ホックを外した。やわやわと手で弄ばれるたび、私のなにかが、じわじわと燃えるように熱くなる。

「隊長、隊長……」
「んー」
「隊長……」

譫言のように名前を呼ぶと、隊長は視線だけをこちらに向けた。彼の手は、するすると下に下に伸びてゆく。スカートはたくし上げたあと、下着をするりと下げ、そこに辿り着いた彼の手はまるで別の生き物のように蠢き、そのたびに悲鳴にも似た声が漏れた。

「隊長…」
「わり、もういれる」

いつになく余裕のない隊長は、かちゃかちゃとベルトを外し、ファスナーを下げ、それを私にあてがう。ずずずと熱いものが入ってくるのをただ受け入れた。窮屈で、愛おしくて、胸が苦しかった。打ち付けられるたびに増していく胸の苦しさに、涙が溢れた。すると、直ぐにべろりと頬を舐められる。目の前にいっぱいに隊長の顔。こめかみ辺りから滑ってきた汗が顎を伝って、私の頬に落ちてきた。

「なァ……っ」
「あっ、あ……はあ、あ」
「好きだって、言えよ……」
「隊長、すき、んっ……すき…」
「……お前は死んでも俺のもんでィ」

ひどく切ない顔をして、隊長は果てた。腹にぶちまけられた白濁はぬらぬらと光っている。荒い息を整えながら、隊長はその辺にあったティッシュを引き抜いて、それを拭ってくれた。起き上がって礼を言うと、隊長は襖のほうに目をやった。ざあざあと、屋根を叩く水の音が気になったのだろうか。

「雨か」
「本当ですね。どうりで外が薄暗い…。電気つけますか?」
「…いや、このまんまでいい」

隊長はファスナーを上げ、ベルトを締める。再び上着に腕を通し、何故か布団のすぐ側の畳の上に静かに腰を下ろした。スカーフは未だ、私の腕に巻かれたままだった。

「……隊長?」
「なァ」
「はい」
「お前が死ぬか、俺が死ぬか、どっちがいいと思う」

静かに、隊長が問う。俯いているせいで、表情は窺えない。ただその問いで、すべてを理解した。薄暗い部屋で、隊長と私、ふたりきり。深い海の底に沈んだように、ただ、静かだった。聞こえるのは雨音のみなのだ。ねえ、こんなに静かなんて、やっぱり妙ですよね、隊長。

「…私が死にますよ。勿論、よろこんで」

ぽつりと溢した私のことばは、彼の沈黙に融けてゆく。隊長は何も、言わなかった。しばらくすると、襖が乱暴に開かれ、そこには鬼のような顔をした土方副長を含む数人の隊士が立っていた。

「……御用改めだ」

副長が冷たく言い放つと、私はふぅと長く息を吐き、観念して素肌のまま、ごろりと仰向けに倒れた。視線を隊長へ向けると、なんと彼の両の目からは涙が垂れていた。静かに胸の前ですらりと刀を抜く隊長。どうやら私を始末するのは、隊長の仕事らしい。その刀身は青白く、光っていた。それはとても美しかった。

「……誰にも、何にも、渡さねえぜ」
「隊長…」
「俺の為に死にな」


三千世界の烏を殺し、
主と朝寝がしてみたい。


いいこの末路



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