「燐、キスしたことある?」

唐突な質問に、俺は盛大に噴き出した。なまえは、本当に意味の判らない事を突然言い出すからいつも困る。今日もいきなり俺と雪男の部屋にやってきて、俺のベッドでぐうたら漫画を読んでいると思ったら、机に向かって課題を片付けている俺へと、何故かこの謎すぎる質問が飛んできた。こいつ、一体何がしたいんだ。

「…は、はあ!?」
「何そのリアクション。かわいいね、燐」
「男にかわいいとか言うな!」
「まだガキだもんね」
「……ガキじゃねぇ!」
「私より9つも年下じゃあ、まだまだガキだよ」
「………くそ…」

悔しくても言い返せずただ睨むと、なまえはからから笑った。

「じ、じゃあさ、なまえはどうなんだよ…」
「え?何が?」
「だだだだからっ!さっきの、キ……」
「ああ、キス?」

口に出すだけで顔が火照る。それを恥ずかしげもなく口にするなまえ。これが大人と子供の境界線みたいなものなのだろうか。そう思うと、なんだか腹が立った。

「そりゃ、あるよ」
「え!」
「え?」
「だ、誰とだよ…!」

なまえの浮わついた話なんて、今まで聞いたこともない。俺は本当にこいつのことを、何も知らないのだ。何故か今まで感じたことがない程、胸がざわついた。

「……そんなの、秘密だよ」
「なっ、なんで!いいだろ!誰だよ!俺の知ってる奴か?」
「もー、教えないってば」
「……気になんだろ」
「気にすんなー」

また、なまえがからから笑う。ごろんと仰向けに寝転んだせいで、ここからなまえの表情は見えない。

「燐?」

気になって課題どころじゃない。俺は、気づけばなまえが寝転ぶベッドの前に立っていた。

「…教えろよ」
「やだよ。まだその話?」
「……」
「燐も雪男も、得しないよ」
「なんで雪男が出てくんだよ」
「……燐は、したことないの?」
「ねえよ」

こいつとしゃべってると、ますます自分がガキみたいで、苛つく。追い付きたいのに、死ぬまで追い付けない。昔っからそうだ。ガキの頃からずっとそうだった。気付けば親父の側にいて、俺や雪男をからかってばっかり。その度に俺はムキになって言い返して、また笑われて、また苛立った。いつも余裕綽々で、俺の知らない事ばっかり知っている。腹が立つ。

「かわいいね、燐」
「うるせえ!」

ろくに俺を見ずにしゃべるから、無性に腹が立って、気付けば俺はなまえの腕を掴んでいた。なまえの手から漫画が落ちて、それは布団に沈む。そして、やっと視線が、かち合った。

「駄目だよ、燐。乱暴しちゃ」
「お前が俺を見ねえから!」
「燐?」
「……クソッ」

無茶苦茶に、してやりたかった。その余裕ぶった顔を、俺が。嫌だった。俺以外の誰かが、その余裕を崩した、なんて。

「ちょ、り……んっ」

覆い被さって、目の前の口に噛み付く。唇を割って舌を差し込むと、中はねっとり温かかった。なまえは何故か、俺を拒絶しなかった。どれくらいの間、そうしていたのか判らない。時折歯と歯がぶつかったような気がする。その度に顔が熱くなるのを感じた。やっと口を離すと、目の前のなまえは泣きそうな顔で、俺を見ていた。

「なまえ、ごめん…」
「いいの」
「違う!俺はお前が、」
「ごめんね…」

そして、なまえは泣いた。いま思えば、こいつが泣いたのは親父が死んだ時だけだったような気がする。頼むから、謝るな。そうだ、お前はなんにも、悪くない。悪くないんだ。

「泣くなよ……」

私の知る中で一番哀しい人



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