「いててて…」

早朝、じりじりと痛む右腕。帯をといて着物を脱いでみると、そこにはぱっくり開いた傷口。肉肉しくてグロテスクだなあと思った。それはじんわりと熱を持っていて、なかなか出血はとまってくれない。その為に今自室に引っ込んで手当をしているのだが、うちのボスはどうも鼻が利くようで、せっかくこそこそ動き回ってたってのに、その努力は報われなかったようだ。

「てめえ、誰に断って勝手な真似してんだ」

殺気立った声色に、思わず手を止める。相変わらずノックも無しに扉を開け、ずかずか部屋に上がってくる晋助は、物凄い形相で私を睨み付けた。脱いでいた着物に再び腕を通すと、右袖がぐっしょり濡れていて、なんとも、不快。

「ちょ、今脱いでんだから空気読んでくれます?」
「あ?」
「……。だーかーらー、ごめんって。もうしないよ」

ブチ切れた晋助に何言っても無駄なことは承知しているので素直に謝った。なんだかとてつもなくばつが悪くって、私は晋助から目をそらし、窓のほうへ顔を向けた。すると、晋助は黙る。そして、大きなため息。

「脱げ」
「……え」
「聞こえなかったのか」

驚いて向き直ると、晋助は既に床に膝をつき、私の着物に手をかけようとしていた。ふわりと香の匂いが鼻を掠める。こいつ、また花街行ったな。私が一仕事してる間に。

「ちょっとおおおお!駄目だって!」
「あ?何恥ずかしがってんだ」
「恥ずかしがってない!そーゆー問題じゃない!」

着物をひっ掴んで無理矢理脱がそうとしてくる晋助。抵抗する私。しかし、やはり力では敵うはずもない。右腕に強烈な痛みを感じて手を離すと、ぐっしょり濡れた右袖から、血だらけの腕が再び露になった。ついでに胸も。

「あーらら…」
「チッ…斬られたのか。だせえな」
「なんだとコルァ!肉を斬らせて骨を絶つんだよ私の剣はァ!」
「俺の為か」

突然神妙な顔をして、問いかけてきた晋助にびっくりして、かたまる。晋助の片目は、真っ直ぐに私を見つめていた。

「…馬鹿じゃなーい?自意識過剰なんですけどー。きもーい」
「…なるほど。こいつァもう駄目だな。切り落とすか、肩から」
「ああああああああごめんごめんごめん」

はっとした。晋助があんな、顔を、するなんて。

「腕貸せ。ついでにお前の後ろに転がってる消毒液と包帯もな」
「べつに晋助がこんなことまでしなくても、」
「聞こえねえのか」
「……はい…」

私の腕に触れる手は、この恐ろしい顔からは想像できないくらい優しくて、なんだか面白い。そんなことを考えているうちに手当は終わったらしい。綺麗に包帯が巻かれている。消毒液の強烈な匂いが辺りに漂っていた。

「二度目はねえ。次やったら船から降ろすぜ」
「はいはい。了解、ボス」
「わかったらさっさと着替えろ。俺ァ何するかわかんねえぞ」

晋助の言葉で我に返る。そういえば私、脱いだままだ。慌てて晋助に背を向けると、鼻で笑われた。

「し、死ね!」
「死なねえよ俺ァ。お前がしょうもねえ奴等、始末してくれなくてもなァ」

晋助はゆっくり立ち上がって、小憎たらしい笑みを浮かべ、悠々と私の部屋を出ていった。

「あー、もう。なんだよ…あの顔……ふ、ざけんな……」


好きだって顔に書いてある。


「……おはよー」
「あー、腹立つッス。気付かないフリしてんじゃねーよ。あー、腹立つッス」
「どしたの、また子。朝っぱらから」
「あんたのことッスよ。死ね」
「え、なに、ひどーい。死なねぇよクソが」




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