セミ達が喧しく鳴き喚いて夏真っ盛りといった感じの此処、正十字学園町。そして、それは祓魔塾も例に漏れず、あまりの暑さに塾生達は眉間にシワを寄せているか、あるいは、机にだらしなく突っ伏していた。開け放たれた窓からは、ただ、生温い風が入ってくるだけだった。私は教室の現状を目の当たりにし、深く溜め息をついた。まったくしょうがない奴等。

「おーい、授業始めるよ。シャキッとしな!」
「無理だってぇ…こうも暑ィと授業どころじゃ…」
「燐、ナメたこと言わない!夏は暑い!至極当然の事だから!自然の摂理だから!」

へにょへにょと机から顔を上げた燐の前髪は、髪どめでとめられていた。勉強の邪魔だからと用いられていたものが、今は暑さの為に使われているようだ。

「そんなこと言うたって…暑さには勝てんわぁ。あー海行って水着女子と戯れたい…」
「うだうだ文句ばっか言うて、志摩、お前ええ加減にしぃや」
「坊も汗だくですよ」
「……」

京都組もあまりの暑さに項垂れている。志摩はまあ、アレだけど。勝呂もいつもの目力がないし、三輪くんも背もたれに身を任せ、珍しくだらしない。まあ、この暑さだ。しょうがないか。

「でも、授業はするからー」
「えーーー」
「えーーーじゃない。終わったらゴリゴリくん奢ってあげるから、みんな頑張れ」
「まじ!?」
「さすが、なまえせんせやわぁ〜」

途端に目がキラキラ輝く塾生達に思わず噴き出す。いや、ほんと可愛いガキ達だなあ。アイツも、これぐらい単純だと扱いやすいんだけどねぇ…。

授業後、塾生達に約束通りアイスを奢ってやった。そのとき、薬学の教員室に籠っているであろうメガネの分のアイスも買っといてやった。溶けると勿体無いので、すぐに雪男の元に向かう。燐達はこれからもんじゃを食べに行くらしく、私を誘ってくれたがやんわり断った。アイツらは授業が終わると途端に元気になるから、不思議だ。

「雪男ー」
「…どうぞ」

名前を呼ぶと、覇気の無い低い声がドアの奥から聞こえてきた。これはかなり深刻そうだ。ドアを開けると、雪男は机に向かって何やら書き物をしている様子。私は、雪男の背中に向かってお疲れ様と声をかけ、側にあった簡素な丸椅子に腰かけた。

「雪男、アイス買ってきたから一緒に食べよう」
「え、ああ、ありがとうございます」
「…あんまり根詰めるんじゃないよ」

ビニール袋からアイスを取り出して渡してやると、雪男は、いつものように微笑む。

「そんなに余裕ないように見えますか、僕」

はははと乾いた自嘲。脳裏には燐の顔が浮かんだ。アイツはいつだってそれはそれは豪快に、清々しい笑い方をする。年相応の、屈託のない、表情と感情。ただ、雪男の"本当"は、いつだって見通せない。

「…そういう事じゃない。余裕なんかなくたっていいんだよ、別に」
「?」

雪男はアイスをかじりながら、不思議そうな顔をしている。私も小袋からアイスを取り出し、角の部分を豪快にかじった。歯がジンと痛い。

「もっと年相応にしてよってこと。調子狂うわ」
「ははは、あんな兄なのでね、否が応でもこういう弟になるんですよ」
「あんた、何考えてる」

途端に雪男の顔色が変わる。やっぱり、こいつ何か隠している様だ。まだガキのクセに、大人みたいな顔して、背負い込んで、腹が立つ。誰かに助けを求めりゃいいのに。ガキはガキらしく。

「………」
「獅郎は、あんたを愛したよ。そして、燐のこともね」
「………」
「だからあんたに、燐を守る方法を叩き込んだ。あんたが、悲しい思いをしなくて済むように」
「………」
「泣くなよ」
「泣いてません」

私が笑うと、雪男は深く溜め息をついた。アイスの棒にくっついている最後の一口をほうばる。すると、アイスの棒には当たりの文字が。

「あ、」
「何です?」
「当たりだ!」
「え、あれ?僕もだ…」

どうやら、雪男のアイスも当たりだったようで、二人して笑った。

「いやあ、ついてるね雪男くん」
「なまえさんですよ。いつも強運なんだよなあ…」
「つーわけで、雪男」
「え?」
「アイスもう一本もらいにいこ!」

私は雪男の腕をがっしり掴んで引っ張り、ドア勢い良く開け、廊下に飛び出した。振り返って雪男の顔を見ると、呆れたような顔をしていたが、私が思い切り笑うと、雪男もつられて笑った。そうそう、そういうのが欲しいんだ。私は。

「え、ちょ、なまえさん?」
「お待たせー!」
「おっ?雪男!」
「どうしたの雪ちゃん!」
「奥村先生やーん」
「こ、こんばんは」

店の扉を開け、ずんずん中へ入ると、そこには塾生達6人がもんじゃをほうばっていた。雪男はひたすら訳が判らないといった顔をしていたが、気にせずに雪男と着席する。

「雪男暇そうだったから、連れてきてやったよー!」
「雪男もなまえ先生も食えよ!うめーぞ!」
「ちょっと、なまえさん!」
「まあまあ雪男くん。いいじゃないの、たまには」
「奥村先生、何食べはるん?」
「奥村先生、なまえ先生の隣ズルいわぁ」
「よーし!今日は私の奢りだから、死ぬほど食え!はっはっはっは!」
「やったーーー!!」
「なまえせんせ大好き!」

私が笑う。雪男が笑う。皆が笑う。そう、それでいい。たまには小難しいことは頭の中から消しちゃって、ガキみたいに怒って笑って泣けばいい。大丈夫。皆もあんたを愛してるから。


そしたら大人を壊しにいこう




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