沖田隊長は今、とてつもなく機嫌が悪い。

「沖田隊長」

世間は夏休みに突入していて、ジリジリと身を焦がすような暑さも最高潮。1日の仕事を終えて屯所の縁側で涼んでいる沖田隊長の隣に腰をおろせば、火薬のにおいに気がついた。恐らく近所で花火でもしているのだろう。微笑ましい情景を思い浮かべながら目を閉じる。夏を燃やし、楽しんでいるのは家族か、或いはカップルなのか。楽しそうで、心底羨ましい。 ちらりと沖田隊長に目をやる。彼は柱に持たれて中庭をぼうっと見つめていた。

「ケガは」
「…なんと無傷です」
「だってお前、血が…」
「あれは返り血です」
「……」
「どっこも斬らせちゃいませんよ」

沖田隊長はこちらを見ない。中庭をぼうっと見つめたままだった。この人は機嫌が悪いと私の顔を見なくなる。沖田隊長は短く息を吐いて、頭を掻いた。

「そうかィ」
「はい」
「土方のかお、見たかィ?あの悲壮なかお。お前が死ぬんじゃねえかってすげえ慌てて医者呼べ医者呼べって、うるせえのなんの」
「そうですねえ。あれはまあ、レアでしたねえ」
「近藤さんだってベソかいちまって、」
「沖田隊長」
「………」

名前を呼ぶと、沖田隊長は口を閉じた。まだ彼は中庭を眺めたまま、こちらを見ない。またひとつ、短く息を吐く沖田隊長。実は、彼の考えている事を、理解するのは容易い。

「私は真選組として生き、真選組として死ぬと決めているんです」
「わかってらあ。俺はただ…」
「お見通しですよ。あなたの考えている事くらい」

沖田隊長の頭のなかは、それはもう単純明快で、それはもう愛おしい。彼は、私の事が好きなのだ。

「そんな大層なモンじゃねえだろィ。たかがお巡りの仕事なんざ」
「何を今更。片田舎から、近藤さんや土方さんにくっついてきたくせに」
「………」
「大層なモンですよ。暑苦しくて、たまらないや」
「…違いねえや」

沖田隊長はふんと鼻で笑って、ようやく私に目を向けた。よかった。機嫌は直ったようだ。それに満足した私は、深く息を吸い込んだ。先程の火薬の匂いは、もう何処かに消え失せている。沖田隊長はゆっくりと私に手を伸ばし、頬にそろりと指先を滑らせた。優しい目が、真っ直ぐ私を捉えている。その大きな瞳には、間抜けな顔の私が映っていた。

「こわいなら、投げ出しちまえばいい」
「こわくなんて、」
「そしたら俺が、お前を……」

彼の瞳が揺れる、揺れる。彼の瞳のなかの私も同じく、揺れる。私も、彼の思いに揺れているのだ。今度は遠くで、ロケット花火の音がする。何処ぞのヤンキーどもが打ち上げているのだろう。そして、夏の夜が更けていくのだ。

逃げ水



back