聞きなれたアラームが鳴って目が覚める。朝なのにやはり、薄暗い。今日も雨。昨晩からこの雨は降り続いている。梅雨の終わりはいつだろうかと、寝惚けたまんまでぼんやりと、考えた。寝間着で布団を抜け出して、障子をすこしだけ開けてみると、じんわりと湿気た空気が肌に触れた。特に雨が嫌いというわけではない。どうせ市中見廻りはパトカーだし、事件でも起きない限り、それ以外はほとんど屯所で事務処理をするのだから関係ない。ただ、何となく気が滅入るのは何故なのだろう。

「なまえ」

ぼーっと雨が降る外を眺めていると、名前を呼ばれた。目をやると、土方さんが廊下に立っていた。もう既に制服を着ていて、髪型もばっちり寝癖無し。ついでに口元には煙草がセットされている。いつも通りの土方さん。ほんとうにこの人、ちゃんと眠っているんだろうか。

「おはようございまーす」
「出るぞ。支度しろ。」
「事件ですか」
「10分だけ待ってやる。過ぎたら車乗せてやらねえぞ」
「この雨のなか、女子に走れってんですか。いやだ、風邪ひいちゃう」
「じゃあ急ぐんだな」
「了解」

土方さんはくるりと背を向けて廊下を歩いていった。私は理不尽にも10分で身支度を整えなければならないようなので、やむを得ず布団をそのままにして、一先ず制服に着替えて髪をまとめ、自室を後にした。洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、てきとうに薄化粧した時点で9分経っていた。刀をひっつかんで慌てて外に出ると、目の前に一台だけパトカーが停まっていて、後部座席に土方さん、運転席に沖田さんが乗っていた。迷わず助手席に滑り込む。

「お待たせしましたー!」
「おっせえぞ」
「ちゃんと10分以内じゃないですか。チッ、姑かよ」
「舌打ちすんな腹立つから」
「まあまあまあ、数分待つくらい、いいでしょ土方さん。こいつがスッピンで出てきやがったら、誰だかわかりゃしねえし、不便でしょうがありやせんぜ」
「沖田ひどくない?」
「ああ、それはそうだな。さっさと車出せ総悟。ただでさえ祭に乗り遅れてんだ」
「え、二人ともそんなこと思ってたの」
「了解」
「えっ、なんで無視すんの?ねえ、」
「天気わりいなあ。いやだいやだ梅雨は。気が滅入って仕方がねえぜ。ねえ、土方さん」
「まったくだ」
「ねえ、面倒臭いのか?私の相手は面倒臭いのか?おい無視すんなお前ら」

現場へと走る車の中で、土方さんから事件の概要を聞いた。どうやら、また桂とその仲間が現れたと通報があったらしい。この手の通報はガセが多いが、今回はそうでは無いとのこと。あの銀髪の何でも屋さんが一枚かんでいるらしかった。なるほど、土方さんが殺気立っているのも頷ける。

「あ」

雨で視界は悪いが、私の目は確かに銀髪をとらえた。それは反対側の歩道を、私達の進行方向とは逆に走り抜けて行き、やがてビルとビルの間の陰に消えてゆく。

「沖田、車停めて」
「あん?」
「早く早く!」
「どうした」
「何でも屋さん発見!私が追いかけます!」
「了解でさァ」
「お前、あんま無茶すんなよ。あとで俺のケータイに連絡しろ」
「了解、土方さん」

急停車した車から飛び出して、反対側の歩道へ走る。雨がだんだん激しくなってきているが、気にもならなかった。

ビルとビルの間は、ますます光が遮られて、薄暗い。まるで、恐ろしい別世界のようだった。もちろん私以外、人影は無い。足音を立てないように、だけど早足で進んでいく。すると、物陰に銀髪を見つけた。どうやら、地べたに座り込んでいるようだ。

「何でも屋さん?」

私が目の前に立って、声をかけると、銀髪はゆっくりと顔を上げた。やはり、あの何でも屋さんだ。

「もー、探しましたよ?」
「おーおー、真選組のかわいこちゃんじゃねえの。生憎の天気だが、水も滴るいい女ってのはこのことだなオイ」
「またまたあ。お上手なんだからあ。本当、うちの奴らも見習ってほしいくらいですよー」

何でも屋さんは、すこし笑ったけど、すぐに顔をしかめた。何処かケガでもしているのだろうか。すぐ傍らに膝をつけて様子を見た。何でも屋さんは左足から出血している。かなりの量だ。

「どうしたんです、その足」
「あー、大丈夫。掠り傷だこんなもん」
「すごい血ですが」
「そのツラがまた見たかったんだ俺は。ヘマやっちまったけどツイてるよ、今日は」
「……もー、本当に手がかかるひとだなあ貴方」

何でも屋さんの腕を自分の肩にまわして、なんとか立ち上がらせる。すると、何でも屋さんはまたすこしだけ笑って、小さな声で、いつも悪ぃなと言った。

「何でも屋さん、貴方」
「なに?」
「桂とお友達か何かじゃあ、ないですよね?」
「………さあ。知らねえなあ、そんなやつ」
「なら良かった。行きますよ、病院」
「マジで?連れてってくれんの?」
「このままほっといたら貴方死んじゃいますもん。嫌です、そんなの」
「ほんといい女だわ」
「都合のいい、女でしょうよ」

近くの病院を思い浮かべ、人目につかないルートを考えながら歩き出す。バレたら切腹かもしれない。だけどこのひと、なんだか憎めない。それどころか、癖になる。また、会いたくなる。

「ねえ、何でも屋さん」
「んー?」
「私、真選組じゃなかったら、きっと貴方に恋してます」




雨の匂い雨の色あの髪の色





「もう手遅れだわ、俺の場合」

頬に銀髪がふれる。濡れた唇と、濡れた唇が重なった。温かくて、柔らかかった。ふと気付けば、雨はやんでいる。そして、目の前の二つの瞳は、ただ真っ直ぐに、私を見つめていた。

「今度はさ、こんな騒ぎの中じゃなくても、俺に会いに来てくんない?」

雲の切れ間から日が差し込む。きらきら、銀色が光る。私のなかで、答えは未だ、出ない。




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