「おい」

時間は午前2時頃だと思う。少々遊びが過ぎて、帰宅がこの時間になってしまったのだ。残念ながら、我が家(というよりは屯所)には鬼がいる。娘(というよりは部下)の門限にうるさい父親(というよりは上司)が、いるのだ。

「……はい」

見つからないように、物音ひとつ立てずに暗い廊下を進み、自室の前まで来たつもりだった。でも、戸に手を掛けた瞬間、それはもう機嫌の悪そうな低い声がして、思わずビクリと固まる。何故か、私の夜遊びはいつも見つかってしまうのだ。この人の聴覚、侮れない。

「てめえ、こんな時間まで何処ほっつき歩いてた?」
「ごごごごごごめんなさい」

恐々振り返ると、案の定そこにいたのは鬼の副長、土方さん。こんな時間まで仕事をしていたのだろう、しわしわのシャツを腕捲りしている。もうベストもジャケットも着ていない。こちらを見下げるその鋭い目には、やはりやや疲れが見えた。そして、眉間には深い皺が刻まれている。こ、こわい。

「毎度毎度、てめえいい加減にしろよ」
「…すいませ」
「門限は」
「じゅ、じゅうにじです」
「今何時だ」
「に、にじ…っ痛い!」

頭に拳骨をくらった。

「非番だからって遅くまで遊び歩いてんじゃねえよ」
「ごめんなさい…」
「俺はな、お前を預かってんだ。責任がある。何か間違いでもあったら、お前の親父さんに顔向けできねえだろうが」
「私は子供じゃありません。一隊士です。何かあったって、それは私の責任です、副長」

副長はいつもそうだ。私を、私だけを、いつも子供扱いする。他の隊士たちは非番の日に飲みに行って遅くなっても小言を言われるくらいなのに、どうして私だけいつもこうなのか。

「土方さんは、いつも私を子供扱いする…」
「………」

私が俯いて膨れていると、土方さんは大きくため息をついた。そしてその後、私に背を向けて、ついてこいと言った。

「入れ」

土方さんの後をついていって、また暗い廊下を進む。副長室の前で足を止め、戸を開けた土方さん。小さく失礼しますと言ってから、中に入る。すると、いつもより更に煙たくって、思わず顔をしかめた。

「座れよ」
「はい…」

土方さんは定位置に。私はその机を挟んだ向かいに座った。目の前の机の上には、隊士(主に沖田さん)から提出された始末書や、最近の事件の報告書等が、乱雑に散らかっていて、副長の多忙さがびりびり伝わってくるようだ。

「あのな」
「はい」
「ガキ扱いしてんじゃねえよ、俺は」
「……はい?」

土方さんが煙草に火をつけたから、私は近くにあった灰皿を土方さんの前へ置く。灰皿は今にもこぼれ落ちそうなくらい山盛りで、今更ながら、土方さんの体が心配になった。

「お前はうちで唯一の女隊士だろ。そりゃあ、その腕勝って親父さんに頼んで、引き入れたのはうちの大将だが、本当は俺は反対だった」
「知ってます」
「あ?」
「山崎さんが、前におっしゃってました。私の入隊を、土方さんが最後まで反対してたって…」
「あの野郎、余計なことを…」

土方さんが大きくため息をついた。もくもくと煙が天井へのぼっていく。部屋の薄明かりに照らされて、ちょっとキレイ。

「私のこと、気に入らないですか?土方さん」
「てめえ、人の話は最後まで聞け」

じろりとこちらを睨む土方さん。びくりと肩が震える私。

「すいません…」
「他の隊士は野郎だ。だが、てめえは女だ。そこに差があって当然だ」
「………」
「お前を信用してないわけじゃねえ。」
「………」
「心配すんだろうが。こんな夜遅くまで遊び歩きやがって。誰に教わったのか知らねえが、酒とギャンブルの知識ばっかり増えやがって…」
「心配?」

土方さんが、心配する?私を?びっくりして、土方さんの顔を見ると、まだ眉間には深い皺が刻まれたまま。

「何かあったんじゃねえかと、思うだろうが、普通。帰って来ねえんだからよ」
「………」
「おちおち寝てもいられねえ」
「土方さん」
「何だよ」
「私のこと、心配ですか?」
「だからそう言ってんだろうが。俺だけじゃねえ。近藤さんだって、他の隊士だってお前のことを心配してる」
「私のこと、気に入らないんじゃないんですか」
「あ?人の話聞いてた?」

てっきり、土方さんは唯一女である私のことが目障りなのかと思っていた。私のことが信用ならないから、帰って来るのが遅いと他の隊士以上に絞られているのかと、思っていた。だけど、ただ土方さんは、私の身を案じていただけだった。

「あんまり心配かけさせんじゃねえよ。ただでさえ気苦労が多いんだ。このままじゃあ俺がぶっ倒れらあ」

土方さんは私の頭を乱暴に撫でた。もう、眉間に皺はなかった。かわりに、優しい笑みを浮かべていた。あれ、私ちょっと、泣きそう。


ダディ!アイムソーリー!


「土方さん」
「何だ」
「だいすき!」
「あ?気色悪いっつーの。離れろ馬鹿」
「ダディって呼んでいいですか」
「誰がお前の父ちゃんだ。嫌だわこんな不良娘。で、一体何処のどいつと遊び歩いてんだ」
「あの、銀髪の…お侍さんです。坂田さんという、」
「………あの野郎、ぜってー斬る」




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