春のにおいが眠気をさそう。妙に埃っぽい国語準備室のソファに身を沈め目を閉じると、開け放たれた窓から下校する生徒達の声が聞こえてきた。バイバイだとかまた明日だとか、ブーとか。ん?ブー?生徒達の声に混ざって聞こえた音に目を開けると、目の前の机に置いた携帯が震えていた。どうやらメールらしい。ソファから身を起こし携帯に手を伸ばす。携帯を開いて新着メールを見れば自然と緩む口元。携帯を白衣のポケットに突っ込み、国語準備室を出ることにした。

「なまえ」
「んー?」
「呼び出しといて寝てんなよ」
「…お早いお着きで」

屋上の扉を開けると春の控えめな日差しの中、コンクリートの上に寝そべる女子生徒がひとり。さっきのメールの送信者はこいつだ。

「俺がメール気付かなかったらどうするつもりだったの」
「気付いたじゃん」
「たまたまだよ」
「やっぱあたしら何かで繋がってんだよ」
「…偶然じゃね?」
「つめたいなあ」

寝そべったままのそいつに近寄って上に覆いかぶさると、眠そうに目を開けたなまえと視線が交わった。

「…学校じゃいやん」
「つい最近までノリノリだった奴が何言ってんの」
「はは、ノリノリだけど今日はだめ」
「あの日か」
「あの日だ」

楽しそうに笑うなまえはするりと俺の首に手をまわした。こいつの一つ一つの行動やら言動が、俺の何かに火を点ける。

「先生」
「ん」
「ちゅーしよっか」
「したら先生、止まんないかも」
「ね。長いやつ、しよ」
「…口あけて」

こいつの、細くて頼りない体も、やってるときの甘い声も、涙も髪も、時折洩らす息さえも、全部俺のもの。そう考えると目眩がした。

「…先生」
「ん」
「今年の文化祭さあ」
「は?お前進級したばっかなのにもう文化祭の話?」
「Z組でバンドやるらしいよ」
「へえ、初耳」
「バンドって練習する期間が要るじゃん?だからもう話進めてんの」
「あー、そ」

キスの後の話がそれかよと内心思ったが、こいつが情緒もクソもないのはいつものことなのでいちいち触れない。

「ちなみにー、ドラムが近藤くんでベースが土方でギターが沖田」
「…男ばっかじゃねえか」
「女の客を集める狙いだって妙が言ってた」
「あいつらしいな…で、誰が歌うの」

状態を起こして座り直すと、なまえも起き上がった。煙草をとりだし一本くわえ火をつける。吐き出した煙は風にのって消えた。

「歌は先生が歌ってね」
「……は?」
「だって先生なにげに人気あるし」
「いやいやいや歌わねえから」
「なんで」
「俺が文化祭とか嫌いなの知ってんだろ?ひとり静かにやり過ごそうと思ってんのに派手に目立ってどうすんだコノヤロー」
「あ、わかった」
「んだよ」
「先生もしかして音痴?」
「バッカおめっ俺に限ってそんなことあるわけ、」
「音痴なんだー」
「よーし。俺の美声聞かせてやっから聞いとけコノヤロー」

煙草の火を消して投げ捨て、顔を上げ息を吸い込み、空に向かって口を開いた。


愛しき姫君に甘美な恋歌を


「な、音痴じゃねえだろ」
「てか選曲に時代を感じた」
「……」



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