「せんせー」
「んー?」
「時が止まればいいのにって思ったことある?」
俺の教え子なまえは放課後いつものようにこの国語準備室にやってきて、窓際に置かれた棚の上に座り足をぶらぶら揺らしている。
「は?なに、いきなり」
「いいから」
唐突な質問に戸惑うとなまえは俺をじろりと見た。なまえの背後の窓は開け放たれていて、春の心地好い風が流れ込む。なまえのすこし傷んだ髪はふわふわ揺れていた。
「んー、そうだなあ」
「うん」
「ねえな」
「えー」
俺の答えがご不満だったようだ。眉間に皺を寄せている。
「じゃあさあ」
「うん」
「なまえは?」
「あたし?」
逆に問い掛けるとなまえはうーんと唸った。お前も考えねえと出てこねえのかよ。
「今」
「あ?」
「だからあ、今」
なまえは今、と言って窓の外を眺めた。高校三年生なりに大人びたその横顔に見惚れる。そうかなるほど今、ね。今、いま
「かわいい事いうじゃねえの」
「うるさい」
なまえに近寄り腰に肩に手をまわす。そのまま引き寄せ抱き締めた。
「わりい」
「なにが」
「俺も今だなあ」
「あ、真似じゃん」
「うるせえ」
「先生」
「ん」
「もうすぐ卒業だね」
「ん」
「もうこそこそ会ったりしなくていいんだよ」
「そうだな」
「嬉しくないの?」
なまえは進学だった。大学生になると視野が広くなって色んなものが見えてくるわけで。俺みたいなだらしねえオッサンなんかよりも、きっともっといい男を見つけるんだろう。そうしたら俺は?考えたくも、ねえ。でも、
「嬉しくねえよ」
「なんで」
「色々あるんですう」
「あ、わかった」
「なに」
「寂しいんだ」
「…そうだな」
お前の足引っ張るつもりも、泣いて縋りつくつもりも、ねえ。きっと俺にはそんな権利も力もねえから。心構えはしてる。いつかは離れていくんだ。それでも、そうだとしても、今は。
「なまえちゃん」
「うん?」
「俺の事すき?」
「ううん」
「え」
「だいすき」
「ぶっ」
今だけは愛していると、言わせてほしい。俺の事をだいすきだと言うまだ少し幼いお前を今だけは。
「先生は?」
「好きじゃねえよ」
「え」
「はは、ごめん愛してる」
好きな男ができたらさ、そしたら、俺なんか捨てちゃってくれよ。そしていつか結婚して、旦那に夕飯作りながらさ、そんな事もあったなあって、青春したなあって、付き合ってたのはあの教師だったなあって、愛したのはあの教師だったなあって、笑って、思い出して、そして迷わず、葬って。
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