ベポは、ローと、シャチはペンギンと、と二人一組でペアを組み、人海戦術を行うのだった。と言ってもまともに聞き込みは出来ない。彼女はトラであったし、ハートの海賊団が、ヒナに見つかるのは避けたかった。従って聞き込みが行えるのが必然的に一般の店に限られた。海賊が通じてそうなパブやバーなどは、海軍が見張っている可能性が高かった。 人が溢れる町の食堂で、シャチとペンギンは、コーヒーで喉を潤しながら、町人の会話を静かに聞いていた。 「海軍が来ているとか、何の用かしら」 「あら今日はエドモンドさん、今会社のお昼休憩?」 「海賊だろう?」 「聞いた? またシュルツの爺さんが」 「どこから聞きつけてかしらね、海軍は。まあ安心なのは確かでしょうけど」 「若い娘さん? まああ〜…大変ですこと」 「まあそうだが、ナターシャ、きみの夫は素晴らしい企画を立ててくれてね…」 「さあ、最近海は荒れ気味だ。ああ、気候的な意味じゃ無くてね。今年のルーキーが豊作らしい」 「レパード、上手い事を誰が言えと」 「はっはっ。酒の肴にしてくれ」 「魚の方は豊作なのかい、マーシー。市場では分からないが」 「中々だが、大型が多くて味も薄味だ。料理はし易いだろうね」 「ほう。今度直々に買い付けに行こうかな」 ざわざわと人の声で幾何模様を描くような何十唱に、耳をこらすと、彼らの日常が見えるようだった。コーヒー一杯が空っぽになる頃、キャスケット帽を被り、何時もサングラスを掛けることで隠されていた意外にもクリッとした柔らかい瞳が覗いているシャチが、詰まらなさそうに頬杖を付いて頬を押し付けた。 「…無いなー」 「あァ」 溜め息混じりの彼の声に静かに同意を返した。何時もの防寒帽が無い緩いオールバックのペンギンが、椅子に寄りかかり、長い襟足に指を絡ませて、詰まらなさそうに頷く。 「アイツが町で噂になるとしたら完全に騒動扱いだろ」 何気なく吐き出す言葉に、シャチがパチンと手を打ち、ペンギンへ、拳銃のような手付きをして、バンと打つような仕草をした。 「奇遇だなおれもそう思う」 「さーてと、買い物して帰るかー」 ニヤリと微かに笑ったペンギンは、髪を掻き上げて、椅子を鳴らした。 ゆらゆら前後に揺らす体は発言のタイミングを計っているように感じた。 「帽子屋!」「眼鏡屋!」 「…」「…」 「時間はある。両方回ればいい」 「奇遇だな」ペンギンが言った。 一方、ベポとローは、彼の鼻を頼りに歩を進めていた。 「キャプテーン…。ポチってこんなに匂い薄かったかなァ」 「…ベポにしか分からねェだろ」 「おれにしか分からなくてごめんなさい」 しょぼんと垂れた頭に、ローの無骨な手が乱暴に置かれた。バシバシと何度か彼を叩く。瞑らな瞳とかち合うと、ローはキラリと自信ありげに輝かせた目と同調するようにニヤリと口端を歪めた。 「頼りにしてる」 「キャプテンッ…!」 ベポはスンスンと鼻を鳴らした。これだけ表すと、泣いているように見えるが、だが、彼の目は固い意志を表すように強く輝いていた。そのままポチの匂いを辿って行くと、それは海岸に近付いていく。ローは、ベポの後ろについて行きながらも、その事実に眉を顰めた。 サクサクサクと砂浜に足跡を残していく。障害物が無いために、直射日光が、ローの顔を焼いた。スウ、と細めたままの目が遠くを見つめる。丁度ローが立ち止まると同時にベポが声を上げた。 「キャプテン。海軍だ」 「…向こうにポチの匂いは?」 ベポの少し踊る言葉には返さず、冷静な炯眼(けいがん)を海に走らせたローは、低く訪ねた。すぐさまベポがフンフンと鼻を鳴らす。 「えっと、えーと、…ない」 「じゃあ良いわざわざふっかける必要もねェ。向こうは別件で動いてんだからよ」 さり気なく渡されていた大太刀をベポに投げ返す。 「別件て?」 「おれたちには関係のねェ話だ」 首を傾げたベポに、ローは淡々と返す。内容こそ知らないが、自分たちが嗅ぎつけられ、先回りされたとは思っていなかった。 「ふゥん」 「もっと前にポチの消息が消えた、か」 「うん…」 ベポは不安になった。ポーカーフェイスの彼の端正な顔を見て、思考が読み取れる訳ではなかったが、その彼の淡白な口調がずっと気になる。風に浚われて薄く霞のようなポチの匂いにも、ベポは眉を顰めた。 もしかしたら… 「戻るぞ」 「アイアイ、キャプテン」 ふと、此方を向いたローと視線がかち合う。分かっているように、ニコリと微笑んだローに、ベポは彼を信じるしか無かった。 この島に、絶対居る。 私は、爺さんの服の中でもボーイッシュで一応私でも着れる服を選んだ。白いシャツにリボンを結んで。ベストを合わせる。チェックのパンツに、編み上げのブーツ。長すぎる髪は同じ様にリボンで結んだ。 私の格好を見て、爺さんはニコリと笑った。 「×××さん。じいの服でも全然着れますね。驚きました。自分で言うのも何ですが、ピッタリ似合ってますよ」 穏やかな彼の口調に、私は少し居心地が悪いものの、ハキハキと答えた。 「当たり前だ。元が良いからな」 「ほっほ、確かに。…さて、いきますか?」 「うん。まず下着な」 「まあそうですね。急ぎましょう」 スウスウと頼りない足の付け根を不遜な態度でやり過ごし、せかせかと歩き始める。爺さんは平素な姿勢を保ち、気遣うように何も言わない。 すぐさま手に入れた、下着をその後、その店のトイレで履き、私はやっと息を付いた。私が、トラになった時、確かに服は着ていた筈なんだけどな…。ふと私の意識が何年も前の鮮やかに呼び起こす。 ――悪ふざけだった。初めは。 いつものようにジョーと遊んでいた×××は、彼女と森を駆け巡っていた。リスを見つけては追いかけ、挙げ句転び、鳥と合わせて喉を震わせた。 森の少し奥まった所、興味本位で訪れた場所に、×××は目を見開く。すぐ後ろの友人を呼んだ。 「ジョー、みて! こんな所に湖なんてあったのね」 「本当に? わ、ァ。スゴいや! キラキラしてる。まるで別世界だね」 「ジョーも初めて?」 艶やかな黒髪を揺らしたジョーは、×××のキラキラとした瞳に、一瞬たじろいだ。それもすぐ意地悪そうな、得意げな笑顔に隠される。動揺はそれ程無かった。 「え、いや、まさか!! 私は知ってたよ。×××の為に驚いてやったのさ」 「そう?」 純粋な疑問にジョーはそうさと強く頷いた。足元に広がる野花に視線を落とす。 「ほらシロツメクサ。冠を作って上げる。」 「わッ嬉しいッ、私も」 「×××は待ってて、下手くそでしょ」 「う」 パッと駆け出した×××を制したジョーは口ごもる×××に優しく微笑んだ。みてて、と囁き小さな手を動かす。ペタンと座り込んだジョーは、×××に見せるようにゆっくりと編んでいくのだった。 「ん〜ふ〜ん〜♪」 夢中になるジョーとは反対に、×××の視線はきょろきょろと動いた。立ち上がる際、かさりと揺れた草。チラリとジョーを目に留めるが、彼女に気付いた様子は無い。 ×××の足を止める者は居なくなった。 「(あれ、何だろうこれ…?)」 真っ赤に熟れたレモンのような形の果実。ただ、ぐるぐると表面に描かれる模様が、それを食べ物に見せない。×××の好奇心は揺すぶられた。食べてしまおうか。でも、危ないかもしれないな。 ――ヒトクチなら…。 「さて、疲れました?」 「む、疲れてなんか無いぞ」 ぼんやりとしていた意識を連れ戻される。心配そうに表情を伺ってくる、ジョージと名乗る爺さんが、穏やかな口調で問いかけてきた。 パチパチと瞬きをした私は、フルフルと首を振った。周りの景色は変わらず、日常を映した。昔を思い出すのは止めようと、小さく心の中で呟いた。 「そうですか。じいは疲れましたよ。流石に年ですねェ」 「…そうか、休むか?」 私を今保護してくれてる爺さんにも、変な心配をさせるのも悪いな。とうっすらと思った。 ジョージの言葉に、私はチラリと彼に視線を送った。軽く空を見上げる様子の彼に、疲れた表情はあまり見えない。が、見えないだけなのかもしれない。 私の返事にほんのりと頬を緩めた彼を見て、少し安心した。 「ありがたいです。丁度あそこ、じいの通い付けなんです。どうですか?」 「良いぞ」 「ナポリタンが美味しいんですよ。ああ、お昼にもしましょう」 「お? あ、そうだな…。腹も減ったし」 「そうでしょうそうでしょう」 にこにこと笑う爺さんから目を反らし、私は彼が指差した先にあるお店を見た。確かに、お腹が空いたかもしれない。 思い出さないようにしようとした。けれど、何か思い出さなくちゃいけないような気もする。 忘れてる。何を?しかし、そんな些細な奇異も、彼をみているとどうでも良いものに感じた。 過去のお話-4- 2011/11/27 <-- --> 戻る |