text | ナノ

 ――敵襲ー!各自持ち場に付けー!
 騒がしい甲板。海賊旗が上げられた帆船が、レモン色の潜水艦に横付けにされていた。
 船長室に飛び込む傍観帽を被る青年。白いつなぎは、上だけ脱がれて、腰回りに雑に結び付けられている。
「船長! 潜水を行いますか!?」
「格下じゃ無いんだ。…それに、確か食料も尽きかけてた…。ペンギン内線を回せ」
 ローの言葉の途中から、ペンギンは分かっているようにニヤリと口端を歪めた。帽子の天辺に位置する赤いふさ飾りを揺らして、ガシンッと弾倉を充填する。くぐもって聞こえるのは、彼が素早く同じ事を繰り返しているからだ。三連で行われたそれをクルクルと手中で軽やかに弄び、腰の隙間に押し込んだ。
「ハイ、船長」
 短い操作を終え、内戦のマイクを投げる。噛みつくように近付けた口は、至極愉しそうに歪んだ。
「――船員に告ぐ。今回は大盤振る舞いするぞ!! 好きなだけ暴れろ!!」
 ――うおおぉお!!
「今回船を見つけたのは?」
 心地よい興奮の雄叫びをBGMに、ローは確認するように口を開く。
「シャチです」
「ククッ、またか、アレに銃を取られるのは」
 マフモフの帽子に指を埋め、深く被り直したローは、苦しそうにのどの奥で笑った。ペンギンの雰囲気が一瞬変わる。
「…アイツはアンティークが好きなんですよ。実用的なのはほったらかしだ」
 ムキになりかける寸前、冷静を取り繕う彼の声色に、ローは口を弓形に歪めた。
「あァ、そうだったなァ…。…ペンギン、」
 濃い隈に隠れるように、奥に輝く藍色はギラギラと輝いていた。
「何ですか」
「死ぬなよ」
「当たり前です」
 獰猛に笑う互いは、合図もなく走り出す。
 ローは食堂の一角、図々しくもテーブルの上に転がるアモイトラを見つけた。
「ポチ!」
 あれ、と顔を上げた。視線の先にある、隈さえ無ければ精悍な顔付きは、私を目に止めるとぐっと眉根を寄せた。…イヤなら呼ぶなよ。
「(何。私は×××だけどね)グルル」
 テキシュウとやらでは無いのか?暴れろと言った張本人は暴れなくてもいいのかしら。食堂から慌ただしく出て行った船員らと、彼の言葉にそう思ってジッと似た色彩を交わすと、奴、トラファルガー、いや、ファルの骨っぽい指が乱暴に私の頭をなでた。
「(戦力になる、か)ペット…ペットなんたよお前は、…戦力には、ならないな…」
 私が、彼が何時か言った言葉を知るはずも無い。思案の面持ちのまま、なでる手は止まらない。何時もの自信ありげな様子がなりを潜めると、こっちまで不安になる。
「グ…?」
「お宝は決まって船長室か、倉庫だって決まってんだ。おいポチ、ベポの部屋に行ってろ」
「…」
 なんで、そんなに不本意そうなんだ?ファルが、イヤそうに私に告げる言葉。素直に従ってはいけない気がした。何だか、周りの状況も、不穏な感じなのだ。
「…」
「クーン」
 なあ、何が起こってるんだ?ファル。微かに聞こえる騒音に、何時もの賑やかさを感じられない。怖いとか!違うぞ!ただ、…心細い、んだ。ジッと見つめる先の深海のような暗い瞳が、小さな光を見つけたように見えた。
「…おれの側にいろ」
「ナ゛ーン」
 微かに上がる口端。声色。何時もの様子に戻ったファル。ニヤリと、シニカルに笑う彼の頬に鼻を押し付ける。
 押し戻されるが、めげずにその手の平にグリグリと頭を擦り付ける。フッ、と薄く空気が吐かれる。全然イヤな感じがしない。あァ。その薄っぺらい無骨なそれが、今一番、私を安心させるんだなァ。
 ポン、と叩かれて離される。付いて来いと言う言葉はいつも通りイラッとさせるような尊大な態度だったけど、実際私の意志がそこにあるんだから仕方ない。結果的に奴の言うことを聞いている風になっただけだ!

 甲板は酷い有り様だった。ヒュンッと目の前を掠めて、どこにでもありそうな量産性のナイフが飛んでいく。
「ギャンッ」
 その直後にも直前にも、最中にも、至る所で悲鳴が上がっていた。手摺りから突き落とされる男を追って、赤い糸が伸びて落ちた。ビシャリ。傍らのファルを見上げる。いつの間にか、叫んだ言葉が、力となって、彼の周囲を囲っている。青い光。
 おい!と怒鳴るファルは、余所見をしながら大太刀をキャッチした。そのまま遠心力を利用するように、その細い腕からは想像出来ないような力で振るう。シャンッ、と、鞘から解かれる白銀の牙が至る所を食い散らかした。バラバラと関節で丁度切れた体がパーツとなって甲板に散らばる。また悲鳴。
「ワリッ! 船長、じゃ、おれ向こうの船ん荒らしてくるわ!」
 何度か絶え間なく続くステップ。残像。黒いサングラスが私の視界を掠めた。キャスケット帽の、派手な色を僅かに残してあっという間に抜けていく小柄な男。
「ったく! ポチに当たったらどうするつもりだったんだ」
「キャプテン。シャチもう行っちゃったよ?」
 大太刀を無造作に投げ渡したシロクマのベポがキョトンと不思議そうに首を傾げた。その巨体から繰り出される足は、近くの大男を吹き飛ばし、そのまま海で大きい飛沫を上げた。
「…知ってらァ。おいベポッ、甲板片付けろ!」
「アイアイキャプテン!」
 その後すぐまた名前を呼ばれる。ポチじゃない。と何回否定しようが聞こえない。ただ、少し雰囲気が怖くて、私はピッタリと彼の側に張り付くようにして移動した。
 潜水艦から見えた帆船は、私たちが乗るそれよりも二周りは大きいのではないかと思った。そそり立つ外船をファルが周りの敵をリズムよくバラバラにしながら睨む。血は出ない。シャチとか、何かやらかした時、彼らへの罰として与えられる晒し首をみていた私にとっては大した事ではないが、ただ、彼から滲み出る何時もと違う雰囲気に少しビビる。いや、シャンと背筋を伸ばす。うん、ビビっては無い。
 その時、ギュッと圧迫される気迫に、私は思わず耳をへたらせた。ビャッと、彼にベッタリとくっ付く。おー!怖っ!
「よう。うちの子羊ちゃんどもを可愛がってくれたのはお前か?」
「毛だらけの不男共なら須く始末したが」
 毛深い大男が、胸元の金の十字をギラギラと輝かせて、潜水艦の甲板に降り立った。ダァンッと船全体を揺らせるほどの音を立てて、ファルを威圧する。びったりとくっ付く私をユルユルと撫でる彼に、凄く申し訳なくて、ゆっくりと離れた。
 動きにくいよね…!スルリと離れ、船室に続く扉の前に移動する。私がいた辺りで薄い手の平をさまよわせるファル。
「ケッ、新聞を賑わすだけのルーキーが粋がってんな…。最近海は無法地帯だ」
「そのちっぽけな存在にテメェはやられんだ。恥はそんなにひけらかさないほうが良い…」
 男を無視するような形になり、段、々、とファルに掛かる重圧が増えていくような気がした。ファルが無言で刀を振るう。何か切っているような動作だが、何も見えない。青い光がキラキラと存在するだけだ。男がニヤリと笑った。
「言ってろ! 人にしてほしくねェことはおれがしてやる! 反信者のカインにテメェは裁かれる!」
「…気を楽にしろ、すぐ終わる」
 彼の言葉を期に、二人は飛び出した。男が突き出すナイフが彼の頬を掠める。サッとよけた筈の彼の頬から、一瞬遅れて赤い筋がツウとできた。カインという大男からは予測できない程素早い動きで彼を追い込む。伊達にこの海で生き残ってきただけはあるように見えた。
「現実主義者の限界はすぐそこに見える! テメェは父の懐には行けねェ!」
 ベポがキャプテン!!と叫び、ファルが鋭く睨んだ。私には見えなかった。
「残念だが、お前の死相は見えてるぜ…、親父の膝元でおれに会ったことを後悔するんだな」
 その言葉がただ耳に響く。瞬きした瞬間、状況は一変していた。ファルの愛用していたパーカーが切れている。ハートの海賊団のシンボルが片目から頬に向けて大きく切られているが、あのむせかえるような鉄の匂いはしない。ただ、ファルの目の前に転がる、男の体には手足が無かった。
「フッ、」
 ファルの冷たく、身を切られそうに鋭い殺気がただカインにのみ向けられる。
 しかし、カインの表情は至極焦ったように見えたが、鼻で笑う気力はあるみたいだ。ファルの不自然に上がる腕が、プルプルと何かを我慢したように震えた。
 そのまま海へ投げ出される。
「はっ!?」
 宙に投げ出されるファル。不自然に上がった手が丁度私の目の前に突き出されているように見えた。
「ナ゛ーオ!」
 もう、体は走り出していた。高い手すりにガッと手を掛けると、
「ポチ!! そこにいろ!!」
 ファルが叫ぶ。ピタリと止まるしか無かった。シアンブルーの瞳。強い視線が混じり合った。いつの間にか、私は彼のサークルに捕らわれていた。
「――シャンブルズ!!」
「!」
 ズパンッ!!甲板にファルが見える。太刀音が聞こえ、赤い噴水が彼に盛大に降りかかった。それを遠目に見つめ、私はずっしりと、海水に濡れて思い体を動かそうとした。視界が狭まった。海に飲み込まれる感覚。
 あ、そう言えば、わたし、およげ、ない、ん、だっ、た――…。

過去のお話-1-

2011/11/13
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