text | ナノ

君を誘う口実の後

 マルコが、船に帰ってきて、始めに彼を迎えたのは、眉間にシワをよせ、不機嫌そうなエースだった。
「マルコ…ッ!! お前、×××を連れて外に行ってたんじゃないのかよ!!」
 突然の抑えられた憤りに、マルコは目を見開いた。チリチリと燃え上がりそうな彼の髪に、視線を流す。無意識に探した人は甲板には居なかった。
「…どういう…」
「テメェッ!!」
 今にも大声でことのあらましを述べてしまいそうなエースに、マルコはさっと顔色を変えた。訝しげな表情が一瞬で、険しさを帯び、低い声で牽制する。
「ここじゃ…。兎に角部屋にこい」
「! 寧ろ聞かせてやれッ」
「良いから、」
 焦りが加わった。 鋭い視線でエースを射抜いたマルコは足早に船室に足を進める。
 只ならぬ雰囲気を感じたのか、マルコの表情は厳しく、エースは不本位ながらも、黙って彼の後を追った。
 バンッ、と乱暴に閉ざされた扉。マルコの部屋ではなく、行く先はエースの部屋だった。扉を閉じた部屋の主は、移動の間に怒りを収めるまでには至らない。無断に彼のベッドに腰掛けたマルコは、無言で彼を促した。
 炎を思わす男が、スウと意気込むと、厚い胸が膨らんだ。
「一体何してやがったんだよ。×××と居たんだろ?」
「…×××に何かあったのか?」
 その言葉は、彼女が一人であったことを示唆した。ギリリと噛み締める歯から、火花が散りそうだった。通常を思わす彼の口調に、頭が熱くなる。
「〜!! そうだよ!! テメェと歩いてるところを見られててな! どっかのルーキーに連れ去られそうだったんだよ!!」
「マジか…」
 何時も眠たげに重い瞼が、驚きに見開く。彼の言葉から、今更に感じる焦燥感が、彼の胸に沸く。空色の瞳が、板張りの床をゆっくりと睨み付けた。金色の髪を、上から見下ろした青年は、大きく溜め息を付いた。ハッ、と短く息が漏れる。
「マジじゃ無かったらいわねっつの。マルコ何でテメェちゃんと×××と一緒に居ねェんだ」
 鋭い非難に、マルコは苦虫を噛み潰したような表情をする。このような事態になると、予測できなかったのか。推察できるまでの余裕が無かったのか。マルコの声は狼狽えて、何時もは見せない様子を讃えた。
「海軍がいて…」
「海軍が居りゃ海賊だっているだろ!」
 エースの怒声に、マルコは切り返すように声を張った。
「ああ、すまねェ。今×××は…?」
 いてもたっても居られない様子で、立ち上がる。エースの肩越しに見える扉に視線を投げた。エースは、彼の視線に自ら映りに、体を横にずらす。呆れともとれる声色で、マルコに答えを促した。
「サッチとだ。てかマルコは何してたんだよ…。何も情報が入ってきてねェっことは大した奴でもねェんだろ?」
「ああ…。いや、青雉で、」
 言い淀んで、歯切れ悪く言う。言いたくない内容だったのか、マルコの視線は下に落とされて、エースと視線が絡まない。
「は?」
 訝しげな表情に、マルコは諦めたように、静かに瞼を落とす。
「青雉がいたんだよい。それで、前のこともあった。だから、」
「は…?…バカかテメェ!! それこそ×××と居てやれよッ、アイツは青雉に狙われてるんだぞ!? テメェが言ってたんじゃねェかよッ」
「だからッちゃんと原因を知ろうとッ。……×××を守りながらはおれだって辛ェよい」
 吠えるエースに、マルコは反射的に怒鳴った。しかし、すぐに正気に戻り、横に視線を流した。呟くように取り付けられた言葉に、再びエースは訝しげな表情をし、精悍な顔、眉間にシワを寄せた。
 このように、有耶無耶な様子を露呈する彼を見たエースは、一度、切った口火を止めることが出来なかった。
「おい、マルコ。そんなことが重要か? ×××は本当にそんな事が知りてえのか? 戦えとは言ってねえ。寧ろ逃げろよ! テメェが×××を見ねえでふらふらして、挙げ句テメェのせいで×××を危ない目に合わせんなら、いっそのこと×××から離れろ! おれの方がよっぽどアイツを守れる」
「…」
 マルコの空色の瞳が曇った。食いしばる歯の奥に隠された言葉をエースは気付かない。家族に、このように怒鳴る彼ではない。自分自身の言葉に、ボウ、とショックを受けつつ、エースは静かに言葉を落とした。
「言っとくけど、×××の事を思ってんのはテメェだけじゃねェ。×××が思ってんのもテメェだけじゃねェ。覚えとけ」
「…」
「…じゃあな」
「…ああ」
 今までの彼への怒りをぶちまけたエースはすっかり意気消沈し、入ってきた時とは打って変わって静かに部屋を出て行った。
 最後まで彼に対した弁解も出来ずに終わったマルコは、もう一度彼のベッドに座り込んで、うなだれた。髪をクシャリと掴み、小さく悪態を付く。
 家族の激しい叱咤は痛く胸に突き刺さる。しかし、何も分からない状況で、しかも政府に狙われた状況で、彼女を手放すことなど、到底出来ないのだ。マルコの空色の瞳が一瞬強く輝く。直ぐにそれは薄い瞼に隠された。暫く、彫刻のように動かない彼が動き出したとき、細い目の奥、空色の輝きは失われていなかった。
「(向こうに、帰るまでは、おれのもんだ)」
 ――誰にも渡さねェよい。

マルコとエース
(二人の場合)

2011/11/20
<-- -->

戻る