ありえないありえないありえない!! 私は今、めちゃくちゃに走り回っていた。甲板は駄目だ。船員たちがわらわらと、わざわざ私から捕まりに行くこともあるまい!てゆうか!なんで私が追いかけられなくちゃいけないのー!?そして、何故追いかけられているのかというとですね!アイツ、そう、トラファルガー…ちがうちがう…ファルの一言が始まりですよ。 「おい。テメェくっせェなァ…。ペンギンもうっせェし、洗うか」 「──ンン゛!?」 面倒そうに歪められた顔が、私の超絶嫌そうな顔をみて、ふと、真顔に戻ると、次の瞬間には、ニヤリと、通常運行のドヤ顔が返ってきたのだった。そこからである。彼らとのデットヒート…いや私が一方的に逃げているのはああああああぁぁぁぁあああ!! 「”ROOM”!!──シャンブルズ!」 「ギャン!」 奴の目の前にあった、私と同じくらいの樽とが交換される。うっわァッ!!ファルが目の前に、ヒィッ、凄く怒ってるのが分かって、本当に怖いんですけど。わあわあと彼の腕の中で暴れたら、そのまま伸びた腕がブンッと唸った。あ、猫パンチ…。ヒイッ。 「…いい度胸してるじゃねェか…おい」 「フ、フミャ゛ーン」 「今更猫被ってんなよ、――おしおきだ」 ミャアアアアーーー!!もうどうでもいい!誰か助けてくれー!! 帽子の鍔の下、猫パンチのお陰で向こうに向いていた顔がゆうっくりと戻ってくる。犬歯を見せるように笑った彼は、怖かった。満面の笑みが逆に怖い。うう。ブニッと、彼の両手が私の顔の両側をつかみ、グッと近付けられる。鼻同士を押しつけ合った距離で見る彼の顔は、怖ろしく整っているようで、隈が彼の眼を際立たせて、とても…怖いです。 不本意ながら引きずられるように風呂場まで連れて行かれた私は、その間にも、背中に埃をくっつけていた。途中すれ違う船員に憐れまれて、ベポには悲しそうに応援をされて、ペイッと風呂場に投げ込まれた。ギャン。 ここまできたら無駄な抵抗はしない方がよさそうだ。プルプルと風呂場の端っこで縮まる私。ファルがごそごそ扉の向こうで何かをしている。いっそのこと来ないで欲しいんだけども、それは無理な話で、そう思っているうちに、風呂場に繋がる唯一の扉が開いた。 「ハッ、惨めな恰好してるじゃねェか」 「…ミ゛ャーン」 何時も彼が身に纏っているパーカーは脱がれ、船員たちのようにつなぎを着て、腰で、上の方を無造作にくくられている。腕には幾何的な模様の刺青がびっしり差されて、それは肩を一度通り、脇腹にまで及んでいた。元々なのか、浅黒い、しかし不健康そのものな肌、薄い胸板には、左側、船のシンボルがあるはずの所には、直接それが彫られていた。因みに、いつものマフモフ帽は無い。金色の二つのリングピアスがキラリと彼の耳元で煌いた。 痛々しい程わんさか見える刺青から、目をそらしつつ、出来るだけ私は哀れっぽく鳴いた。…これでやめてくれる性格の奴じゃないって分かっているけれど、いていられないわけにはいかないのだ。 完全に戦意喪失な私にだるそうに近づいてくる彼は、不意に私の首根っこを掴むのだった。 「ん? 風呂に入りたいって?」 その病的に細い腕が軽々と私を持ちあげ、目線を合わせてきた。ニヤニヤ、薄い唇を歪めた彼は、そのまま、広い浴槽に私を突っ込む…言ってないしッアッいやー! 「ガルルゥッ!」 それだけはヤメテ!とファルにギュッとしがみ付く。最早縋りつくと言っても過言では無いはずだ。ほとんど変わらない身長差で、私が彼にしがみついていると。ファルはフフフと至極楽しそうに笑った。思わず目を合わせてしまう。にっこりと柔らかく笑う。え、何?キョトンとする私に、また彼は笑い、いつの間にか離された首を掴んでいた手で私の頭をスルリと撫でた。 「汚ェ」 そう言って、私は湯船に落とされたのだった。 「ビャッ!」 酷い!幸い、湯は薄くしか張られていなかったので、足が半分埋まる程だったが、落とされた衝撃と飛沫に、全身がしっとりと濡れた。ファルに少し飛んだお湯を彼は、伏し目がちに拭った。ペロリと出した舌がエロッちいです。 じっとりと見上げる私の視線に気が付いたファルは、そのまま目を細めた。手に石鹸を持ち、振り上げた。 「フギャ!!」 「そこまで非道じゃねェよ」 嘘付け、投げる気だったくせに! 「あん? 生意気そうな目ェしやがって。もしかして、投げてほしかったか?」笑う。凶悪な笑み。 ブンブンと首を振った。直ぐに変わるフッと馬鹿にしたような笑みにイラッとするが、落ち着け×××、これにハマったら奴の思うつぼだ。そう思って、じっと彼の動作を待った。先程彼から逃れるために暴れまくったせいか、なんだか体がだるいけども、ファルは気にした様子は無く、無言で石鹸の泡を立て始めた。 こう見ていると、やっぱり、ファルってカッコいいんだよなあ。しみじみと感想を脳内でもらしつつ、もう一人の私が必死にそれを否定した。こんな麗しい×××様を引きずりまわす奴がカッコいいもんか。必死に浮かび上がる思考をそれぞれ一つずつ否定しながら、彼の作業が終わるのを待った。 「おう、大人しいな。ほら頭寄こせ」 「…」 わしわしと平べったい手の平が、いつものように私の頭をかきまわす。強い力にグラグラと私の頭が揺れるが、彼は、至極真顔で、私の頭を揺らし続けた。 「ペンギンがよ、ポチの飼育はおれがしろって言いやがんだ。け、勢いで言うもんじゃねェな」 「(私はファルに飼われてるつもりないから!)グルルルルル…」 小さく唸りつつ、彼の言葉に辛抱強く私は自分を慰めた。ファルは贅沢ね。こんなに目もつぶれる勢いで可愛い×××さまを飼っていられるんだもの。彼の手はスルリと首元を通り過ぎ、背中に伸びた。わしゃわしゃと指を立ててかき混ぜた。 「生意気なとこは誰に似たんだか」 「…」 「おれの目は唯一誉めて良いけどなァ」 にっこりと微笑んで、首元まで泡だらけにされる。ぽう、とファルの瞳に見惚れて(なんたって私の色よ?)ゴロゴロと鳴いた。 「あんなに嫌がってたのに、もう良いのかよ? ン?」 フフと微かに口端を持ち上げて、冷笑するようなファルの目はユルユルとゆるめられて、あーコイツも私に見ほれてるんだなと優越感に浸った。 「ンナ゛ー」 予想以上に丁寧に洗われた私は、しゃがみ込んでいる彼の上半身に、もっと首を撫でろ(洗え)と体を寄せた。ウワッと声が上がり、トロンと溶けそうな意識が一気に現実に引き戻された。 「お前…、おれまで泡だらけじゃねェか」 「…ミ゛ャウ」 流石に申し訳なくなって、ショボンと頭を垂らした。暫くして、チッと舌打ちが聞こえる。 「仕方ねェなァ」 パッと顔を上げたら、怒っているかと思ったファルは眉を八の字にして笑っていた。待ってろ、と泡だらけの手がバフバフと私の頭を叩いて、勢いをつけつつ立ち上がった。扉の向こうにつなぎを投げ捨て、彼はすぐ側にあった小さなタオルを腰に巻くと、バシャバシャと音を立てて湯船に入った。あれと、首をふるりと振った私は、彼が出て行く前に、ざあざあとお湯を足していることに気が付いた。 ファルが私の泡だらけの体を放置し、ユッタリと湯船の縁にもたれた。ふうーと小さくため息をついて、以前呆けたように彼を見つめていた私に視線を投げた。 細められた瞳のまま、怠そうに手を上げられる。ちょいちょいと誘う薄い筋張った指に私はふらふらと立ち上がった。 縁に前足を掛けて、沈む下半身の泡がフワフワとお湯に浚われていく。頭にも容赦なく掛けられる湯は、心なしか元気が無いが、私も力が抜けて、対した抵抗もできない。 「あ゛ーポチーどうしたー?」 「(私は×××だけどね…ダルいのよ、力が抜けるの)」 「差し詰めおれの美技に酔いしれたか」 わきわきと手を動かすファルに、じっとりと目を向ける。何言ってんだか。筋肉の動きによって、蠢く刺青をチラリと見て、ファルの顔を見上げる。 視線が混じる。片眉を跳ね上げたかと思うと、その手の平は力が抜けたように私の頭部に落ちてきた。 「フニ゛ャーン」 グラグラと私の頭を揺らす彼の手にイライラとしながらブルブルと首を振るった。お湯を弾き、ついでにファルの手を弾く。ムッと顔をしかめた彼の頬をベロリと舐める。 「は?」 「ゴロゴロ」 不意打ちした彼の顔は驚きに目を見開いた。驚きの表情のまま、ベロリと舐められた頬を指先で抑える。そのまま、変な顔をしている彼に、今のうちだと私は擦りよった。ペシャと置かれる手に満足する。そう、ファルは私の頭でも撫でてたら良いのよ! ウニャウニャと彼に纏わりつき、湯船に張られたお湯が浴槽に当たり、パシャパシャと跳ねた。 満更でも無さそうに笑いながら私を構う彼が、余りにも長いお風呂に、様子を見にきたペンギンに怒られるのも、時間の問題であった。ふはは。 お風呂のお話 2011/11/08 <-- --> 戻る |