「ねェ自称海のサチ〜」 甲板に、キャスケット帽にサングラスを掛けて、著しく肌色の面積が少ない男は目を落とす。仰向けに転がり、髪をそこらに散らした×××と、そのキラキラとした目と視線が合った。 「全然違ェからな。海のギャングな、シャチなー。おう、なんだ、ナルシスト」 自称海の幸はシャチと言うらしい。彼が手に持つ竿をぞんざいに振り、ニヤ、と笑った。絶賛食料調達中である。グランドラインでは珍しい晴天のもと、×××は掃除したばかりの日に焼けて少しザラザラした甲板で寝返りを打った。バサリと髪が顔を覆い、座り込みながら、頭を振る。重力に従って落ちる様子を、シャチはサングラスの向こうの碧眼でジイと見つめた。 「事実をヒガンでもしかたないぞキャスー。て、こんな低レベルな掛け合いをしたいんじゃ無くて…」「相変わらずうぜーな」「ねェ…、私って性格悪いかな…」 きょろりと不安そうに向けられる、無意識な上目遣い。シャチは心臓が煩くなる前に、若干その鼓動が一時停止したような気分に陥った。そして堰を切ったようにボロボロと驚きの声を上げる。 「…え? 何を今更。お前自覚無いの!? 無くてそれなの? おれどうしたらいいの? つかいきなりお前がしおらしいと怖いんだけど」 「…」 眼下には、カクッ、と力無く折れた首、項がシャチの視線を集めた。小刻みに震える様子に思わず手が伸びる。 「え、えぇ〜…泣くなよ…ッイッデェッ!!」 釣り竿を放り、彼女の前にしゃがみこんだシャチは、突然アップになった彼女の拳に反応する事が出来なかった。鈍痛。 「泣いてない」 「あァッ確かにな!! おれが泣きそうだよ!!」 ハキハキとした口調に、シャチは盛大な後悔におそわれた。無様にも、×××の前でうずくまり、赤くなった鼻をさする。 甘えるように伸ばされた語尾。 「…ねー、私って性格悪い?」 「ごめん、シャチ何て答えて良いか分からないかな」 苛々したように、トゲトゲした言葉が×××に突き刺さる。ぷいと×××から顔を逸らして、再び釣り竿を手に取った。 「何でか分からないんだけど、シャチに言われると落ち込まないのに、ファルにウザイとか言われるとスゴく落ち込む。直した方が良いのかな」 釣り竿を引き上げ、針を見ると、餌は無くなっていた。 「うわっムカつくカミングアウトー! っと」 背後で聞こえる心底不思議そうな声にシャチは平坦な声で返し、最後の一音で大きく竿を振るった。 「で、どうしたらファルに言われなくなるだろう?」 「…」 「ねェ〜シャァチィ〜」 頑なに×××と顔を合わせないシャチはベタリと背中に張り付き、ゆらゆらと体を揺らす彼女にニヤニヤと頬を緩めた。 「えー」 不満そうに吐き出す言葉はどう繕っても喜色に染まっている。小柄なりにも男らしい手が手すりを叩く。ニコニコと笑った×××は彼の隣にヒョイと身軽に座り、体を寄せた。 「カッコイー海のギャングシャチー! ねェねェ」 スリスリとすり寄る彼女にすっかり陥落したシャチは満更でも無さそうに声を上げた。 「しっ、仕方ねーなァ!!」 「サッスガー! それでこそシャチだよッ」 ベタ、とくっ付く彼女に、トラであった時を思い出し、グリグリと頭を撫でる。残念ながら釣り竿は当の昔に放られ、今晩の彼の食事は期待できそうに無い。 秘密ごとを伝えるように、×××の頭を横から掴むシャチは少々強引に頭を引き寄せた。手触りの良い×××の髪が、彼の指に絡まる。 端から見れば恋人同士のように突き合わさる顔の距離に、二人も、周りの船員も気にした様子は一切無い。 「うむ、それでな、ごにょごにょ…キャプテンは…色白が…ごにょ…―胸は…、顔は―ごにょごにょ…――従順で―…笑顔だなごにょゴニョゴニョ―…儚げで…――……ごにょごにょごにょ!! 顔以外は取り敢えずお前の正反対な!!」 微笑ましく見守られる二人がソッと顔を離す。わははと笑うシャチに、苦虫を噛み潰したかのような表情の×××。 「…マジか…。いや、…え〜」 「え、ロー…それって本当?、だ!!」 「え、ロー…それって本当?」 シャチの裏声に合わせてリピートする彼女は、鏡になるように、彼と反対方向に頭をコテ、と傾げた。指を顎にちょこんと添える事も忘れない。完璧だ!と遠くで誰かが歓声を上げた。 それからシャチの完全船長のタイプコピー講座が始まるのだった。 「しなを作れ!」 「うっ!」 「谷間!」 「谷間なんかねーよ!」 「おっと悪かったな…」 ―昼過ぎ。 二人がこそこそと喋りながら、彼の登場を今かと待っていた。海賊団の船長であるトラファルガー・ローと言う人物は午前に、船員に顔をあわせることが基本無い。一日会わない事だってあるのだ。どうにもマイペースな彼は集中し始めるとゆうに一日は食事もトイレも忘れて部屋にこもるのだった。 シャチからチラリと外した視線の先、どんよりと重い雰囲気と隈を携えて、フラフラと食堂に入ってきた我等がキャプテンは、手頃な席にドサッと投げ遣りに座った。 「あ!」 「おっ、ほら見ろ、キャプテンのあの隈。昨日より一層濃い。多分、いや絶対三徹目だ。今、目を少し見開いて三回瞬きしたろ? すっと、何時もより2%濃いコーヒーを飲む筈だ。先回りして持って行け…ッ。その時のセリフは覚えているな?」 何故お前はそこまで細かく知れる、と突っ込んでくる人は居ない。なんたってハートの海賊団は生粋の船長ラブな奴しか居ないのだ。これくらい把握していて当然なのである。 「ロー、お早う。目覚めに優しいコーヒーだよ。ベポは甲板で日干しになってるから呼んできた方が良いですか?」 ×××はシャチの異常な程細かい彼に対する言葉につゆほども気付かず、覚えたてのセリフを吐いた。 すかさずシャチのダメ出しが入る。あ、これ、小声で行われています。 「ベポは甲板で日向ぼっこ、だ」 「ううっ」 「ほら行けッ間違えるなよ!」 バシッと肩を叩き、碧眼が鋭く×××をとらえる。 「…へーへー」 シャチに投げ遣りな返事を返しつつも、彼に背を向けた時には真剣そうに伸ばされた背筋が彼女の、これに取り組む姿勢が如実に表れた。 彼女が、テーブルに頬杖を付きながら大あくびをしているローに近付いていくのを遠くに眺めていたシャチに一人が近付く。怪訝そうな声に一部ニュアンスが違って込められる。 「所でおまえ達は朝っぱらナニしてたんだ?」 「×××の調教」 ガタリと音を立てて引いた椅子に、PENGINと書かれた防寒帽を被った青年が腰を落とした。天辺についたふさ飾りがふわりと揺れた。反対に、鍔の下、影になった目許が微かに歪む。 「…響きを良くすりゃ良いってもんじゃねーぞ、シャチ。×××を儚げ一途美少女にしろ!」 静かに訥々と喋る声が段々と上がっていく。シャチは彼を見ずにニヤリと笑った。 「じゃあ黙って見てりゃおれの成果が見れるぜ」 「ほう」 籠もった返事は次第に彼女に向けられる視線に比例して小さくなっていった。 ×××が、彼のもとに向かう途中、分かったかのようにコックが出来たてのコーヒーカップを×××に手渡した。×××が微かに驚き、得意気に笑う。すれ違う間際、やるじゃないか、と尊大な態度で朗々と言えば、コックは苦笑とも取れる様子で笑った。 覇気の感じられない、まるで針金細工のように細く、薄い背。×××の瞳は、自分が意識していない内からゆるりと溶けた。ゆっくりと息を吐く。恐ろしく甘い声が、空気を震わせた。 「ロー? お早う。目覚めに優しいコーヒーだよ。ベポは甲板で日向ぼっこしてるけど、呼んできた方が良いですか?」 気遣うように背をスルリと撫でる。 「ああ、頼む…」 うっそりと視線だけ彼女に投げたローは、確かに何時もより濃い隈。それは、深海に似た濃紺の瞳より目立った。クッ、と目が細まり、殆ど隈しか見えない。うなだれながらカップを受け取り、ごく自然に口を付ける。食堂をしゃなりしゃなりと歩きながら出て行く×××の後ろ姿を、湯気の立つそれ越しに眺めて、その不自然さに目を白黒させた。 「…!? ブーッ! げっほっ、」 「キャ、キャプテンンン!? 甘ッ甘かったですか!?」 ローをカウンターの向こう側で見守るコックがガタガタとあちこちの食器を騒がせて、彼の傍らに駆け寄る。 「ッいや、え、今のは誰だ?」 吹き出した微量のそれを拭うコックは、困惑に満ちた声で、唖然としながら口元を拭う。珍しくぱっちりと目を見開くローを見上げる。 「え? ×××ですけど。どうしました?」 「…」 無言で、ゆうっくりとシャチに視線を配る。グッと親指が立ち、ローは額やこめかみ辺りを指で揉んだ。 「…」 シャチの傍らに佇むペンギンは、あんぐりと顎を落としていた。シャチの得意げに鼻の頭をこする様子に目を向け、取り敢えず握り拳でその彼の特徴であるキャスケット帽ごとポカリと叩いた。シャチが声をあげる前にペンギンが未だに驚きを隠せない様子で口を開いた。 「お前ェ…。猛獣使いって言っても良いんじゃねェ…?」 「って、え、マジ!?」 「おう、マジマジ。×××限定の」 「…なんだろう微妙に嬉しくない」 「(何だかんだ言ってもお前らちょう仲良しなのになー)」 ペンギンの心の声は、結局彼に伝えられずに終わった。 ×××がベポと共に帰ってくる。ちょこちょこと指で誘うローは、×××の第一声に顔をしかめた。 「ロー。」 「×××、また下らない事考えやがってんな?」 ×××はチラチラと視線をシャチに向ける。彼はパチンと顔の前で手を合わせ、へこへこ頭を下げた。 「おい、おれを見ろ」 「ロー?」 「その声、その呼び方。…キメェな」 「え、」 グイッと顎を掴まれ、ギリギリと締め付けられる。痛みに眉をひそめて、彼の手首を掴むが、まともな抵抗も出来ない。寧ろその痛みは胸辺りで感じるのだった。×××が弱々しい抵抗をしつつ、ローを睨む。 「キャスに何言われたか分かんねえが、偽物のテメェを相手する程おれはカラッポじゃねェんだよ。ナメんなブス」 ハッ、と鼻で笑ったローは、明らかに挑発するように嘲笑した。 ×××の目が瞠目し、次の瞬間には猛然と怒りが湧いた。ぐるぐると体中の血液が唸るように感じられる。顔まで熱い。 「ブッ、ブスですって!? ファルに言われたく無い! またいっぱい隈作ってそこら辺ヨロヨロされちゃメーワク! 私、老人の相手をしたくないのだよ!」 ローが×××の顎を掴むために込められた力は、先程見た萎びた様子の彼とは似ても似つかない。ギラギラと強い光を宿す濃紺の瞳に、×××は軽い畏怖の念を持ちながら気丈にも睨み付ける。 連れてこられたベポがワタワタと目に見えて慌てた。 「×××!? なんでキャプテンにそんなことッ」 「クッ、クックククッ! ハハッ」 「な、なんだし! 謝らないからな!」 突然笑い出すローは、×××に犬歯を見せた。ガチガチと歯を鳴らす。 「キャプテン! ×××、悪気は無いんだよッ、×××はキャプテンがッ」 凶悪な笑みを浮かべて口端を歪めたローは、ベポが口走りそうになるのを上から覆い被すように遮る。 「あ? ベポ、お前は相変わらず可愛いなァ…。ポチとは大違いだぜ」 「おい! 私はポチじゃない!」 「じゃあおれをファルって呼べよ、×××」 スルリと離された手。自然と×××の手も離れる事になる。噛みつかんばかりに詰め寄る×××に、ローは悠々と余裕の笑みで、彼女を見下ろした。 「イヤ。、なんでファルに命令されなきゃいけないのッ!?」 「×××…」 「あ、呼んだ」「呼んだな」 シャチとペンギンがあ、と小さく言う。ベポは解決したようにニコニコと笑って彼らから離れ、他の船員と話している。 ムッとした×××にローが声を上げて笑った。 「お前は精々おれの側で馬鹿やってろ」 「バカじゃないー!」 ギャンギャンと眼下で騒ぐ彼女を手の平で抑えながら、ローは至極楽しそうに笑った。 その性格も嫌いじゃねェんだからよ。と小さく呟いたのは脳内で、である。 性格のお話 <-- --> 戻る |