text | ナノ

「マルコ、お前大丈夫か?」
 目の前の金色の房を力無く垂らして、その下に見える手は落ち着かないとばかりに摺り合わせられている。徐に上げられた顔は、狼狽しているようにも見えた。珍しい、と思う。隠すように自嘲気味に笑い、おれを見上げる蒼は色を濃く宿していた。
「×××が馬鹿なことしなきゃな」
「…おー、お前も男だったんだなァ」
 珍しい、とまた、おれとしては自重して、心の中で呟く。医務室の扉の前に、寄りかかると、直ぐ右上にマルコの目が窺える。おーおー。相変わらず疎いんだなと一瞬微笑ましく思うが、
「は?…おめェと一緒にすんな。家族心配しちゃ悪ィかよい」
 その心底うざいと言わんばかりの表情は止めてくんねーかな。
 どの顔して、家族だなんて宣うんだか。もうちっと妥協しろよ!何時までも気付かないでいらんねーぜ?奴の顔は不快そうに歪められ、おれを見下ろす。だがな、それで怯むような奴じゃないってお前も知ってるだろ?
「うんうん、分かってるぜ! おれは分かってるからな! なッマルコ!」
「うぜェ…」
 ×××が怪我した。マルコの脳内でせめぎ合う焦燥感と怒りは、全部自分に対してなんだって、長年の付き合いで分かる。分かるぜェ、おめェは不死鳥で、×××はただの一番隊員だ。いや、ただ、って付けちゃいけねェな、女で、船で一番戦闘能力の高ェ一番隊員なら随分スゲェんだ。だが、女だ。そして、チイとバカなんだよな。しかも飛びっきりの隊長バカ。それで、不死鳥のマルコを庇って自分が傷を負うんだ。おおっと、最高のバカだったぜ!
「ハハハ」
 二人の焦れったい想いのすれ違いにおれは笑うしか無かった。バカだよなあ!

 でも、×××は驚異的な回復をしてみせた。まあ、実際怪我も大したこと無かったし。それでまーた、バカ面引っさげておれに走り寄るんだ。おれもそのバカな提案を二つ返事で了承するくれェはバカなんだろうけどよ。つくづくシスコンなんだ。だって可愛いじゃねェか!家族思いとはおれのような奴のことを言うんだぜ、マルコ。彼女の後ろに付いて歩き、ニマニマと頬を緩める。
 甲板に出たおれと×××は、早速マルコを見つけた。×××の表情が目に見えてキラキラと輝く。突進でもかましそうな彼女の肩を抱き込んでそれを止めた。そして変わりにおれが声を上げる。
「おーい!! マルコ! 見ててくれよー!?」
「たいちょー! 海戦の時の私のマネ!」
 ×××がキラキラと笑顔を振りまき、直ぐ真面目な顔をした。寸劇の始まりだ。笑いを頼むぜ我が四番隊。
 たいちょー!と特徴のある声が響く。おれは飛び出してきて、盾になった彼女を見てびっくりした顔をするんだ。彼女の向こうから覗くマルコの目も不意打ちに驚いたように見開かれ、おれと彼女の寸劇を見守った。
 そして崩れ落ちたおれを×××が抱き留める。女の腕なのに、がっしりと安定感のある支えは、やっぱり一番隊員なんだなあ、としみじみと思う。
「たいちょー!しっかりして下さい!」
 えーと、こんなセリフかな?とその場に居なかったおれが適当に繕う。付け焼き刃の寸劇だし、マネって言っても面白けりゃなんでもいーんだ。
「×××、×××か? おれは、もうだめだ。お前だけでも…生きてくれ…! ガクッ」
 取り敢えず、マルコ。おめーまじ顔怖えェーよ。間近に×××の顔を認めて、おれはソレっぽく視界を閉ざした。
「たいちょー!!…どうでした?」
 彼女もノリノリで叫ぶ。ふと雰囲気を通常に戻し、ニマニマと笑うおれに、ニコニコと笑う×××。マルコのこめかみに井型が見えた気がした。
 わいわいと周りが笑いに湧くのをマルコが鋭い視線で鎮める。いや、静まらなかった。ギャハハハと笑う四番隊。ナイスだぜ!
「おい、ちょっと待てよい。おれァそんな弱かねェ。勝手に記憶を改ざんすんじゃねェよい」
 彼女と並んでにこにこと笑い、彼の前に並ぶ。サイコーだったぜ!!と何処かから賛辞の声が上がり、一々反応を返す。マルコの不服そうな声におれは思わず返した。
「まさかッ」
 実際彼女がこんなにも逞しく彼を助けた訳ではなかったが、冒頭は確かに正しい。おれの心底驚いたような声、そして、×××の肩を抱こうと腕を上げた所で、マルコのチッ、と激しい舌打ちが聞こえる。
 あ、こりゃヤバいと思った時にはブンッと風が唸っていた。
 気付いた時にはおれは聴衆だった四番隊の奴らにキャッチされていた。うん、何人か下敷きにしちまったな。わりィ恨むならぜひマルコで。しかし楽しそうに笑うのがおれの可愛い奴らで、心配と歓声しか上がらない様子に、ホッと息を吐く。にしても相変わらずキレのある蹴りだぜ。余り痛くはねェんだけどなー。家族愛を感じるぜッ。おっと、視線が痛い痛いッ。
 そして×××は、マルコが怒った理由を、おれが、彼の役を変に軟弱化したことだろうと考えたのか、取り縋るように、ムッツリバナップルを必死に見上げる。
「私が隊長を守ったんです!」
「…おれがおめェを医務室に担ぎ込んだんだがなあ…」
「イヤァ、あん時の×××はカッコ良かったぜ」
 ×××ちゃん×××ちゃん気付いてくれ、お前が真っ直ぐ見上げてるオッサンがだらしなくにやけてるのを。おれの方に視線を移さず、ニコニコとおれの言葉に反応する×××は可愛いが。なァ×××ちゃん。その君が見上げているオッサンに蹴り飛ばされたサッチおじさんを心配してくれねェかな。
「うふふ、そうでしょう。なんたってアレです日曜日放送のカイゾクンジャーのレッドがモデルなんですから」
「×××なァ…、傷が残ったらどうするんだい…。女だろうが」
 スルリと自然と、彼女の頬を撫でるマルコの手が信じられないくらい優しい。あー、そうですか。無意識も甚だしいですね。おれが徐に立ち上がり、四番隊と食堂の上の小さな甲板に移動する。分かっているように、彼らを傍観するためだ。中でもおれは、船の側面の方を向き、白波を立てる海に視線と思いを馳せた。あー、可愛い妹がオッサン手込めにされるなんて。と一人苦笑する。
 マルコの声が甘い。でも、×××はいつもの如く、彼に返す。
「え…、まさか隊長ッ私を心配して…えっそんなっ照れますッ。それに私、おっさんはちょっとッ」
 これだから、彼が鈍感なのかもしれねェな。×××がポッと頬に紅葉を散らして、顔の前で両手を降った。
 マルコがはあ、と呆れた声を出す。おれには安堵からくる溜め息だとも思ったが。
「ハ、何馬鹿なこと言ってんだい。これ以上女捨ててどうすんだ。誰も嫁に貰ってくんねェぞ」
「せっ、セクハラですー!サッチ!ねェ聞いたサッチ!…あれ?サッチ?」
 遅いよ、×××ちゃん。おじさんはもう上です。マルコがわたわたと慌てる彼女に向けて、悪人面でニヤリとほくそ笑む。楽しそうで何より。
「所でお嬢さん、説教と特訓される準備は良いかよい?」
 声まで弾んでいる様子に、おれ含め、四番隊はからからと声を上げて笑うのだった。下から、おれを見つけた彼女が、駆け上ろうと、マルコに背を向け、走り出すところを、襟首を捕まえられ、止められている。
「サッチイイイ!!助けろコルァ!!ァァアアアァア!!」
 おれは最後にばかりと手をひらひらと振った。マルコが一つ、手を振り返して、ぼそぼそと彼女の耳元で何か呟く。ボンッと爆発する勢いで顔を赤らめた×××は怒りからなのか(いや多分羞恥心からなのだろうけど)、更に声を上げた。
「楽しそーだなァ」
 四番隊が彼らをはやし立てた。
(…マルコ、お前気付いてねェかもしんねェが、戦闘員に対して女だからって心配する奴じゃねェぜ?お前は。…あー、今日も快晴だなあー×××の悲鳴が良く聞こえる)(ァァアアアァア!!ゴメンナサイマルコ隊長ォーオ!!)


某隊長による内情実況

――
 「52c」の頭頂キノコさまへ贈ります。
 ちょい甘を目指しました。戦うヒロインがいまいち分かりません。逞しい女性で宜しいでしょうか?それ風テイストになっていたら嬉しいです。
 相互ありがとうございます!これからも仲良くしてやってください(>д<)

2011/10/10
<-- -->

戻る