text | ナノ

 男性に対して許せないことは?そう聞かれるならば答えは決まっている。…性に対してだらしない人。海賊という生業をしている身にとってはそれを実現するのは実に難儀なことと思う。海戦を始め、戦闘で高まる興奮はもれなく性的な興奮をもたらすのを私は知っている。しかし、それが自分に向けられるとしたら話しは別だ。丁重でもなくお断り願う。
「アーンちゅわーん。おれのマイスウィートエンジェル、どうかあなたの為に傷付いたサッチの心と体を癒しておくれ」
「お断り。アナタのでもないわ」
「アン〜…」
「アナタにはそう呼ばれたくないと何度言えば良いのかしら」
「いやさ、おれ今回はしくっちまって。まじめな話、治療してくんね?」
「え?」
「その白魚のような手で患部を撫でられたらいっそ昇天しそうさ」
「…船医に頼む事ね」
 思わず上がる視線は、彼を撫でるように滑ったが、見つかったのは、捲っている腕の一部が擦れているだけだった。投げる視線が一気に冷たくなる。ぶらぶらを患部を見せつける彼を強く睨み付け、私の声は一層冷たく響いた。え〜と不満げな彼の言葉はいっそ無視だ。
「えー、今心配してくれたじゃねェか」
「自意識過剰も甚だしい」
 最後まで取り縋る彼は結局、自分で治療した。他のナースの視線が痛い。クスクスと微かに零れる笑い声に、噂好きな彼女らの中で構成される、私たちの関係が手に取って分かるので、嫌だった。そして、彼の治療が終わると早々に蹴り出すのだった。
 もう、何日も陸に上がっていない男どもの性的欲求は日に日に増していると思う。中には羊の穴を使っていたす位だから、何だか哀れだ。しかし夜な夜なナースの内の何人かは、決まって部屋に強い性の匂いを纏って戻って来るのだから、良い思いをしている男はいる筈なのだ。私は、微かに仄暗い思いを抱く。家族なのに。と思っても、やはり男と女の性別は断ち切れないのだと。
 今日もまた、オヤジ様の体調が芳しくない。分厚くなっていくカルテにサラサラと現実逃避したくなる状態を書き留めていく。そんな暗い表情を読み取ったのか、オヤジ様の闊達とした笑い声が部屋の空気を揺るがした。
「アン、おめェの笑顔が無きゃ良くなるもんもならねェよ! しみったれた顔すんじゃねェ。当の本人の気分が落ち込むだろうが!!」
 落ち込んでいる様子など、少しも見せない彼が、こう言うということは、純粋に私が心配だからだ。ポウ、と頬が熱くなる。
「オヤジ様…」
「おめェのキレーな笑顔が見てェんだよ。娘の可愛い笑顔がなァ。あ?」
「っはい!」
「グララララッ、ほら、船医に報告してこい。おれァ大丈夫だって」
「はい。お薬の追加を報告して来ますわ」
「おーッとォ…。そうか」
 キラキラと自分でも思う最高の笑みを浮かべる。困ったように笑うオヤジ様に一層恋慕に似た想いを募らせて船長室から出る。はぁ、と熱い溜め息を零してカルテを胸に抱いた。
 すると向こう、廊下の角からリーゼントが見える。あ、と思った時には向こうも私に気付いたようで、クリと目を丸くさせて私に手を降る。通り過ぎれば良いのにと思う私と、彼の思いが混じり合う事は多分無いのだろうと思った。
「アン! オヤジの定期検診か? おれも付いてっていいか?」
「もう終わったの」
 駆け寄る彼の雰囲気が何時もと違うと思った。少し身を引いて、カルテに力を込める。何でも無いようにツイ、と横目でリーゼントを見る。ああ、そうだ、と変に納得してサッチの目元の傷をチラリと見た。
「ありゃ、そっか。どうだった?」
「…私達がオヤジ様を悪くすると思って?」 クイ、と上げられる片眉に、そうではないんだろうと思っても、言葉に棘が籠もる。だって、彼の目が微かに瞠目した。
「え! そういう意味じゃねーよ。元気かって聞きたいだけで」
「元気よ。オヤジ様を見れば分かるでしょ」
「そうなんだけどさ。アンのその桜色の可愛い口から聞きたくて」
「…あ、そう。アンて呼ばないで」
 彼の唇から零れる口説くような言葉が、酷く軽く聞こえて、スと脇を通り過ぎる。一瞬、眉を潜めて、彼を睨んだ。こっちはまだ仕事があるのに、彼は私から離れようとしない。そして、ピッタリと横に張り付かれて、一層顔が険しくなる。アナタのせいでシワが増えたらどうしてくれるのよ。と勝手にひとりごちて、出来るだけ表面の感情を奥に沈めた。
「つれねェなァ」
 ニヤニヤと口端をイヤらしく歪めて、眉を下げる。付きまとう雰囲気にウンザリした。
「アナタにだけよ」
 だから、いきなり抑えたような、真剣な声に一瞬身体が動きを止めた。
「アンリエッタ」
「な、何」
 自分の金髪にふわりと空気をはらませて、その言葉を吐いた男を見やる。また、ニヤリと色を含ませて私を見るサッチに、キュッと唇を引き締めた。
「んにゃ? 何でもねェ、が。そんなツンケンしてっと可愛くねーぞって言いてェだけ」
「は、だからッアナタにだけよッ」
「あーはいはい」
 スルリと腰に回される逞しい腕。甘い声。一瞬で、彼の触れている所が粟立つ。沸き立つ香りにぎゅっと柳眉を寄せた。足が止まり、引き剥がそうと手を掛ける。
「一寸!! 止めてッ」
 余りにも違う力にゾッと背中に緊張が走る。サッチのドロリと濃い視線に、強い引力を感じて、そして強い匂いが鼻を擽り、体が固まる。
「なァ、何でおれは駄目なんだ? こんなにおめェを想ってんのによォ…愛してんだぜェ。…アンリエッタ」
「し、信じらんない!! 私に触らないで!!」
 甘い、甘い、声。…匂い。逞しい腕に食い込ませていた指は何時の間にかそこを離れ、手のひらは、彼の頬を捉えて、そのまま振り切った。
「ッ、おー、イッテェ…」
「ぁ」
 ジイン、と時間を置いて私に現実を感じさせる。シイン、と空気が重くなった。
「分かった。悪かったな」
 信じられないとひっぱたいた彼の頬。外側に捻られた首もとからは大凡彼が使うと思えない香水。誰が使っていたなんて考えを巡らせたくもない。傷付いた風な顔で去っていく彼に私は怒鳴りつけたくても、結局無言でその白い背中を見送った。

最低男!!
(合図を受けとって!!)



サッチを最低な男にしたい。ずっと前の話。アンリエッタとは付き合って無い頃。
だから浮気でも無い。けど気分は害される感じの男なんだな。
Love!(企画)に提出。此方は名前変換ありです。

2011/10/09
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