text | ナノ


 ガンガンと何時もより激しく叩かれる扉。×××は眉を潜めて、その奇異の原因を確かめるべく、何時もは返事をし、入ってくるの待つところを、自ら立ち上がってその重厚な扉を開いた。
「何? もっと静かに戸を叩けないの?」
「お嬢様! 何事もお変わりはありませんね!?」
 詰めて言い寄る衛兵に、×××は些か眉根を顰めたが、緊急時なのか、文句が口をついて出ることは無かった。冷静に返す。
「無いよ、どうして?」
 心が落ち着かない様子の衛兵は、二三、深呼吸をして、己を苛めた。こういう時こそ冷静出なければ、何も始まらない。
「…落ち着いて聞いて下さいね。今、海賊がそこら中で暴れまわっているようです。何をしたいのかはさっぱりなんですが、相当な人数でもってあちこちにバラケているようです。城は絶対死守いたします! だからどうかお嬢様はお部屋で静かにお過ごし下さい。外に出てはいけません! 分かりましたか?」
 まくし立てる言葉は、後半勇んで、胸を大きく膨らませた。そして彼女を覗き込むようにして窺う。
「えっ、う、うん。えっと、死なないでね…?」
「…お嬢様は命に変えても守ってみせます! それでは」
 ×××が、予想以上の事態に、静かに息を詰まらせ、しかし想像できない現状に、ただ、あやふやに言葉を返すしか無かった。それに衛兵が暗に、否と返して、扉の向こうに消える。
「…マルコ、顔色が…? 大丈夫よ、国の傭兵達はそんなに弱くないわ」
 慰めて、安心させるような言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだ。
「あ、いや、そうじゃなくてねい。ここに来れるほど丈夫な船が来たのかと思ってよい」
 柳眉を寄せて、顎髭をさする彼の様子に、×××は漠然とした不安を覚える。衛兵の言葉を聞いてから落ち着かない心臓を、マルコは分かっているのか、ちょいちょいと指で誘う。特に言葉も無く、すり寄るようにして隣に腰を下ろした。ポンと手の平が置かれ、彼女の頭を滑る。お座なりな彼の手に一層、不安に駆られた。
 ジッと時が流れるのを待っていると、初めは気付かなかった騒動は勢いを増しているのか、段々と騒音が大きく、聞こえるようになっていった。ぼそぼそと人の罵る声や、叫び声なども聞こえはじめ、×××は誤魔化すようにマルコに抱き付いた。
「マルコ。怖い…」
 どこか遠くで聞こえる破壊音、雄叫びが上がる度、×××はギュッとマルコにしがみつく腕に力を入れた。答えるように背中に回される腕。暖かい手が背中を優しく這う。
「…」
「マルコ、逃げなきゃ、私たち」
「どこへだい?」
 至極落ち着いている声は逆に、×××の不安を助長した。ブルブルと、掴む手が震える。力を込めて、それを収め、小さく叫んだ。それも震えている。
「…どこかッ、〜…分かんない! でも、安全な所」
「此処は?」
 駄目なのかい、と続けようとして、バン!と同じ階の廊下から聞こえる気がした。×××は、ただ近づいてくるそれらに怯えた。
「分かんないよゥ! でも、やだよ、マルコ! 私たち、どうなっちゃうの!? ほらっ、キャウッ」
「…いいか、良く聞けよい」
 言った言葉は強く響いた。ぐっと彼女を抱き込んだマルコは直ぐに彼女を離す。出窓まで歩いていき、ユッタリと寄りかかる。ついでに開け放たれた窓からは一層クリアーに外の騒音が聞こえた。
 ダンダン、バンッ、と扉の外から騒音が混じる。×××は目を見開いて、空回りしながらなんとか彼の元へ行こうとして、しかし、外からの怒声に身を強ばらせ、部屋の真ん中で足を止めた。
 恐怖で引きつる顔をマルコがジイと、一見冷たそうにみえる冴えるような蒼い瞳で、見つめる。遅れて、×××がコクコクと激しく首を上下に振った。扉が蹴られて、バンッ、と激しく音を立てて振動した。催促されているように×××の心臓がばくばくと大きく鼓動する。
「此処にいても破られちまえば終わりだよい。だが、おれはおめェさんを連れて飛んでいける。空には誰も追いかけて来れねェ」若干彼の口調も早口になった。
「でも、ヒッ、お父様とお母様がッ」
「…×××、おめェの父親と母親はおめェを捨てたんだよい。だがおれなら両親から貰えなかったもの全部やれる」
「ホントウに…?」
「本当さ。おれァ思ってたよりもおめェさんが好きみたいだからねい」
 笑うと、目尻にシワが入るのだ。歪められたそこに、細く見える蒼に、×××は目を奪われた。心音が口から漏れ出そうだった。もしかしたら向こうにも聞こえているかもしれないと、馬鹿げたことを×××はうっすらと考えた。
「まるこ…」
「×××、おめェの持ってる世界は小さすぎる。おれがもっとおめェをもっとでっけェ所に連れてってやる。色んなものを見せてやる。欲しいものは全部見つかる。だから、こんな城なんか捨てちまえ。おめェには物足りねェだろうよ。な?」
 ダンダン、と扉の向こうが煩い。答えは急を要していた。恐々と見開かれたまま、呆然とマルコを見つめた。その冷たい蒼を見つめた。静かに燃える炎に見えた。ニヤッ、と口端から僅かに歯が覗く。
「助けて欲しいかいお姫様」
 コクコクとまた激しく頷いて、ピッタリとマルコにしがみつく。余裕の出来た×××はニコッと小さく笑った。
「これじゃ王子様じゃなくて、オジサマね」
 そしてまた扉が鈍い音を立てて、彼女はピャッと彼に顔を埋めた。とんだじゃじゃ馬だねい、とマルコが微笑して、直ぐ真面目な顔になる。ギギャ、と金属が擦れる音に、もうこの部屋の耐久も僅かだと悟った。
 怖がってプルプルと震える彼女を見下ろし、頭を撫でる。真剣な表情を保ちながらも、その声はとろけるように甘く響いた。上がりまで、あと一歩だ――。
「よし、もうふざけてらんねェよい。しっかり捕まってな」

 不死鳥が窓の外に飛び立つ。城の周辺で争う海賊達は、それを見上げ、歓声を上げた。青く炎を撒き散らす鳥はそのまま、城上をぐるぐると二周、大きく旋回し、湿気で立ち込める薄暗い視界をクリアーにしながら、海へ向かって悠々と風を切るのだった。その青い鳥の背にしがみつく少女に気付いた者は誰一人としていない。

自由を捨てた日曜日
(奴隷やってたかと思えば悠長に…で、その子は?)
(あん?…最高の誕生日プレゼントってとこかねい)

2011/10/05

 ハッピーバースデー!マルコさん!
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