つい最近、瀕死状態を保護し、猫可愛がりしていた彼は、なんと異世界の海賊猫だった。そして異世界では猫が喋れるのだ。なんて素晴らしい世界なのだろうか。そして、何故か此方の世界で迷子になった彼が、帰れるまで、私が面倒を見ることを了承してくれた。 早く、家に帰りたいと思い、いそいそと準備をする私に声をかけるバイト仲間の佐々木さん。 「ねぇ、×××、最近早く帰りたがるけど、彼氏でもできた?」 「え?…やだ、そんなにそわそわしてます?」 「無自覚〜?だってやけに時計みるし?あっと言う間に帰る準備万端よ、ちょっと…、手ぇ動かすのやめなさいよ」 「あっ」 無意識に動く手を指摘され、驚きに、持っていたハンカチを落とす。 「全く、…で、誰よ?」 それを拾い上げ、流れるように肩を組む佐々木さんに、私はそんなに帰りを待ちわびてるのかと、羞恥に頬に紅を散らした。 「違っ、違いますよ〜、あの、最近猫を拾って、怪我してたんです。それで心配で、」 慌てて、どもる私に、佐々木さんが胡乱な視線を寄越す。 「ははぁん、仕方ないわね、良いわ今は、だ、け、ど、今度会わせてよね」 「さ、佐々木さんっ、私、本当にっ」 赤い顔の誤解を解こうと、呼び止める彼女に、店長が早く来いと呼び出しが掛かる。パチ、と綺麗にウィンクした彼女は、後ろ手にひらひらと手を振りながら、行ってしまった。 ハァ、と溜め息をつき、確かに、最近は彼に掛かりっきりだなあ、と思い返す。話しによると、彼は敵襲(私に馴染みのない単語に、本当に海賊なんだと思い知らされる)の真っ最中に此方にきたと言うし、その内帰れるだろう、と空を見上げて言う彼は時間が経つ程、切なそうな雰囲気を纏う。私が大学やバイトで家を空け、独りの時間になる度、彼は仲間の安否を想うほか無いのだろうと思うと、少しでも近くにいてやりたいと思うのだ。 今日は私が彼に特別、ご飯を作って上げようと、鍵穴に鍵を差し込む。 「ただいまあ」 「にゃいにゃい」 足に頭から、尻尾の先まですり寄るマルコを抱き上げ、額にチュッとキスを落とす。くすぐってェよいと笑うマルコにもう一度ただいまと言っておろしてやる。ハァ、とため息は無視で、夕飯作るから、適当にテレビでも見てて、と電源を入れながら言う。この流れももう馴染んでしまった。 マルコが未だに興味津々で、テレビを見つめる中、私は早速マルコの為のスペシャルキャットメニューを作り始めた。 いい匂いに誘われて、リビングにやってくるマルコ。 「これ、おめェさんじゃねェかい?」 「んーん、マルコのだよ、あとこれザルにあげるだけだから…」 と言って沸騰しているお湯を捨てようと鍋を持った時だった。突然、グラ、と小さな揺れがきたかと思ったすぐ後に、対処する暇も無く襲う地震。あ、と思った時には立っても居られず、熱湯が私に降り注ごうと、 「×××!!」 バシャンッ、と勢い良くそれを被ったのはマルコで、て 「マルコ!」 「触るな!火傷するだろ!」 「ばか!マルコが火傷…!もう!冷水っ、きゃっ」 突然私の視界に滑らかなゴールドの毛並みが現れる。全身に熱湯を浴びる彼の身体はただれて、未だ激しく揺れる地面にとても立って居られない。水道の水が欲しいと思ったら、マルコの全身を青い炎が包む。 「マルコ!?え…!?し、死んじゃやだ!」 「死ぬかよい、バカやろう、痛ェ、叩くなよい」 青い炎に包まれた彼を両手に抱き、火を消そうとバシバシと叩く。シュゥ、と収まる火から現れたのは何事も無かったかのようにピンピンとしたマルコで、訳が分からないと、目を白黒させた。 イテェイテェと喚くマルコを両手で持ち上げた私は全身、火傷が無いか、見回す。気付いたらもう地震は終わっていた。遠くでテレビが、地震の緊急速報を流していた。 「…無事?」 「あー、あのな?おれァ不死鳥なんだよい…。だから怪我なんか直ぐ治っちまうんでい」 「へぇ…、て!ビックリするじゃない!こっちはどれだけっ」 気まずそうに目線を下に落とすおれは、気のない返事をする×××にヒュッ、と息を詰まらす。やはり、と思ったところに落とされる続きに、目を見開く。震える声に思わず彼女の顔を仰ぎ見る。辛そうに眉間に皺を刻む彼女に胸が刺すように痛んだ。 「おれァ死なねェ、心配すんな」 ぺと、と肉球を頬に当て、笑ってくれと切望する。しかし、このこの言葉は失敗だったらしい。 「だからって!そんな身投げみたいな事っ、しないでよ、ウッ、いっ、いくら治ったって、怪我、ひっ、すれば、痛いんっだからぁ〜」 震える声に怒りが滲み、しかも耐えきれなかった涙がボロリ、と落ち、それを始めとして、ダーッと流す涙が止まらない。 「あ〜…、…よい、泣くなよい…、悪かった、…×××」 困ったことになった。どう慰めてたら良いのか分からないおれは耳を伏せ、頭を顎の下に押し付ける。 「ばかぁぁあ」 「よい」 「あぁぁん」 「×××…」 ざらざらした舌で泣きじゃくる×××の頬、目尻をペロペロと舐める。子供っぽい様子に不謹慎ながら可愛いと思ってしまうダメなおれは喉を鳴らす。 「ヒッ、わた、私、怒ってるんだからね!」 「ああ、分かってるよい」 心配してくれてありがとうと、クスクス笑みを乗せながら言った言葉に、×××が泣きながら強く言う。全く怖くないそれにクスクス笑ってもう一度頬を舐めて、頭をスリ寄せる。 何とかなだめすかし(おれの困り果てた様子に、恥ずかしくなったのか、頬を赤らめて、許すと言われた時にゃ、可愛さに悶えるってもんだい)、もう一度、夕飯を作り直して、頂いたそれは、何時も何かと工夫してくれるご飯も当然のごとく美味しいのだが、それなんか比じゃ無いほど美味で、ワインも特別に、少し頂けた。ほろ酔い加減の×××がふにゃふにゃと笑い、おれは当然のように×××から与えられるキスの嵐を脱力しながら受けた。もう、どうにでもしてくれ、いや、勘弁してくれ。 ゆっくり食後の団欒も一息つき、ベッドに沈む×××をおれが見つめる。 本来の姿で×××を見つめるおれは、不思議とああ、帰るのだと思った。暗闇で白く、鈍い光を灯す手は、彼女に触れようとした側から向こうへ通り抜けようとする。思えば二週間、彼女にはめいっぱいの愛情を注がれたな、と思う。それがペットに向けるようなものでも、言葉では言い表せない程甘美で心地よい時間だった。不死鳥で不死を持つおれを恐れの目で見ること無く、怪我をすれば痛い、と心配する彼女を一層愛おしく思い、頬を撫でるように消えかかった手を滑らす。 連れて行くことは出来なかったなあ。なん往復か手を滑らし、ゴメンと口をパクパクと形だけで言い、その穏やかな呼吸を繰り返す、薄く開いた桜色の唇にそっと自分のを掠めた。小鳥が啄んだような、バードキス。顔を離し、綺麗に整った寝顔を見つめる。キュッと眉を寄せ、身じろぎして、ふにゃと柔らかく笑う。ああ好きだ、と思い、フッと浮上する感覚に苦笑した。 白ひげ海賊団、一番隊隊長の情愛 いつものように、目が覚め、自然とあの子を求める手に、温もりが無い。そこで一気に覚醒する頭。バッ、と布団を剥ぎ、昨日彼が丸くなっていた所は皺が寄り確かに存在していた現実とは裏腹に、冷たいシーツ。 頭にストンと落ちた確信。 「…帰ったんだ」 ああ、良かった。と続く筈の声が出ない。これで良かった筈なのに。彼は仲間を心配し、言葉にはしなかったものの、時々遠くを見つめていた。きっとその先には彼が話してくれた人々がいた筈だ。顔も穏やかに話す様子は本当にその人たちが好きなのだとヒシヒシ感じた。本当に、帰れて、良かった? 「…」 ツ、と流れる一筋の涙を舐めとってくれる子が居ない。幾度となく別れを経験してきて居るのに。溢れんばかりの愛情を与える度、嫌そうな顔が、渋々となり、諦観になり、仕方ないなあその裏に喜びが見え隠れしていたその様子が一等―――――。可愛らしい容姿に似合わない渋い声、独特な口調。意外と短気。あの子のそんな所が―――――、 使用するのなんて数える程も無かったそれらを再び物置に押し込み、余った猫缶は仲のよい愛猫家に分けた。彼がいた証拠が無くなっていくと、堪らなく辛いけれど、私は段々と彼が居なかった頃の日常に戻っていく。 「×××〜」 「…はぁい」 間延びして呼ばれる声に、手を止めてそちらを見る。佐々木さんが私の横に張り付いて、ニヤニヤと笑う。 「元気無いぞ〜、失恋でもした?」 「まあ、そんな所です」 「えっ!?…×××!今日は飲むぞ!」 私が佐々木さんに心配させるほど暗いのかな、と落ち込みつつ、未だに猫を彼氏と思っている彼女に淡々と返す。どうやらそれは予想外だったらしくて、気まずそうに目を逸らし、しかし直ぐ立ち直り、ガシッと肩を組まれ、綺麗な顔が私に迫る。少し身を引くと、私の返事より先に店長の雷が落ちた。 「こらっ、そこ仕事しろ!」 「すみません…」 「ひっど〜、×××はきちんと仕事してるでしょうが」 「お前だ佐々木!」 「はいはい」 大人しく謝り、作業を再開する。佐々木さんは不服そうに口を尖らすが、話しの方向転換を間違えたらしく、再び店長に一喝され、撃沈していた。そんな彼女の耳元で店長の目を盗みつつ囁く。 「佐々木さん、今日は酔いつぶれるまで飲みますよっ」 「おうともさ、こーんな良い子振るなんてな、そいつには勿体無い、なんなら家くる?」 「あはは」 懲りずにまた私にくっ付き、本調子になる彼女。少し呆れて、対応に困る私。再び刺さる店長の視線。 「佐〜々〜木〜!」 マルコ、私、今はまだ落ち込んでて、帰ったことを素直に喜べないけれど、その内立ち直るから、心配しないでね。そして、仲間を想って幸せそうに、雰囲気が柔らかくなる君が、一等、好きだったよ。ありがとう。 <-- --> 戻る |