text | ナノ


 白ひげ海賊団、一番隊隊長であり、且つ老境にある船長の代わりに、船の総轄の一端を任されるマルコは、その時の事を後の後世にも記憶されるような出来事だったと言う。
 クライガナ島。一つの王国が島を統治していた。国を象徴するように島の何処からでも仰ぎ見る事の出来る城。城下町は煉瓦作りの家が立ち並び、緑も多く存在していた。
 王国の王族の末裔、唯の一人いる娘、×××は、彼女一人に何人も付く侍女によって朝のお召し替えをしてもらっていた。
「重畳(ちょうじょう)で御座いますわお嬢様」
「うん。下がっていーよ」
 手を横に広げ、まだ幼い胴体をコルセットで引き締めた。ぎゅうぎゅうに締められたそこは、今後暫くは気が抜けない。力を抜いてしまえば途端に息苦しくなってしまう。そんな些細な奇異さえも、彼女にとっては至極まともで日常だった。平身低頭のまま、下がる彼女よりも一回りも年上の彼女らを尻目に、×××は朝食の広間へと急ぐのだった。
「お父様、お母様。おはようございます!」
「おはよう」
「おはよう」
「…何をしているんだね? 座りなさい」
「はい」
 既に席に着く×××の父親と母親は、彼女に形だけの挨拶をすると、直ぐ視線を戻してしまう。×××の動かない足に父親が怪訝そうに目をやり、促した。
 侍女が引いてくれる椅子に腰を掛ける。彼女から、彼らは遠く、食事の際も会話らしい会話は無かった。
「あァ、×××さん。アナタももう物事の分別が出来る年齢ですから、社会勉強も兼ねてわたくし達から祝儀があってよ」
 ニコリと微笑む母親。ナプキンで口を拭い、指で何かを合図した。
「おまえにも奴隷の飼い方を学ばせようと思ってね」
「エリザ」
「はい」
 ×××の手前に、布で覆われた貢物(凄く大きい)が置かれ、シュルリと音を立てて、その中身が明らかになった。彼女の瞳が徐に見開かれ、暫し言葉が無くなる。すかさず父親の叱咤が入る。
「×××、その馬鹿みたいに開いたはしたない口を引き締めなさい。それよりも礼は無いのかね」
 ×××が一度ブルリと震えた。キュッと口を閉じ、プレゼントから視線を外した。
「すみません! お父様、お母様、わたくしには勿体無い程のプレゼントで、…大切にさせていただきます。ありがとうございます」
 ニコッと年不相応な綺麗な笑みを浮かべ、明るく声を張る彼女に、視界の端で何かが身じろいだ。ガタガタと金具を鳴らす。彼女の父親と母親は特に気にするところが無いのか、フムフムと頷いた。
「うむ」
「上手く飼い慣らしなさい。奴隷は使ってなんぼですからね」
「はい。お母様。あの、これから」
 そのまま薄い笑みを貼り付けた少女が母親を呼ぶ。敢え無くその声は父親に潰された。×××の笑みがビシリと一気に作り物のようになる。
「さ、私たちは忙しい。おまえは早く部屋へ戻りなさい。それについては一日の仕事が終えたら相手しなさい」
「はい。分かりました」
「エリザ、それを×××さんの部屋へ持って行きなさい」
「はい、奥様」
 ×××は広間を出て行く二人の後ろ姿をジッと見つめた。面でも被ったかのような様相に、気付くものは居なかった。
「お父様、お母様。ご要務お努めなさって下さい」
「×××さんも」
「あァ」
 最後に聞こえる返事も、まるで幻聴のように空虚感が漂う。
 広間を後にした×××は再び召し替えされ、四角形のラインでファーチンゲールが美しく栄えるアフタヌーン・ドレスに着替えた。そして侍女達を全て下がらせ、午前中から気にして病まなかったプレゼントの前に革張りの椅子を用意し、パスンと腰掛けた。
「…きれいね」
「ヨーイ」
 金をベースにしたドームのように大きい鳥籠。ディテールまで凝った装飾に、×××は暫し見とれた。その中に入っている生き物にも×××の目は釘付けになった。
 風もなくフワフワと揺れる羽は見事な青で、分厚い雲の切れ目から覗く空の色を思い出した。灯りの元でキラキラと光が波打つ様子をよく観察してみれば、それは煌々と燃える炎のようだった。冠羽が濃い青から境界線に向けて黄色く燃え、サラリと胴体に流れる。目を縁取るような、眼鏡のフレームに似た模様が鮮やかな黄色に色を変えて、青と黄のコントラストが美しくその鳥を際立たせた。尾が長く、平たく数珠の様な形をして、三本ゆらゆらと自由に揺らめいた。
 まるで御伽噺に出てくる鳥みたい、と×××が心の中で呟いた。
 そっ、と白い手を伸ばす。首に付けられた奴隷用の無骨な首輪が恐ろしいほど似合わない華奢な首に指を埋めた。第一関節が埋まるほどで、想像していた以上に熱を持っていた。鳥籠の柵越しに何度も撫でさする。クルルルと細い声と、嘴が彼女の手の甲を優しくつつくことで、その華奢な手が籠の中から消えた。つつかれた甲をスルリとさすった。
「名前は、何にしようかな…。お母様の奴隷はイチゴウとかニゴウとかだしお父様はオイとかソレとかだし…ねェ、キミは何が良いかな」
「…ヨーイ」
「ヨイ?」
「…」
 青い、いや蒼い瞳がジイ、と×××を見つめる。同じ様に見つめ返す×××は確かにその容姿に見とれていたが、再び手を伸ばすことは無かった。手袋を着用して居なかったことに気が付いた。母親が言っていたのだ。奴隷は汚いから素手で触ってはいけないのよ、と。×××はその注意が霞んでしまうほど、その鳥が綺麗に見えた。
「イヤ?じゃあ…スーヴェニア。うん、スーで」
「ヨーイ」
 その鳥は、まるで言葉が分かっているかのような反応で鳴いた。×××が小さく笑みを浮かべる。まだ緊張しているのか、固い笑みで。
「なァに、スー」
 椅子から立ち上がり、ごそごそと引き出しの中を漁る。実際手袋はドレッサーの所にあったのだが。白い手首まで隠れる手袋を着けると、今度は躊躇無く手を伸ばした。
 ×××はすっかり、この鳥に心を奪われたようで、しつこいくらいに撫で回した。奴隷と言うよりも、ペットを貰った気分だった。新しく来たこの鳥は、これからの生活が楽しいものになるであろうことを示唆していた。×××の目が優しく細められた。

捕らわれた月曜日

2011/09/29
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