訝しげな表情をした猫がいました。金色の毛並みで目元にまるで眼鏡のフレームのような模様を持つトラ猫です。不思議なことに表情豊かな猫でした。 低い、少々掠れた声が猫から聞こえます。 「×××」 振り向く女性は、鼻にティッシュを当てていました。×××と言う名前らしいです。当然のように返事をします。そして猫と同じ様に訝しげな表情をしました。 「ほ?何だね」 「…改まってんなよい」 「はいはい、なァに…ぅっぷっしゅん! ふ、何かな」 「風邪か」 呆れたようにふうと息を吐く姿はまるで人間のようでした。彼女が鼻に当てたティッシュをどかすと、その鼻は赤く染まっていました。どうやら鼻のかみすぎのようです。 「チガうよ!?」 「じゃあ何だよい!」 何度も唱えた疑問に一切答えなかった彼女に変わって、猫は自分で答えを出したました。否定の言葉は間髪入れず返す彼女にいきり立ちます。猫の尻尾がぶわりと広がり、やはり怒っています。×××が口を開けました。 「か、か、かっぶぇっぷひゅん! 花粉症です。あー目もかゆい、耳かゆい喉もかゆいいい゛い゛!!」 はうはう、と居心地が悪い鼻を我慢出来ず、くしゃみをします。そのたびに、白いティッシュが、書き損じの紙のように丸められ、ゴミ箱に投げ入れられるのです。ゴミ箱は入りきらないと溢れかえっていました。 「…見てるこっちも辛いねい。鼻真っ赤だよい」 猫が、ベッドの上から彼女を伺います。目の前にいると、何だか汚いような気がしました。それを敢えて言いはしませんでしたが、×××は分かっているようでした。自嘲気味に口元を歪めます。くしゃみを我慢しているようにも見えました。 「うん、知ってる。ハァー!食生活かな…」 「おめェさん、こんびに?弁当とかよく食べてるが」 「うん、栄養偏っちゃうよねー」 猫の覚えたての言葉を使う舌っ足らずな様子に、彼女は微笑みました。思わずこぼれてしまう言葉に猫の尻尾がピンと立ちます。ついでに耳も立ちました。 「は、」 すんすんと鼻をかむ×××は、その様子に一拍おいて気が付きました。まくし立てる言葉は鼻声でした。 「え? あァ、大丈夫! マルコのご飯は何時も栄養満点よ! 毛並みも艶々サラサラ、正にッへぶっ」 「あほんだら! おめェ、自分蔑ろにしてどうする気だい!? アホなこと言ってねェでちゃんと飯位食えよい! 海で飯をなめてっと死ぬんだそい!!」 笑顔でトンチンカンな事を言い始める彼女に、猫パンチがお見舞いされます。同時にくしゃみが出ます。猫が、マルコが激しく彼女を説教します。そして×××は説教を余り聞いていませんでした。くしゃみが酷い、と言ってしまえば正当かもしれませんが、彼がにゃーにゃー小さな口から覗く小さな牙をニヤニヤしながら見ていたからです。 「くしゅっ、ここ、陸…いったあァ!!」 「つべこべ言ってねェで飯食え!!」 そして余計な事を言って、猫パンチを食らうのでした。 「は、はいはい。なんなの、飼い主なのに…」 「×××、おめェは飼い主失格だい」 「え!!(ガーン)ちょ、まじ本腰入れて頑張るから見捨てないで〜!」 「は、期待せずに待ってるよい」 まるでどちらが飼われているのか疑問に思ってしまいますが、彼女は紛れもなく彼の飼い主、なのでした。そうでなければ、マルコは彼女を改心させようと思いません。別の感情が入っているかもしれませんが、それはまた別のお話で。 そして、彼女は帰ってきました。 「はい、マルコ、見て! 加湿器に、エッセンシャルオイル、ティートリーのかほり! それに抗アレルギー効果のあるバラ科キイチゴ属の植物の葉を用いた甜茶(てんちゃ)! さらにさらに、わたくし×××、コンビニ弁当は買わないことを宣言します! どうだ!っぶしっ」 目の前に説明付きで広げる品々、加湿器には早速水が追加され、稼働しています。実は中にエッセンシャルオイルが二三滴追加されているのは彼も預かり知らぬところでしょう。またその他、どれも花粉症に効くと詠われるものばかりです。×××の、飼い主の本気を垣間見るマルコでした。彼女は普段バカをしているように見えますが、本当は頭は良いのです。頭は。 逆に言ったは良いが、学のないマルコは、様々に説明をされるそれが、実際効果があることを知りません。くりくりと首を傾げる様子に×××はティッシュで鼻を押さえながらニヤニヤしました。 「お? おォ? つまり、自分の生活を見直したってことかよい?」 そう、言われてはいます。人によって効果はまちまちですが、やらないよりかはいいでしょう。×××が諸手を上げます。 「うふふ、これで花粉症だなんて返り討ちじゃー!!」 「頑張れよい」 「ね、マルコ! 見捨てないでくれる!?」 喜ぶ×××を目の前に、マルコは嬉しいのを正直に表に出せないのに歯噛みしました。それを知ってか知らずか満面の笑みで摺りよる×××の頬を押しのけてしまいます。 「近ェ! 汚ェ!」 「ひどっ」 「あー! はいはい! ×××以外が飼い主だなんて考えられないんだよい! だから離せ離れろ。鼻をかめ!!」 終いには、尻尾で彼女の頬をビンタして、ベットに舞い降りました。彼の言葉にニヤニヤした×××はまた盛大にくしゃみをするのでした。 花粉症のお話 2011/09/28 <-- --> 戻る |