text | ナノ

 朝早く出かけたと思った×××が、一時間程で帰ってきた。
「あァ?おめェさん大学は?」
「あ、ん〜、たまには家でゴロゴロすんのも良いかなあって」
「…そーかよい」
 気まずそうにふい、と逸らされるマルコの頭を一撫でして、DVDの用意をする。世界的大ヒットした某魔法学校のシリーズは、小児向けと言いつつもうっかりハマってしまった私は、大学にも行きにくい今、たまにはこういう日も良いだろうと思い、レンタルしてきたものだ。マルコを抱え、テレビをパチ、とつける。ビクッとした彼が可愛くて、もう一度撫でた。
「テレビだよ、収録した映像を電波で流してるの。たまに中継っていって、収録中をそのまま流すこともあるんだけどね」
「にゃはぁ〜ん、…電伝虫…か」
 小さく呟くマルコに首を傾げ、流れ始めた映像に意識が戻された。パチ、と電気を消す。マルコも流れる少しダークな雰囲気のそれを見つめる。
「にゃあ…、これ、犯罪の瞬間じゃねェかい?海軍は何やってんでェ」
「…マルコ?あ、そっか、これはフィクションだよ、作り話。だから、海軍とかは出てこないよ」
「ふぅん」
 そう言って静かに目を戻すマルコ。何だかあまり良く思わないのか、気のない返事をする。そんなマルコの頭をよしよしと撫でながら、私はテレビに視線を移した。
 それから暫くお互い何も話さずに見る。時々マルコが出てくる人物の関係を聞いたり、ファンタジーちっくな生物に声を上げたりする位で、無事エンドロールになる。ああ、この後どうなっちゃうんだろ、とバリーを思い、撫で撫で。マルコが控えめに首を振る。
 懲りずにマルコを捕まえていると聞こえる電子音。ごめんねとマルコを解放して、携帯を開く。あ、佐武くんからだ…。マルコがジッ、と私を見つめつつ、私と佐武くんのやり取りを聞く。
「だから、ごめんな×××。」
「ううん本当に気にしないで、私ちょっと体調が優れなかっただけなの。気、遣わせちゃったね、こっちこそ、ごめんなさい」
「謝らないでよ、おれが勝手に申し訳ないって思ってるんだから…、じゃあ、また大学来てくれるよな?」
「勿論、それこそ明日にでも行くわ」
「ああ、待ってる、ありがとう」
「いいえ、研究頑張ろうね」
「ああ」
 あの夜、佐武くんはやっぱりお酒で記憶が飛んでたみたいだ。気が付いたら家に居て、私が次の日大学に行かないものだから、もしかしたら、私に何かしでかしたのかと心配して連絡したらしい。確かに怖かったけれど、覚えていないならわざわざ言って罪悪感を抱かせる事もないだろうって思って、何もなかったことにして話しを終わらせた。下でマルコがフン、と鼻を鳴らす。
「ごめん、長電話だったね」
「ああ、電伝虫かい、それよりおめェさん、それでいいのかよい」
「電伝虫って何?」
「おれの質問に答えねェか」
 む、と猫にしては表情豊かに顔をしかめ、唸る。
「ごめん、別に良いの、相手は記憶が無いんだもの、責めようが無いわ」
 不機嫌そうに、唸るように声を低くするマルコに、私は姿勢を正して、眉を下げる。あまり気分の良い話では無かったし、早く忘れたい。
「…記憶が無くてもにゃあ、あの態度や仕草が奴の素だと考えんのが普通だと思うがねい」
「…」
 苛立ちを隠そうともしないマルコ。何だか、彼にとって佐武くんは悪い人になってるみたい。う〜ん、少し気にしていた人なだけに、今回の事は気分を害したけれど…、マルコにそう思われるのは、少し悲しい。でも心配してくれているのが分かるので何も言えない…。黙り込む私を見たマルコが、少し口調を和らげて言う。
「奴を避けろとは言ってねェ、女なら用心しろって言いてェんだよい、おれァ」
「…分かった、気をつけるね。心配してくれてありがとう」
「んで、電伝虫のことだねい、んん、紙とペンはねェかい?」
「ちょっと待って…、はい」
「ありがとよい。…、んん、こんなもんかねい…、おれらの世界では、こいつらがお互い電波を飛ばし合って連絡したり、映像を映したりすんだよい」
 紙をコタツテーブルに、ペンを彼に持たせる。器用にそれを扱うマルコに思わず頬が緩んだ。そしてうんうん唸りながら描くマルコに、暫く待って、見せられたそれは辛うじて、
「へェ〜?何かカタツムリみたいなデザインしてるね」
「デザインつぅか、こいつらはちゃんと生きてるよい」
 ふぅ、と一息つくマルコ。その言葉に私は更にびっくりしてしまった。生き物が電波を飛ばして連絡するだなんて!?
「え!?なにそれ凄い!…そうだ!マルコの世界のことも教えてよ、私の世界のこと色々聞いてたじゃない」
「おう、いいよい、何が知りてェ」
「…あ、海軍て何?」
 その単語に目を見張るマルコだが、自分がそう言えば海軍と言う言葉を使ったな、と思い出し、スラスラと説明を始める。
「おれら海賊をひっ捕らえようとする奴ら、て感じさね、ま、おれたちに手え出すことなんか相当の馬鹿か、酔狂しかいねェ、何せ白ひげの船だぜい」
「へぇ?その白ひげさんには叶わないのかぁ」
「ああ、オヤジは世界一の男だよい」
 うっとりと、遠くを見るマルコ。普段より柔らかい雰囲気になる。どうやら彼は白ひげ≒オヤジという人物に相当心酔しているらしい。
「そうなんだぁ、マルコはその人の船に乗ってるんだね?」
「ああ、なんだ、知りてェかい?」
「うん、話して、海賊でしょ?冒険記とか探検記とかも聞きたいな、あと世界情勢とか?あ!マルコが知ってる範囲で良いんだ。それに電伝虫以外で人間に役立ってる生き物とかも聞きたいかも」
「いっぱいあるねい」
「うん、ごめんね」
「良いよい、さぁて、何から話そうかねェ…」
 遠くにいる仲間に思いを馳せつつ、マルコは実に様々な話しをしてくれた。オヤジと呼ぶ船長は懐が大きくて、海賊王(グランドラインを制覇するらしい)にしてやりたくて、お酒が大好きで、お陰で体調が優れない。困ったもんだ、と言う彼の表情は穏やかで、本当にその人が好きなんだなあとしみじみと思った。そしてマルコは船員の中でも古株で、長男らしい。最近船員になったエースはガキで手に負えない。食料を底を尽かんばかりに食べまくる。この間訪れた島の、変なキノコを食べて、崖から海に落っこちたらしい…、なんて豪快な…、キノコって如何にも怪しそうなのに。弟が大好きで、その話しに関してはそらんじることも出来る。と言ってその通りにしてくれたり(凄い、口調まで変わった!)。同じく古株のサッチと言う人は、嫌そうに顔をしかめつつ、話す内容はとっても中が良い。ポソリと、アイツの淹れるコーヒーは一番だよいって漏らす彼に、思わずクス、と笑ってしまった(あ、わ、笑うなよい!)。何だかんだで、嫌なところばかりを上げていくが、マルコの表情は温かく、×××はにこにこと微笑みながら聞いた

 彼の世界では、主に海軍、王下七武海、四皇に勢力が均衡を保っているらしい。白ひげは四皇の内の一角で(滅茶苦茶凄いじゃない!)(オヤジは世界一だぜい)、他にも赤髪という四皇の一人が、良く白ひげの船に訪れる。そのたびに、船に乗らないかと誘われて疲弊してるぜ、と言うマルコ。
「え!マルコって実は有名猫なの?そんなすごい人に誘われるなんて…」
「ばか言うなよい、こっちは迷惑以外のなにもんでもねェ、おれァオヤジ以外について行く気はねェからない」
「そ、そうだよね。でもマルコ、て凄いんだねェ、何だかこっちまで誇らしく思うよ」
「はは、照れるねい」
 その後も、自分達が航海をしているグランドラインには常識が無いのが常識らしく、一年中雷が降る島だとか、空にも、海底にも島が存在し、天使も魚人、人魚、巨人まで様々な人種が存在するらしい。うわぁ、だからマルコは猫なのに喋れるのかぁ。ふんふんと頷きつつ、脳内で様々な疑問を解決していく。一段落つき、私が紅茶を用意して帰って来ると(マルコには無乳糖ミルクを)、マルコはその空色の瞳を私に向けた。可愛いなあ。
「おめェさんの事も是非聞きてェない」
「ん、んー。何から話そうかねい」
「真似すんな」
「ふふ、そうだなァ、マルコが話した事より面白い事なんかあるかしら…」
「特別面白いのを求めてる訳じゃねェよい」
「ありがと、そうだね…」
 そして、特別面白くもない普段の話しをする。私の通う大学は、特別仲の良い友達がいる訳では無いが、皆平等に勉強熱心で、意欲的な人たちばかりだ。私は将来、研究者若しくは医者になりたいと思っている。
「すげェじゃねェか、どうしてなりたいと思ったんだい?」
「何でだろ…、…。」
「?」
 母は、良い人じゃない。ホステスをやっていて、父はその客の中のどれかだ。お酒が大好きで、酔えば殴られる。つまり、私は体の良いサンドバックな訳だけど、でも、アルコール摂取の過剰か、倒れた母に、背筋が冷たく―、
「俺の夢はな、オヤジを海賊王にしてやることなんだ。理由なんかとうに忘れちまった。おめェさんもそうだろうがよい」
「うん、忘れちゃった」
 マルコがニヤリと悪い笑みを浮かべる。可愛いのに、可愛くない…。私も思わずニコ、と笑い、自然と話しの方向転換ができる。
「ああ、でも、マルコの世界も研究してみたいなあ」
「おめェに簡単におれらの世界暴かれちゃなぁ」
「あはは、難しそう」
「難しいよい」
 困ったようににゃいにゃい笑うマルコを抱き上げる。チュッと口にキスを落として、ふにゃと笑う。こんなに可愛らしい口から発せられる渋い声も、可愛いものだ、と思った。
「マルコ、喋るものね」
「ああ、こんな不思議な事はねェ」
「何よ、自分の事なのに」
 グリグリ、と頭を撫でクリ回す私を嫌そうに振り切り、私の肩にヒョイと登る。そのまま頭に肉球を置かれて、バシバシと叩かれる。
「な、何?いた、いたいんだけどっ」
「何時も撫でられる奴の気分を味わえよい」
「いやいやいや、叩かれてるよ!?」
「はは、おめェさんの頭は叩きやすい位置にあるなァ」
 バシバシ、叩く手を止めないマルコに、私は苦笑しながら甘んじて受けた。彼は気付いていないかも知れないが、ふにふにと肉球が気持ち良くて、にやける私がいた。
「叩いてるの認めた!」
「ホラ、早くバリー・ポッターの続きが見てェ、つけろよい」
「はい!」
 すっかり主従関係が逆転したかのように、マルコに指示され動く私。マルコはにゃいにゃいと満足そうに笑い、コーヒーが飲みたいと宣う。私が紅茶を飲んで居るのが見えないのか、それに君はコーヒーは駄目だろう。無視を決め込んで、返事の代わりにミルクを彼の鼻面にくっつけた。講義する彼をそのまま聞こえないふりをして、紅茶を口に含む。マルコが、何を思ったか、肉球をペタリと頬にくっつけるので、始まりの音楽を横目に、彼の方を向く。何?と開こうとする唇にザラリとした舌が伸ばされた。
「ハッ、ストレートかよい」
「あー!」
 超どや顔で言われたそれに、私は肩から逃走した彼をひっ捕まえようと、家の中を走り回る目になった。
(信じられない!体に悪いのに!)
(あーあー、聞こえないよい)
(無視するな!)
(何時ものおめェさんだよい!)

白ひげ海賊団、一番隊隊長の語中

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