マルコ、マルコ、マルコ―――。 ×××らが朝食を終え、甲板に戻る頃には、マルコが猫であった話が隅々にまで浸透しており、マルコは船員たちにもみくちゃにされながらどこかへ連れて行かれた。小さな体躯でまともな抵抗も出来ずに連れて行かれ、あっと言う間に×××の視界から消え失せる金色の毛並みに、流石の×××も驚きが隠せないようで、その様子を呆然と見送った。 「×××ちゃーん?」 「あ、サッチさん」 ポン、と後ろから肩を包むように置かれた手に、振り返ってみれば、ふわふわのリーゼントが目立つ大男で、軽い調子に、×××は笑顔で対応した。 「なんか、ゴメンな?此処までウルサくなるとは思わなかった」 「い、いいえッ。ただ、ビックリしてるだけで…」 スルリと肩に回された腕に、接近する強面。元々ハの字に眉が動く度に歪む目元の傷跡。愉快犯の彼が謝るほど、酷い顔をしていたのかと考えた×××はパタパタと手を振った。直ぐニカ、と歯を見せて笑うサッチにつられてニコと微笑む。 「そっか。多分、午前中はこの調子になっちゃうかもなァ。ん?サッチさんと一緒に居るかい?」 「サッチさんはアンリエッタがいるでしょう」 ニコと微笑んだ表情は変わらぬまま、雰囲気がガラリと変わる。目元に暗い影を落とした×××は、サッチの後ろに佇む美人に手を上げた。 「その通り」 「うげ!アン!お前いつの間に」 ポン、と白い手がコックスーツを纏った彼の肩に置かれる。スラリと伸びる指は白く、指先の爪は淡いブルーに染まっていた。 「サアァッチィィ?アンタだけよ!健康診断受けていないの!さっさと来なさい!」 「イ゛テッ、イタタタタ!アン!手加減んん!」 綺麗な微笑みが崩れないままギリギリと手に込められた力が、彼の服にしっかりとシワを刻み込み、サッチは思わず、×××に回していた腕を外した。 そのまま今度は襟首をひっつかみ、ずるずると引きずるようにして船室に潜ろうとしていた。 「×××!ありがとうね!このバカ男捕まえてくれて!」 「いいえ〜。サッチさーん頑張って下さいね〜」 振り返ることで金糸のような髪が広がる。サラリと肩から流れるそれを首を振って、×××に声を掛ける様子はどこをとっても、美しくキラキラと煌めいていた。小さく手を振り、アンリエッタの下にいる彼にも声を掛ける。 「×××ちゃーん!助けて!」 バシッ、とリーゼントをひっぱたかれたサッチは、それが折れるのと同時位に頭がガクッと折れた。まるでリーゼントが彼の命のような働きをしているようだ。 にこにこと彼らを見送って、×××は甲板に溢れかえる船員たちを、船縁にそっと背を預けながら眺めた。中心にいるであろうマルコがギャアギャア声を上げる。止まない質問の嵐に疲弊しているようにも見えた。 ×××はそんな様子から目を反らし、横目に海を見つめた。白鯨の船体にぶつかっては白波を立てる海は本日も変わりなく存在し、大きく広がっていた。何時しかマルコと似た目つきをするようになった×××は愛おしそうにその青を眺めた。 「×××?」 「あらイゾウさん、どうしました?」 「いやさね、あんさん、良いのかい?マルコをほっぽって」 「良いんですよ。彼、何も言わないでしょう?少しくらい強制して喋らすのが丁度良いんです」 「は、は〜ん。成る程ね」 トン、と船縁に×××と並んで背中を預けるイゾウは、紅の引かれた唇を婀娜に歪めた。 「イゾウさんは聞かないんですか?」 「おやおや、此処に別嬪さんがいらっしゃるんだ。わざわざねんねこに群がる必要なをざ無いのさ」 「あァ、成る程」 口に手を当て、目を細めて笑いを零す×××。 「フッ、奴とは、って聞かなくても分かるねェ。至極良好な関係だったんだろうよ」 「そうですねェ」 「…珍しかァ」 海にチラリと視線を外したイゾウが、殆ど空気に溶けて消えてしまいそうな程小さな声で囁く。 辛うじてそれを拾った×××が、船の中心で未だやんややんやと盛り上がる彼等から視線を外し、イゾウの顔を這うようにして目を向ける。 「何故?」 「あいつァ、曲がりなりにも一番隊隊長だからねェ。可笑しいのさ、そう素直にカわれてるってェのがよ」 フゥ、と緩く吐き出される紫煙は、細く風に棚引いて、消えた。 「そう、ですね。もしかしたら良好だって思ってたのは私だけかもしれませんけど…、でも、彼から嫌々だったとかは聞かないんですよ」 「言わないさ、奴はあんさんを気に入ってんだぜ」 「言われたことないですけど」 「言わねェのさ、それはあんさんも良く分かってんだろ?」 「あはは、そうでした」 「×××!助けろよい!」 軽やかに弾んでいた会話は、マルコの悲痛な叫びによって打ち切られた。 「おや、マルコの旦那が呼んでらっしゃる」 「はーい」 「行くのかい?」 カンッ、キセルを手すりに打ち付け、灰を海へ落とす。海面につく前に空へと霧散した。 「うーん、あの人壁を抜けられるなら」 「×××〜!」 か細い声が可哀想で、わらわらと群がる人混みの外側へふらふらと歩いていく。隙間に入り込んで行くだけの勇気は持ち合わせていなかった。 蔑ろに返事を返す×××に力強くイゾウが返す。どこか笑って居るようにも聞こえて、一度彼を見た。 「お安い御用さ」 「え、え!イゾウさん!?」 パパァンッ。抜き袖をしていた懐から流れるように銃を取り出したイゾウは、×××がゆっくりと目を限界まで見開くと同時程に、軽やかにそれの反動を受けていた。 ギャアアア!とそれでもやはり天下の白ひげ海賊団だからか、その弾に当たる者は無く、酷い悲鳴と共に大袈裟な動作で人波が割れた。 「おいイゾォォオ!」 「アホンダラ!お前、相変わらず引き金軽過ぎ!」 「信じらんねェ!」 「(コソコソ)×××、こっちだよい」 「当たったらどうしてくれんだよ!」 「当たらねェだろうが」 「もしだっつーの!」 「しかも二発!」 「(コソコソ)ぁ、イゾウさん、私たち逃げますね」 「あァ」 「おいイゾー!どこみてっ…て!」 「マルコと×××が逃げた!」 パパァン!銃声が鳴り響く。船員たちが再び沸いた。こそこそと逃げる一人と一匹がイゾウ越しに見え、ふざけ半分の船員たちは躍起になって、追いかけようと、艶めかしく微笑むイゾウと対峙した。 「ふっざけろォ!」 「あっぶねェ!これ危うく死ぬだろ!」 「早速気づかれてんじゃ、洒落にならんなァ」 「イゾウてめェコルァ!」 「あンン?やるかァ?」 「イゾウは避けてけ!」 ワーギャー、と喚く声を背後に、船室に潜り込んだ×××とマルコは取り敢えず顔を見合わせた。薄暗い船室で、マルコの瞳がキラリと光る。ガタガタと人が近付いてくる音。 「取り敢えず、走るよい!」 「うんッ」 バン、と扉を開く音が聞こえ、同時に人の話す声も良く聞こえるようになった。 目的地も無くパタパタと廊下を走り、マルコが走り込んだ先は大きな倉庫で、×××も後から滑り込むと扉をキッチリと閉めた。 「ハァ、…真っ暗。マルコ、どこ?」 「ここだよい」 ポウ、と揺らめく青い炎に、×××は一度目を細めた。 「マルコ、おいで」 「…」 「あったかい。久し振りだね…」 「あァ」 バタバタと遠くで聞こえる何十もの足音。扉一つで、倉庫内は静かな空気が流れている。青く×××の頬を撫でる炎に笑みを深めた。キュウ、と胸に抱き込むと、若干焦ったように×××の腕の中で暴れるマルコ。不安定に炎がチカチカと明暗を示し、フッと消えた。 「マールコ、暴れちゃ駄目」 「おれが人間だって忘れてるだろい」 「あ」 「ほれみろ」 「駄目だ、私…。ごめんなさい…」 「…」 「マルコさんが猫だと、自制が利かないんです」 きゅるんと×××を覗き込む空色の瞳から目を反らした×××は抱きしめていた腕の拘束を解き、金色の猫を降ろしてやる。一瞬、足の裏が汚れてしまう、と眉根を寄せたが、その思考を振り払うようにブンブンと頭を振った。 「大丈夫、私が説明してきますから、マルコさんは暫く此処にいてから出てきて下さいね」 「おい、×××」 「いってきます」 「…そういうことが言いてェ訳じゃねェんだが」 頭を一撫でしようとして、一瞬躊躇して止めてしまった手を空色の瞳が追い掛ける。そのままフラフラと覚束なげに倉庫から出て行こうとする×××を、マルコは前足を上げて引き留めようとするが、淡く微笑まれるだけで、一匹は倉庫の暗い木箱の上に取り残された。 マルコが言いたかったのは、人間として扱えとかそんな事ではなくて、もっと、男として見てほしかっただけで。 「(胸がギュウギュウ当たんだよい。…中学生のガキか、おれァ…)」 自己嫌悪と、欲求不満なのかと悶々と頭を抱えるマルコは、偶然倉庫に用事があったサッチ(健康診断済み)によって連れ出された。 「×××ちゃんは?なんかあんなに煩かった野郎どもみんな興味失せちまったのか?日常に戻っててびっくりしたぜ」 ×××ちゃん見ねーなァ、と宙を仰ぐサッチに、マルコは静かに甲板をぐるりと見回した。暫くは経っているらしい。確かに追っかけてくるのはうざったらしかったが、×××が居なければ意味が無い、とサッチに応える声は気持ち沈んでいた。 「…×××が治めたんじゃねェかよい」 「あれ、お前ら、喧嘩でもしたの?」 「喧嘩じゃねェ」 もっと面倒なことだよい、とは言わなかった。今回も、言葉少ななマルコの説明不足で彼女を突き放してしまったと思っていたからだ。 「そーォ?」 ニヤニヤと笑って顎髭をさするサッチに、マルコが足を出すことは無かった。 さあ捕まえてごらん (おれが追っかける側かい) (当然、とは言わないけど) 2011/09/14 <-- --> 戻る |