朝、起きたら×××が居なかった。…これはまだ良い。なんだか猫になってから、やたらと睡眠欲が増大したのか、暇になると自然とウトウトするようになってしまった。あー、こりゃヤバいよい。毎日毎日船の上で張っていた緊張感や、訓練、ましてや事務仕事さえ無い環境で確実に体が鈍ってしまうよい。欠伸を漏らせばフミャ〜ァと鳴く声にマルコは一人(一匹?)落胆した。 ググ、と背を伸ばし、慣れた様に顔を洗う。基本的な猫の仕草は、元から体に染み着いているようで、端から見れば不思議な行動では無い。不死鳥の時も、自然と飛び方を知っていたので、マルコは大した疑問も持たずに、スタン、と綺麗な着地を披露した。 「10.0!」 ヒゲをピクピクと痙攣させてニヤリと笑う。可愛らしい顔が凶悪に歪んだ。 器用にベランダの窓を開け、外に繰り出したマルコは(キチンと窓を閉める徹底ぶり)、屋根づたいにヒョイヒョイとそこら中に足をのばした。 つくづくと彼が想うのは、この世界は、マルコが暮らしていた所と様相が全く違っていたことだ。海は勿論、極端に動物が少ない。その代わりと言っては何だが、そういう動物(一部虫、電伝虫など)が担っていたところに機械が導入されている。ブゥン、と低く音を立てて走り去る車を見て、マルコはふぁと欠伸を漏らした。 (よく考えたら、やたら科学が進んでるんだねい) 他に障害物の無い屋根の上は日当たりが良く、何度も小さく欠伸を漏らしては足を進めた。青い空は変わらず存在し、どうにも向こうのことを思い出してしまう。ただ、余りにもゆったりと雲が進むものだから、一日がスローモーションに進んでいるように感じてしまう。ピン、と張った尻尾を時折ゆらゆらと不満そうに揺らし、クリアーな瞳で辺りを見回した。 (訓練ってもなァ…一人だし、猫たから出来ることなんか限られちまうよい。寧ろ出来んのか?) トントーンとリズム良くマンションかと思われるベランダを壁づたいに駆け上る。怪我も治ってしまった今では取るに足らない動作であった。所がマルコは途端にその空色の瞳をカッと見開いた。 「フミャ〜ァオ」 「…ニ゙ャーン」 (以下猫同士のお喋り) 「珍しい毛色。新入りか?」 「…まァない」 「無愛想だなーあー!お前、あれだわ、前ボスにガン飛ばした奴と似てる。…マルコっつったか?」 何か思い出したかのように、飛び上がるアビニシアンはそのグリーンの瞳をキラキラと輝かせた。ルディ、ティックドタビーの毛並みが光に当たることで艶々と色を変える。 美しい容姿に似合わない活発な様子と、その言葉の不可解さにマルコは器用に顔をしかめた。 「は?イヤ、おれはマルコだがない。そんな覚えはねェよい」 「そっかーそうだよな。なんか喋り方違うし」 「ふぅん。所でおみゃーさんは何て言うんだい?」 特に気にした様子は無く、名前は合ってるんだな、と心の中で呟く。目をパチクリと大きくしたまま、嬉しそうにニャーンと鳴く声も、鈴を転がした音のように軽く響き、つくづく顔と性格が似合わない奴だと笑った。 「おれ?J・J!ジェイジェイて言う」 「へェ、変な名前だよい」 「お!おい!結構気に入ってんだぜ!」 「悪かったよーい」 J・Jの幼げな様子に、強くエースの面影を見たマルコはついついシニカルな笑みを止められない。タッ、と逃げれば飛びかかってくる猪突猛進な所もすっかり一緒だとニャイニャイ笑った。 「おわッ!待てコルァ!」 (暫く音声でお楽しみ?下さい) 「フミャー!コノッコノッ!」 「ニャニオーフシャシャー!」 「に゛ゃーン!ヤメックソッ」 「ヘタクソ!ブミャーァオ!」 ベランダから転がるように落ちた二匹は赤い瓦屋根でもみくちゃになって転げ回った。 「はー!降参!」 「ハッ、おれに楯突こうなんざにゃ〜ァ」 ゴロリと寝転ぶJ・Jに、マルコが鼻を鳴らした。 「ヘップシ!ゥニャ。にゃんか言ったか?」 「何糞、にゃんも言ってねェよい」 もう、笑ってしまって仕方ない。皮肉を言おうとして止められたのは初めてだい、とニヤニヤ笑って、次のJ・Jの言葉にもニャイニャイと笑いが零れる。 「マルコ、お前中々出来るな」 「おみゃーが弱すぎんだい」 「あー言えばこー言う」 「そうとしか言えないんだよーい」 ニヤニヤと笑って、くるりと回る。ボサボサになって、常に艶々にしてくれる×××とは違った、懐かしい感じがする。元々荒くれ者なんだ。土塗れになって転げ回るのが向いている。 簡単な挑発に乗るアビニシアンにマルコはニヤリと元々上がっている口端を吊り上げた。 「あ゛ん?やるかコルァ!」 「勝手にしろい!」 ポコポコポコボカポコポコポコポコアホネコポコポコポコポイテコポコポコオミャーポコポコポコポコボカボカボカポコポコポコポコ。 「ヒィ、ハー、ハー」 再び転がるアビニシアンを見下ろすマルコも少し疲れたように座り込んでいた。頭の他よりも長い毛がボサボサになっていた。 「良い運動したねい」 「マルコ、」 べったりと背中を屋根につけながら、マルコの空色の目を見上げるグリーンの瞳。夕日に目を細めている。 「ん?」 「いや、合ってるんかなって名前」 「あァ、合ってるよい」 静かに微笑んでやれば、嬉しそうに屋根に背中を跳ねさせてピョンと立ち上がる。ニカと笑って、前足を振り上げる。 「そっか!なァ、また遊びにきてくれよな?」 「ん、ヒマがあればない」 腰を上げて尻尾を一振りすると、J・Jはマルコが帰ると分かったのか、同じ様に尻尾を振って、マルコの夕日に映えて黄金に煌めく尾にスルリと絡ませた。 トントーンと足取りも軽く屋根を渡り歩くマルコはまあるい大きなオレンジ色の太陽に目を細めて辺りを眺める。ブゥン、と排気ガスを吐きながら走り去る鉄の塊を見て、ニャーンと一鳴きした。 「夜ご飯はにゃんだろうねい」 ふわふわと柔らかく微笑む×××の表情を脳裏に描き、軽やかに跳躍する。 ご飯の前に、マルコの薄汚れた体躯に×××が珍しく目を吊り上げて怒るのを、マルコはまだ知らなかった。 マルニャンお出掛けする ニャンニャンマルニャン ---呟き 猫化が著しい。そして絡みが無さ過ぎる。 マルニャンほのぼの。J・Jと言うアビニシアンと知り合う。どこかエースと似ている男の子。 11/09/07 <-- --> 戻る |