サッチと言う男はいい加減なのだ。あの子はそれを否定したけれども。確かに、四番隊隊長であることもあってか、強いし、頼りになる。馴染みやすい雰囲気に喋りやすい物腰、緊張なんてひとかけらも感じたことのないような振る舞いに、優しいと表することだって出来る。酒や女が大好きで、でも嫌な感じはしない。ひょうきん者でもしっかりしているところもあって、船に女関係の問題を起こした事なんか一度も無い。 言い人じゃない。良く気が利いて、それはアナタにもそうでしょう?と言われて(あの子に)、目が冷めるように心の芯が冷えていくおもいがした。 そう、誰にでもなのだ。誰にでも、あのような態度を取り、分け隔てない振る舞いをする。良いではないかと言われてしまえばそれだけだけど、どうにも私はそこに毎度イライラとしてしまう。分かっている、それが彼なのだと。でも、私に対してもそう振る舞われると途端に彼の笑みが忌々しいものに思えてくる。 そうよね、アナタはそういう人だわ。だからどこかへ失せてくれないかしら。 酷い言葉を吐けば、元々ハの字をした眉の傾斜をキツクして、困ったように、悲しそうに笑う。それで、またおちゃらけながら去っていくのだ。そのすぐ後に彼を目に留めて、悲しそうな表情だったことは無い。また、男や女の中心で満面の笑みを浮かべている。何時も私は見ない振りをして、ジクジクと化膿したような痛みを孕み始めた心臓に叱咤する。 なんなの!ナースが原因不明の病気に掛かるなんて! 敬愛するオヤジ様の容態は船のみんながみな、気に病んで止まない。そりゃ、そうだ。彼に惚れ込んだ猛者達が集まった結果なのだから。私もその内の一人なのだから。彼へのおもいが募って、どうしても役に立ちたくて…。決死のおもいでアナタの膝元に参上した時、朗々と力強く笑ってくれたことを思い出し、キュウと胸あたりに不可解な痛みが蘇る。最近は、アナタの鼻に通すチューブや、腕に繋がれた点滴を取り替える度、胸が詰まるおもいがしてしまう。でも、心配する面々の中、彼の何時もとは様相が違う笑みに、何人の者が気付くだろう。再び痛み出す心臓。キュウ、と収縮して、膨張する気配が無い。 ああ、苦しい。オヤジ様、私はどちらをおもってこの胸が痛いのか、さっぱり分からないのです。 そうやって、今日も又、彼と出くわす度に冷たくあしらってしまう。悲しそうに笑って、でも本人は満面の笑みのつもりだから、私が気付かないとおもってまたおちゃらけるのよね。そのフェミニストな所が最高にイラつくのよ。私の気持ちも知らないで、アナタはまた又笑うのね。 あの子がきれいな笑みを浮かべてアナタと並んでいるのを、闊達とした笑い声が聞こえるのを私は物陰から見るばかりで。ほらね、誰にでもそうなんだから…。 そんな中、あの子にそんな事を言われちゃあ。私はどうすれば良いの?あの子は私の大切な子で、嫉妬に濡れた汚い部分なんか見せたくないのよ! そうやってオモイを閉じ込めて、ギュッと上から押さえつけて。また、言葉で彼を傷つけて。ギュウと胸が押し潰されそう。そうして見た光景に、私は最後の一撃を食らったように頭がクラクラと揺れるオモイがした。 真夜中、皆が寝静まった船は、何時もの活気は無く、全てが寝ていた。人も、モノも。偶然と、目が覚めて、喉が乾いたと漠然とオモッテ、食堂に足を進めた。 仄かに光が灯る食堂に、誰かが居ることを示唆していた。こんな真夜中に、誰かしらと考えるのは当然のこと。もしかしたらと行きつく思考に首を振って、聞こえた高い声に答える何時も話題の中心にいる彼。ハッ、として、かすかに漏れた声を手の平で逃げないように押し付ける。明るく上がる声に、そんな風にあの子を口説くような台詞、吐かなくたって良いじゃない!と心が悲鳴を上げる。一際潜められた声で、何を言っているのか分からなくなる。いいえ、多分、本当に耳が遠くなっちゃって、聞こえなくなったんだ。 口に当てた手は力無く落ちて、私は揺れる船が、自分が揺れているのか分からないまま、フラフラと部屋へ足を進めた。 こんなオモイ、駄目だ。あの子を嫌いになりたくない。 でも、私はベッドに伏せて"想う"のだ。 サッチが好きなのは私よ!手を出さないで!私にだけ微笑みかけて!誰にでも良い顔しないで、私だけをみて! 「お願いだから、私だけをオモッテ頂戴よ…ッ」 涙に濡れる夜 ズズッと鼻を鳴らし、みっともなく零れる涙に畜生と悪態をついて、一度部屋を出た時よりも乱暴に扉を閉める。 その直後に驚いた声が上がり、私の肩がビクリと跳ねた。一番、会いたくない人物だった。 「おまっ、えッ?どうしたんだよ!?」 「良いの、放っておいて。」 「放っておけるわきゃねェだろ?」 「何でよ、良いじゃない…ほっ、といてよ」 顔を見せたくない。きっと泣いて不細工だし、あの子に対する汚い感情がきっと表情に出ているはずだから。俯いて、脇をする抜けようとするのを遮られ、静かな言葉に逆に苛立ちが募る。 「何時も強気で頑固なお前が泣いてんだ。放っておけるわけがねェ」 「…」 「…男か?」 スッ、と冷たくなる言葉に、私は反射的に返していた。それを、アナタが、言うの。 「あッ!アンタにッ!か、かん係無いでしょ!どいてよ、通して…!」 「どかねェ」 「ヤだ、っ何?」 そのまま腕を掴まれ、出てきた部屋に押し戻される。後ろ手に扉の鍵を閉められる。あれよあれよと言う間に、緩く手首が拘束され扉に張り付けられる。一気に緊張感が高まった。ギュッと心臓が痛い。 「誰だ?お前を泣かせたの」 アナタよ!なんて、言える訳ないじゃない!笑みなんか一つも無くて、真面目な顔で、目の傍らにある傷が海賊であることを如実に表していて。雰囲気が全然違う。怖い、だなんて初めておもった。 ごく自然に、彼の足が、私の足の間に滑り込んでいて、逃げ道が断たれてしまう。 「ぁ、」 真剣な表情から顔を背けて、下唇を噛み締める。ハの字になった眉は、私を情けなく見せていた。 「言えよ」 腕の拘束が解かれ、その代わり、後頭部に添えられた大きな無骨な手の平で彼から目を背けることが叶わなくなった。もう一方の男をおもわせる手が、優しく顎を掴み、親指の腹で唇をそっと撫でられる。 「…ッ」 薄く開いた唇。彼と接触しそうでしない絶妙な距離で、彼の息がダイレクトに伝わる。両方の手で、押し返してもビクともしない胸筋が、ぐっと私に近付いた。もう駄目! 「アン」 「ァ、ふ、ゥん―」 ギュッと瞑る目、真剣な彼の表情も、目も見えなくなって、緩く私を呼ぶ声が鼓膜を犯した。一瞬、唇同士が掠って、そのまま空気を閉じ込めた。 大した力も入っていなかった歯の噛み合わせの透き間から、分厚い舌が私の口内を舐めとって、ビックリして少し舌を噛む。直ぐに口内から消えた舌が、もう一度侵入してきて、何度も私の舌と絡める。 なんで、キスしてるのかも分からないで、必死にそれに答える。目尻から零れる涙を親指の腹で拭われて、ブルリ、と肩が震えた。見てるん、だ。 「ん、んん、ふ、ァ」 「――はッ、…ん」 押し返していた腕は、いつの間にか必死に彼の服を掴んで、続く口付けにふるふると震えていた。心臓が痛くて、頭もボゥ、とする。体を支えることもままならなくなって、ガクッと一気に力が抜けたと同時に背中に回った逞しい腕に支えられた。 やっと淫口から解放されて、荒い息をぐったりと彼にもたれて整える。 「…おれにしとけ」 若干乱れた息の合間に確かに聞こえた言葉。チュッと耳殻にリップ音が立てられる。それにもピクリと反応して、彼の言葉を頭の中で繰り返した。可笑しいよ、サッチ。 「はァ、――アンタの、せい、なのに」 「え」 涙の跡が残る頬に舌を這わされ、エロティックな表情で見つめてくる男を睨み付ける。 「私が笑うのも、泣くのも!アンタのせいよ。…サッチ」 イライラ、チクチク、もう私の心臓は持ちそうに無い。唯一、このバカ男と比べてしまうのはオヤジ様くらい。いいや、オヤジ様とサッチなんか比べようがないんだけど(勿論オヤジ様一筋で)。 「え、えェ!?」 「なァによ。責任、取ってよね」 でも、私はどうやらこの男が好きらしい。認めてしまえば簡単に、今までの不安定な感情が一つに定まったような気がする。淫靡な雰囲気が霧散し、戸惑いに挙動不審な男の腕の中で、艶めかしく微笑む私。 気遣い上手でどうしようもないフェミニスト、頼れるし、話し上手で何時も話題の中心。他の誰かにそのだらけきった笑みを向けるのも、こんなに苛々してしまうのも、全部、アナタが好きだから。 そう"想う"。 今日から、フワフワのタオルとお別れが出来そう。 「好きよ、サッチ」 「おれも、好きだぜ」 11/09/06 love!企画に提出 名前変換無し。(企画ではアリ) <-- --> 戻る |