ギャアギャア煩いBGMの中、私は今に見せてくれるであろうキャプテンなるものを考えていた。キャプテンって船長だから、えらい人だよなァ。ふふふ、ヤッパリ、私の可愛さは至る所に知れ渡っているのね! 「なァ、ベポ〜コイツにやけてねェ?」 「う〜ん、最初からこんな顔だったかも」 「ニヤケたトラなんかいるかよ!」 なんだか、とても失礼な話してないか?×××さまの顔見て爆笑するんじゃない! 片方の口端を持ち上げてあくどい笑みを浮かべる三角サングラスに向けて、激しく唸る。あー、こんなに鼻にシワを寄せてたら可愛く無くなっちゃうのに。でも、ビクついて後ろに後ずさる様子に悪い気はしない。バカめ!×××さまに楯突くからだぞ! 「うォ!唸った!やっぱこえーな」 「野生だからかな」 てゆうか、さっきからこの白クマ喋ってなァい?口を開く度に、つぶらな瞳を持つ彼の口元にずらりと鋭い歯が覗く。二足歩行で器用に歩くソイツを見上げる。すると、呆けたようなバカっぽい声が私の鼓膜を震わせた。聞き捨てならない言葉で、グワリと勢い良く振り返る。 「その割には毛並み良いよな、でも網に引っかかって逆立ってる。…キャプテンに見せる前に梳いてやるか」 お!今の発言だれ!?防寒帽の君!×××さまの下僕にしてやっても良いぞ! 気分が急上昇したにも関わらず、長くは続かなかった。チッ。 「げ!ペンギンこいつ網から出すのかよ?ムリだぜ、襲ってくるって」 余計な事は言わんでよろしいよこのバカ!分かった。私、絶対コイツとは気が合わない。 苛立ちながら、キャスケット帽を鼻で笑った。×××さまは、私に(ここ重要!)良くしてくれる人を悪いようにはしません! 「ねェキャス。馬鹿にされてるよ」 「ハァ?おいこらニヤケ面のクセに海のギャングであるキャスケット様を馬鹿にすんなよ!?」 「ガァウッ!」 やかましい!近付いてくるガン垂れた顔に噛みつくように吼え立てた。 「おぎゃー!」 「海のギャングビビり過ぎ」 「お、おうおう、やるかトラ公!」 「グルルルルッ」 「おれの後ろに隠れないでよ」 ペンギンの投げやりな声。あっという間に白クマの大きな体に隠れ、此方を窺うバカ面。白クマは、オレンジ色のつなぎを握り締められて、キャスケットがピッタリと引っ付きながら歩くものだから、その体を引きずるようにして歩を進めている。歩き辛そうだ。尚も噛みつくキャスケットを私は無視した。そんな奴に構ってあげられるほど×××さまは安くないのだよ。 勝ち誇ったように高笑いするのを眺めながら、私は早くキャプテンに会えないのかしらと大あくびした。…ビビってんじゃ無いわよ。 「キャプテーン!只今戻りました〜」 歌うようにカルテットで織り成す声は弾んでいる。私は綺麗に撫でつけられた毛に満足して、仕上げとばかりに顔を洗っていた。 「遅ェ。ログは半日で溜まるから水があれば確保しとけと言っただろう。何して…あ?」 手すりに身を預けていた針金細工のような体が反転する。長い手足を余すようにして脱力しながら背中を手すりに押し付ける。マフモフの帽子の縁によって目元に影を作り、三人をじろじろと眺める瞳は鈍く光る。僅かに目を見開き、一瞬三人を縫って後ろに視線が移ったが、つなぎの男たちが心無しか焦ったようにまくし立てる声に、その視線は外された。 アイツが船長って人かな…。ブサイク…。 目元に濃く残る隈が印象的で、やかましいカルテットを見上げても、その面影は強く残った。 「(あ!水!)あ、あはは!キャプテン!あのですね、おれらキャプテンに見せたいものがあってですね」 「(湖あったのに!)あ、あー!珍しい動物が居たんで!」 「(あ!忘れてた!キャプテン怒ってるよ〜)キャプテン興味あるかなーって思ったんです」 珍しいのではないのだよ。唯一無二の×××さまなんだから。クァ、と欠伸をして、日に焼けた甲板に寝そべる。太い前足に顎を乗せ、静かに目を閉じた。閉ざされる視界の間際に、わさわさと白いつなぎの男たちがたじろぐのが見えた。…だから、ビビってんじゃ無いわよ。見惚れなさい。 「で、水は?」 チラリと三人の後ろに隠れている獣に目を向け、直ぐに戻す。薄ら笑いは怒っているのか、からかっているのか、声色から判断しようとも、彼のイントネーションは平坦で分からない。 「(え!)え?な、何の事でしょうか」 「(ばばばばバレてる?)う?あ!」 「(あちゃー!ペンギン濡れてる!)キャプテーン!ゴメンナサイ!」 キョロキョロとさ迷う視線が次々と一点で止まる。呆けた口を隠すようにキャスケットが手の平でパチンと口を押さえる。ベポは一人(一匹?)謝り、キャプテンに擦りよった。ニヤニヤと口を歪めて、薄い手の平を、白い毛に埋める。 「ベポ!裏切り者!」 「はえーよ!謝るの!」 「お前ら今後二週間、浄水器係な」 「ごめんなさーいキャプテーン!」 ギャアギャアと喚く二人に容赦ない一言。それで非を改めたのか、わっと諸手を上げ、キャプテンの元に駆け寄る。 「うるせェ、晒し首にするか?」 ギラリと光る目、鋭い視線。 「シーン」 ビタリ、と見事に固まり、静かにする二人は、他の白つなぎの男共によって回収され、やんややんやとからかわれるのだった。 「あ、キャプテン、それでね、これ拾ってきたんだ!」 ベポが、三人が動くことですっかり露わになったアモイトラを指す。 これ、と言う言葉に反応したトラは、酷く浅い眠りから意識を浮上させた。 これって、拾ってきたって…。白クマさんよォ、身の程を弁えなさい。私を何だと思っているのだい? ゆらりと立ち上がる私にやはり、周囲の者が、びくりと震え、私を中心に離れていく。…寂しくなんか無いんだからな! スチャ、と座り、ツーンと鼻を上げて、目の前の細身の男を見下す。×××さまの前でダラリとしてるんじゃ無いし。 「ほォ、野生か」 「珍しいですよね」 「…あァ」 「気に入りました?」 ベポに続き、静かに入る声。遠くから話すペンギンとキャスケットそれぞれに、浅く頷く事で反応を返し、ジッと私を見つめる。 「来い」 そのぶっきらぼうな口調にムッとしたものの、外されない視線に逆らえなくて、ふらりと立ち上がる。ニヤリと、片方の口端が歪む。またイラ、とムカついて、グルルと唸りながら近付いていく。何だか周りの白つなぎが煩い。 「キャプテーン!危ないですよォ!ソイツ野生なんですから!」 「おれ、噛まれそうになったんですよー!」 「黙って見てろ」 チョイチョイとてこ招くキャプテンの顔はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていて、そのまま噛み付いてやろうかと口を大きく開けた。ギャーと騒がしい悲鳴。キャプテンの顔は見えなくなって、何処に消えたのか分かんなくなって、おや、と首を傾げたらギュッと首が締まった。モフ、と頭に何かが乗る。 「あーヤッベェ凄ェふわふわしてるコイツ」 サイコーと呟く声は、私の下から聞こえて、わしゃわしゃと頭が掻き回されているのはコイツの手らしい。あれ、これ私、さっきのベポみたいな感じになってない? わー、きゃー、周りの声も煩くて、首に長い腕を絡ませてすがりつくこのバカを振り払おうとしても無理で(なんでこんなに力、っ強いの!?)、グッと重みが増して、仕方なく寝そべった。だって、実際撫でられるのなんか初めてで、きもちぃんだも、…ん。じゃなーい!重いから!仕方無く! トロンと閉じそうな目をカッと見開かせる。また直ぐ瞼が重くて、何回も目をしばたいた。 マフモフの帽子が震えて、ギュウギュウと顎の下から押し付けられる。 「クッ、…。出航ー!おら船出せ!三人のせいで無駄な時間くってんだ!」 パッと、ヤツの頭が移動し、ガクンと私のが落ちる。肩に打ち付けるようにして、顎を乗せ、何だか動く気も起きないでそのまま放置する事にした。キャプテンの声がそのまま骨に響いて気持ちい。 「えー!?キャプテン、ソイツはー!?」 「おれ無理!凶暴なんですよ!?ソイツ」 だからか、白つなぎの男共の声はとても耳障りに聞こえた。グルグルと喉を鳴らす。頭の上に置かれた手が乱暴に動いた。 「あー!?連れてく!、そりゃキャス、てめェにだけだろ!黙って働け!」 えー、とあがる声に、キャプテンはわ 「おれが居るんだ、分かってんだろてめェ等!」 「キャ、キャプテーン!」 帽子で目元に影を作るキャプテンが、私の肩越しに怖い声色で疾呼する。恐怖とは違って、ふるふると震えた男共が、それぞれに叫びながらキャプテンに群がろうとして、再び空中で不自然に固まった。 「働け!くっつくんじゃねェ!」 「ガアァッ!」 キャプテンが、叱咤し、私が気持ちの悪いその様子に牙を剥く。目の前にいたキャスケットが目に見えて後ずさった。 「ウワッ!クソ!ビックリさせんな!うぎゃー!」 「ハッ!」 船が揺れて尻餅をつく。その様子を鼻で笑う。慌ただしく甲板を動き回る男達の喧騒の中でも、その声は聞こえたらしく、ギャンギャンと突っかかるキャスケットに、キャプテンが苦しそうに喉の奥で笑った。 続いて乱暴に撫でられる頭。グラグラと視界が定まらない中、徐々に離れていく島の影に私はガオー!と一つ慟哭を上げた。 ガオー (ねェ、今気づいたけど、これって誘拐なんじゃない!?ちょっと!誰か!)(ポチ…)(…え?まさかそれ私の名前?) 11/09/06 <-- --> 戻る |